584.蓮華side11
「畏まりました、どうぞお通り下さい」
「ええ。それでは蓮華お姉様、それにスルトさん、行きましょうか」
恭しく礼をする兵士の方々に見送られながら、火天が祭られているという祭壇へと向かう。
近づくにつれ、段々と凄い熱気を感じる。
この場所自体、砂漠に囲まれている。
その為、ただでさえ暑いのに……より暑い、いや熱い。
以前イフリートの居る場所へ向かう時に掛けた、氷と水の保護魔法を掛けた上からですら、熱気を感じる程だ。
「止まれ」
「「「!!」」」
突然のスルトの声に、私達は足を止めてスルトの方を向く。
「赤髪の娘、この場所には守護神を配置しているのか?」
「カレンですわ! いいえ、そんな存在は居ないはずです」
カレンの言葉に、スルトは『ふむ』と頷く。
そして何もない空間を見つめ、何かを振るった。
『ガァァァァッ!!』
「「「!?」」」
突然、獣のような叫び声が聞こえた。
ヂヂ……ヂヂ……という音と共に、大きなトラのような姿をした何かが、姿を現した。
『な、何故、貴様がココに……!?』
トラが喋った!? いやまぁ、もう驚くような事じゃないかもしれないけれど。
『成り行きでな。それよりも貴様、蓮華を……ユグドラシル様の娘を害そうとしたな?』
スルトから凄まじい魔力が放出される。
その力は、明らかに目の前のトラより上だ。
『ち、違う! 俺はここにやって来る者を殺せと指示されたのだ! 貴様も知っているだろう、召喚された者は基本的に召喚者の指示を拒まない事を!』
「そうだな、その点は理解している。ならば、違わないだろう?」
『そ、それはそうなのだが……! そうだ、ならばそこに居る娘に俺は退治されよう!』
ええ、なんでそうなるのか。
『頼む娘よ、俺は抵抗しない! だから俺を殺すのは娘達にお願いしたい、この通りだ!』
でっかいトラが土下座してる。
異様な光景に驚きより呆れが先に来るんだけど。
「ええと……その、なんで? 女の子にボコられたい性癖があったりするの?」
『そんなわけがあるかっ!』
おおう、空気に凄い振動が。
『俺は召喚されてここに配置された。通常、召喚された存在は死ねば元の座へと戻るのが常だ。だが、スルトに殺されると違う。スルトは大元の魂を消してしまうのだ。召喚された存在であろうと、関係なくだ』
そういえば、母さんから習ったね。
召喚される者は、魂座という場所に魂が眠っているのだと。
歴史的英雄であったり、偉業を成し遂げた者だったり……そういう、一般の人とは違う存在は、死んだ後冥府には送られないのだとか。
「通常なら、召喚された者の死は死じゃないけれど、スルトに掛かると本当の死になるって事?」
『そうだ』
成程、それならこのトラさんがスルトを怖がった理由も分かる。
「分かったよ」
『おお! 分かってくれるか!』
「でもその前に、君に命じた者の事を教えて欲しい」
『それは無理だ』
「スルト」
「分かった」
『待って! 待ってくださいお願いします! 俺も言いたい! 言いたいけど無理なのだ!』
滅茶苦茶必死でそう言うトラさんに、本気で言っているのは分かる。
「それはどうして?」
『召喚された者は、令呪という命令で縛られておるのだ。これに背けば、意思を奪われる。死ぬだけなら気にもしないのだが、意思を奪われ自由にされるのはプライドが許さない。それ故に、言えないのだ』
成程……自分について言わないように、その令呪というもので縛っているわけか。
「そっか、分かったよ。なら、なんでこんな事をしたのかも言えない?」
『うむ、すまぬ。というより、俺もそれは知らぬ。ああ、だがこれは言えるぞ。召喚者は俺以外にも、十名以上の魂座の者を召喚していた。中にはスルト、お前にゆかりのある者も居たな」
「なに?」
『確かシンモラ……』
「……」
『っ!』
突然、スルトの全身から凄まじい力が爆発したように感じた。
まるでビッグバンのようなそれは、一瞬だけだったけど……気を抜くと腰を抜かしてしまいそうなほど、凄まじい力だった。
「人間の英雄達ならば分かるが……神を使役するだと?」
『あ、ああ。奴自身も凄まじい力の持ち主だ。俺が言えるのはここまでだ』
スルトは黙り込んでしまったので、私はソウルを手に取る。
「それじゃ、一思いにいくね。何か遺言はある?」
「「蓮華お姉様……」」
二人が複雑な表情で見てくるけど、気にしない。
『はは。ならば俺の名を伝えておこう。俺は四聖獣の白虎。この出会いで縁は結ばれた。もし俺を召喚する事があれば、今度は味方としてありたいものだ』
「ふふ、了解。それじゃ、出来るだけ痛くないように送ってあげるね」
『感謝する』
そうして私は、四聖獣白虎を一刀の元に座へと還してあげた。
"あ、主! レベルアップしました!"
え。予想外の言葉をソウルから聞いてしまった。
"このレベルアップで、更に封印が解除されました! 主、これでより力になれます!"
ソウルの嬉しそうな声に、私はつい笑ってしまった。
「「蓮華お姉様?」」
っと、そうだった。
ソウルの声は周りには聞こえていない。
二人からすれば、いきなり笑い出した変な人状態だ。
「えっとね、ソウルがレベルアップしたんだって」
「「レベルアップ!?」」
二人が驚いた声を上げ、考え込んでいたスルトがこちらを見た。
「その魔剣、ソウルイーターか。私のレーヴァテインと同じく、成長する魔剣だな」
そう言って、スルトも魔剣を見せてくれた。
一目見ただけで分かるその完成度に、息を飲んでしまった。
「す、凄い……」
「蓮華お姉様の、ソウルイーターも凄いです、が……この魔剣、は……」
二人が言い淀むけど、私も思ってしまった。
この魔剣、現時点ではソウルより上だ。
「もっと経験を積ませろ蓮華。そうすれば、魔剣は応えてくれる。望むものをくれてやれば良い」
「望むものを……」
ソウルは、血が欲しいと言っていた。
なら、やはり血を吸わせるのが一番なんだろう。
それも、今回の白虎で分かったように、強者の。
「白虎が配置されていたんだ。この先にも何かあるのかもしれんな」
「っと、そうだね。気を付けて行こう皆」
そうして私達は火天の元へと辿り着いた。
そこには、おおよそ通常の状態とは思えない火天が、宙に浮いていた。