580.蓮華side7
「うぇぇ……ここもう魔力っていうより、瘴気に近いね。それが充満してる……」
アリス姉さんが鼻をつまみながらそう言うけれど、多分鼻をつまんでも変わらないと思うけど。
「ふむ……。どうやら、アレがこの魔力を生み出している元凶のようじゃな」
ミレニアが鋭い目つきで睨んだ先。
壁の近くに埋め込まれた剣が、そこにあった。
「もしかして、魔剣?」
「こんな瘴気みたいな力を放出してる聖剣は流石に無いと思うよ蓮華さん!」
ですよね。
「他の世界から来た魔剣じゃない、よね?」
「それはないのじゃ」
「それはないね!」
二人がそう言うなら、その線は消して良いね。
「とりあえず、浄化してみようか?」
「うむ、頼むのじゃ蓮華。妾は光属性魔法の浄化系は使えぬでな」
あ、もしかしてミレニアは、こうなる事を予測して私に依頼したんだろうか。
見ると微笑んでこちらを見ているミレニアに、そう確信した。
"お気を付けください主。この魔剣の力、覚えがあります"
『覚え? もしかして、昔の知り合いっていうのも変かもしれないけど、そういう?』
"はい、主。七星剣が一振り、黒天だと思われます"
おお、なんかカッコイイ名前出てきた。
七星剣ってくらいだから、同じような剣があと六つあるんだろうか。
『気を付けるっていうのは、この魔剣も意識を奪い取る系だったりするの?』
"いえ、その……主には以前お伝えしたと思いますが、上位魔剣は人に擬態する事が可能です"
うん、ソウルがそうだし、アーネストの持つネセルだってそうだったものね。
"黒天は、力は確かにあるのですが……それ故に、性格が少し、いえ大分……アレな所が、ありまして……"
ソウルが若干言いよどんでいるので、大体察した。
まぁ、浄化しちゃえば関係ないよね!
というわけで、近づいてから光属性の魔法である『ピュリフィケーション』を発動させた。
『グァァァァァッ!?』
なんか、聞こえちゃいけないようなダミ声が聞こえてきた。
『アギャァァッ!? ヤメ、ヤメロォォォッ!!』
魔法は急には止まれないーというか、一度発動させた魔法は、基本消せない。
他の魔法で相殺とか、効果を持続させる魔法なら魔力を送るのを止めれば止まるんだけど。
『アーッ! あっ』
いやなダミ声のあと、一瞬恍惚とした声が聞こえた。
野太い声で。
光が辺りを包みこみ、先程まで充満していた瘴気のような魔力が消え去り、辺りには清涼な空気が戻って来たように感じる。
ダンジョンの中で何言ってるんだって感じだけれど、山の滝の傍にいるかのような気分だ。
『うっ……ここは、わしは確か……む、お主達は?』
地面に刺さったままの剣が話しかけてきた。
「私は蓮華。このダンジョンから瘴気のような魔力が漏れてきていてね。原因を探りに来たら、君から発している魔力だと判明したから、浄化させてもらったんだ」
「妾はミレニアじゃ」
「私はアリスティアだよ!」
『成程……どうやら、迷惑をかけたようだな。詫びとしてわしを扱う事を許そう』
「え、いらないよ?」
「要らぬな」
「要らないよー」
『そんな馬鹿な!? わし、これでも上位魔剣ぞ!? 普段ならば頼みこまれても断るのだぞ!?』
と言われても。
多分、その上位魔剣より上のソウルとすでに契約しているし、ミレニアに至っては魔剣なんて要らないだろう。
アリス姉さんも同上だ。
相手が悪かったと言わざるを得ない。
「そんな事より……」
『そんな事より!?』
「君がどうしてあんな状態になってたのか、覚えている範囲で良いから教えてくれないかな?」
『むぅ……仕方あるまい。あれはわしがまだ生まれたばかりの頃……』
「最近のに限定してくれる?」
