593.蓮華side14
天上界へと入るには、結界を超えなければならない。
通常であればその結界に遮られ、天上界へ入る事は出来ないらしい。
「透明な壁が見えてるけど、普通に入れるよねこれ?」
首を傾げながらスルトへと話しかける。
どうやら天上界では姿を隠す気は無いようで、普通に気配も感じる。
「それは蓮華が元々神の体である事と、敵意がない為に結界が反応していない」
成程。別に天上界に攻め入ろうとか、そういう気はないからね。
ゼウスの事があるから気を付けなきゃいけないけど、私を捕まえるのが天上界全体の総意ってわけじゃないんだから。
そうして母さんの魔道具を使いながら、道を進む。
天上界は空に浮かぶ島が転々としていて、壮大な光景に驚いてしまう。
下を見ても、地上が見えるわけじゃない。
それくらい空高くこの島々は存在している。
「この辺りなはずだけど……何もないね?」
見渡す限り、平原が広がっている。
所々で動物が草を食べていて、穏やかな雰囲気だ。
美しい花が咲き誇っていて、気持ちの良い風が吹いている。そしてなにより、魔物が居ない。
「この場所は……スルツェイか」
「知ってる場所?」
「……私の捨てられた場所だ」
「え?」
「私は過去、この場所から逃げた。そして、その逃げた先で……ユグドラシル様と出会った」
こんなに穏やかな場所に、スルトが捨てられた?
そもそも、神が捨てられるという事が分からないけれど……スルトにとって、忌まわしい場所である事は確かだろう。
「……そっか、ならさっさと空天を見つけて、この場所から離れよう」
「気遣いは無用だ。この地に恨みなど無いからな」
どこか遠い所に視線を向け、憂愁を漂わせながらそう言うスルトに、私はそれ以上何も言えない。
私に出来る事は、さっさと空天を回収してこの場から離れる事だけだ。
そう思って魔道具をもう一度使うも、反応はやはりここ。
「もしかして、地下かな?」
「ふむ……確かに、天上界の中枢には天界があるが……位置的にはここかもしれんが、そちらにあるのかもしれないな」
え、そんな場所もあるんだ。
流石にそれは知らなかった。
「その場所には行ける?」
「ああ。ついてこい」
スルトが空へと浮かぶので、私も遅れずに空へと飛ぶ。
天上界よりも少し下へと降りて行く感じだ。
島と島の間にある空間を降下していく。
「なんか凄い景色だね……」
「蓮華は天上界に来たのは初めてなのか?」
「うん。私は基本的に地上に居るし、行っても魔界くらいだよ」
「成程な」
そんな会話をしながら、スルトが地面へと降り立ったので、それに倣う。
「ここが、天界?」
「ああ。天上界と違い、大陸は繋がっている」
言われてみれば、下に降りれるような空間が見当たらない。
この天上界と天界が一体どういう原理で存在しているのか想像出来ない。
魔法がある世界で元居た世界の常識を考えても仕方ないのかもしれないね。
いい加減にこういうものだと慣れないと。
「住居、なのかな? 今度は沢山の家があるね」
「ああ。天上界の住民は大体がここに住んでいるからな。階位が高い者は、宮殿に住んでいるが」
天上界でもやっぱり、そういうのは存在するようだ。
地上の貴族階級と同じようなものなんだろうな。
「……気を付けろ、蓮華に接触しようと近づいてくる者が居る」
「え?」
「私はこの場所ではお尋ね者でな、基本隠れている。だが、近くには居る」
そう言ったかと思ったら、目の前に居るのに完全に居ると思えなくなった。
これが認識阻害魔法の最高峰の力なんだろう。
物凄い意識を集中させないと、認識できない。
「見つけたわ。天上界に来るとマーガリンから連絡を受けてね。私の領域を案内しようと思ったのに、いきなり天界に入ってるから驚いたわ」
「貴女は……」
「久しぶりね。あの時は本当にごめんなさい」
白いローブに身を包んだ美しい女性。
まるでギリシャの女神像を連想してしまうような抜群のプロポーションを惜しげもなく晒したウルズが、こちらに頭を下げてニッコリと微笑んだ。
「ウルズ。久しぶりだね。私の用件は母さんから聞いてるって事?」
「ええ。貴女と直接会って話せる良い機会だから、私の宮殿に招待しようと思って。使いの者を出しても良かったのだけど、ここは私が直接出向くのが誠意の見せ方でしょう?」
「あはは。そんな気にしなくて良いのに。でも、うん。そう言われたら断れないね」
「ありがとう。では行きましょうか、貴方もねスルト」
「!!」
「大丈夫、私は貴方を捕える気は無いわ。むしろ私は、貴方の事を同志と思っているもの」
「……そうか」
何も存在しないように思える場所から、スルトの声が聞こえた。
にしても、やはりウルズも相当な実力者だ。
あの時はイヴちゃんの体を乗っ取っていたから、真の実力を出す事は出来なかったんだろうな。
ウルズの斜め後ろに控えている兵士達も、かなりの魔力を感じる。
この力を感じると、リンスレットさんの言っていた地上は力が足りないという言葉がズシリと重みを感じる。
「イヴも貴女と会えるのを心待ちにしていたのよ。会ってあげてね」
横に並びながら歩いていると、ウルズがにこやかにそう言った。
イヴちゃんか、今の感じだとウルズとも和解しているのだろう。
「そっか、楽しみだよ」
私は本心からそう言った。
それがあんな事になるなんて、この時の私は想像もしていなかった。