『なん、だと……!?』
そんな昔からの話とか、滅茶苦茶長くなりそうだもの。
というか絶対その辺りの話関係なさそうだよね。
ちょっと七星剣の生まれ話って興味はあるけれど。
『うむ……とはいえ、わしも記憶がおぼろげでな。意識を失う前に、誰ぞに何かされたまでは覚えているのだが……』
「誰か……? って事はやっぱり人為的にここに刺されたって事か」
「でも上はミレニアの屋敷だよー?」
「そうだよね。黒天さん、で良いのかな?」
『うむ、わしの銘は黒天だ。七星剣・黒天とはわしのことじゃ!』
まぁ、うん。どれだけ凄いのか私には分からないけど。
「それじゃ黒天さん。その誰かっていうのの姿、覚えてない?」
『む……それが影が映っているかのように、思い出せぬ。だが人の形をしていて、その背に翼があった気がするぞ!』
「「「!!」」」
『それ以外は、何故か思い出せぬ、すまぬな』
「いや、十分だよ。ありがとう黒天さん」
翼、か。人型で翼とくれば……天上界の天使族か、亜人のハーピー種の二択だと思う。
そして、ハーピー種は基本的に風属性の魔法しか使えない。
とすれば……消去法で、黒天に瘴気を埋め込んだのは天使族だという事になる。
「一体、何の為にこんな事を……? それに、どうやってここに……」
「ふむ……目的は今の段階では見えてこぬが、この場所は妾の屋敷を通らずとも、来ることは可能じゃ」
「え?」
「蓮華はダンジョンで初音と出会ったのじゃろ? 原初のダンジョンは、冥府へと繋がっておる。つまり、冥府からならば、ここへと来る事は可能なのじゃ」
「!!」
成程、確かにあの時、初音は冥界へ行くと言っていた。
冥界からゼクンドゥスに力を送ったりしてたし。
「でもそれだと、天使は難しいんじゃない?」
「それじゃな。基本天使族は天上界から離れぬし、離れても冥界まで行く事はないのじゃ」
アリス姉さんも、ミレニアもこの段階では判断できないみたいだね。
なら、考えても仕方がない。
「よし、それじゃ一旦戻ろう二人共。ここで考えても仕方ないし、一応目的は達成だよね?」
「うむ、そうじゃな」
「だね!」
そうしてその場を離れようとしたら、
『ま、まっておくれ! わしも連れて行ってくれぬか!?』
「えー……」
『凄く嫌そうだな!? 長く生きてきたが、こんな扱い受けたの初めてなんだが!?』
「だって要らないし……」
『わしと契約したら、とてつもない闇の魔力が扱えるようになるぞ!?』
「私闇の大精霊と契約してるけど……」
『なん、だと……!?』
なんとなく、膝から崩れ落ちて四つん這いになってる剣の姿が想像できた。
いや実際刺さってるだけなんだけど。
『後生だ! 後生だからわしを連れてってくれぇ! こんな誰も来なさそうな場所で、ずっと居るのは嫌なんだぁぁぁっ!』
確かに、ここは結構深い階層だし……ミレニアの依頼を受けた冒険者達も、ここまでは来ないだろう。
「えー……ミレニア、持ってっても良い? ほら、一応ミレニアの領地内のダンジョンだし……」
「クハッ。構わぬよ。妾の領地内のダンジョンとはいえ、ダンジョン内で取れた物に関しては取った者の好きにしてよいと言うておるでな」
成程。冒険者さん達にとって、割の良い仕事なのかもしれないね。
「分かった。それじゃ連れていくけど……契約はしないよ?」
『なんでだー!?』
「だって私、ソウルと契約してるし」
『ソウル? ソウルとは、もしやソウルイーターの事か!?』
「うん、そうだよ」
『ここで会ったが百年目ー! ソウルイーターよ、わしと勝負しろー!』
"イヤデス"
『なんでだー!?』
やかましい魔剣が増えてしまった。カレンにでも上げようかな、と帰りながら考える私だった。