574.アーネストside7
「おかしいな……」
剛史の呟きに耳を傾ける。
彩香ちゃんの言う通りに道は進んでいるのだが、一向に住宅街が見えてこない。
「剛史、俺はこの島について全く知らないんだが、こんなに街まで遠いもんなのか?」
「いや……」
問いかけると、剛史は首を傾げている。
「途中まで空だっただろ? そん時は確かに住宅街が先に見えてた」
「はい、私もそれは見ました」
剛史の言葉に彩香ちゃんも同意する。
「それを確認して、少し前に降りたわけだしさ。なのに、こんなに進んでも進んでも家の一件も見えてこないのはおかしい」
「ですねー」
今俺達は、あの関所を超えて橋を途中まで渡った後、車に乗ったまま空を飛んで少し進んだ後、地上に降りて車を走らせている所だ。
この車の燃料は魔力なので、動かなくなる事を心配する必要が無いのが良い所だな。
俺の体の中には、母さん譲りの魔力回路、原初回廊が存在する。
これは毎日魔力が発生し、それを留めて置ける特別な力だ。
これの影響で俺は若返って歳も取らなくなった。
人間を辞めてると聞いて最初は確かにショックだったけど……蓮華もそうだと聞いたらすぐにどうでも良くなった。
蓮華が居るなら、俺は化け物だって良いさ。
「なぁ蓮二、じゃなくてアーネスト。すまん、つい蓮二って言っちまうわ」
「あ、私もです。うー、分かっててもつい」
考え事をしていたら、そんな事を言い出したので笑ってしまった。
「はは、気にするなよ。要は本物……って言い方もおかしいけど、この世界の俺と出会えた時に、俺の事をアーネストって呼んでくれたら良いって事だ」
「それもそうか!」
「それもそうですね!」
そう言って笑う二人の底抜けの明るさに、俺は昔から助けられてきた。
俺の世界では、剛史は交通事故で死に、彩香ちゃんとはいつからか疎遠になってしまった。
だから、せめてこの世界の俺には、このかけがえのない友人達を、大切にして欲しいと思う。
俺には蓮華という唯一無二の親友が出来た。
この世界の俺にも、そんな親友と呼べる奴らと生きて欲しいと思う。
「なぁ蓮二、試しにバックしてみてくれね?」
「バック?」
「ああ、どうせ反対車線も全然車見えねぇから、反対に戻るでも良いけどよ」
「なんか考えがあるんだな? 良いぜ」
剛史に言われるまま、来た道を引き返す。
すると、すぐ先に先程の橋が見えてきた。
「「「!?」」」
なんだこれ! 俺達は進んでるつもりでも、実は全然進んでいなかったのか!?
「蓮二、これは誰かの領域に入っちまったのかもしれねぇ」
「テリトリー?」
「えっとですね、ざっくり言うと自分を中心とした半径何キロって場所を、自分のスキル効果に置くスキルなんです。滅茶苦茶強力なスキルなのであんまり所持者は居ないですし、居ても国お抱えだと思います」
ふむ、なんとなく理解はできるが……そんな強力なもんなのか?
「強力ってのは?」
「あー、一種の固有結界みたいなモンなんだよ。スキル所持者の妄想を具現化した世界になるっつーか」
「ハーレムみたいなもん作るとかか?」
「おー! 俺もスキルあったら絶対やってたわ!」
「はは!」
「ははは!」
「……」
「「!!」」
彩香ちゃんのとてつもない殺気を感じた為、剛史と俺は目で会話して、話題を切り替える。
「そ、それでだな。つまりはそのスキルの影響下に入ってんじゃねぇかと思ったんだよ」
「な、成程な。進んでたと思ったら進んでないのも、そのテリトリーの中の効果かもしれないって事だな」
「でも、テリトリーの中に入る時って、水の中に入るというか、一瞬変な感じがしますよね? それが無かった気がしますけど……」
彩香ちゃんの言葉に、この島に張ってあった結界を思い出す。
あの結界がもし、そういう類のものだとしたら……俺は、最初から誰かのテリトリーに足を踏み入れてるって事になるが……考えすぎか。
「それなんだよなぁ。この世界の常識に疎い蓮二はともかく、俺と彩香ちゃんがなんも感じないってのは考えにくいよな」
「そうですよねー。私達これでも、島では上位ランキングに入ってますし」
ん? 今気になる単語が出たな。
「なぁ彩香ちゃん、ランキングって? いや意味は分かるんだけどな」
「あー、蓮二さんは知らないですよね。えっとですね、島では定期的に大会が開かれるんです。その大会でポイントを競い合うんですけど、それがランキングとして公開されてるんです。各島それぞれにランキングがあって、年に一回島のトップ三名が選出されて、全島大会もあるんですよー」
元の世界の高校野球とかそんなイメージだろうか。
それならなんとなくイメージできる。
「剛史と彩香ちゃんは何位ぐらいだったんだ?」
「お、聞いちゃうか? 聞いて驚け、俺は32位だ!」
それは、凄いんだろうか? なんとも微妙な数値な気がした。
「お、おー、凄いな?」
「お前ホント分かりやすいよな! 島に何万人居ると思ってんだ!? 32位だって十分凄いんだからな!?」
がっくりと項垂れる剛史に苦笑する。
トーナメント形式があるとしたら、決勝が2人、準決勝が4人、準々決勝が8人となっていくから、32は確かに上の方だと思う。
「悪い悪い。彩香ちゃんはどれくらいなんだ? 剛史と同じくらいだったりするのか?」
そう言うと、彩香ちゃんは頬を赤く染め、そっぽを向きながら言う。
「えっと、2位です」
「え?」
「だから、2位です。あの島で2番目に強いって事です」
「……」
チラッと横目に剛史を見ると、うんうんと頷いた。
「マジで?」
「はい。まぁ負けたから2位なので、威張れないんですけど」
「いやいや彩香ちゃん、それ言ったら俺の立つ瀬ないからな!?」
「剛史さんが負けたのって、1位のあの人が途中で相手だったからですし。組み合わせ運が良ければ、十分2位に入れたと思います」
「あー……まぁ、あの人は別格みたいなトコあんよな。でも、あの人でも蓮二には勝てると思わねぇぜ俺は」
「はい! それは私も同意見です!」
なんか二人が盛り上がってるな。俺も機会があれば戦ってみてぇけど!
「はは、そっか。二人にそう言われるのは嬉しいぜ、ありがとな。それより、そのテリトリーってのは抜け出し方とかあるのか?」
「スキルの種類によるんだよなぁ。そもそも、相手が目視出来てない時点で、かなりの広範囲のテリトリーって事になる。それだけスキル保持者の力がたけぇって事にもなるんだよな」
「ですねー。スキルの種類によってまちまちではあるんですけど、大雑把に分けると三種類です。一つ目はスキル保持者とほぼ近くでないと効果が発揮しないもの。これはスキル保持者の実力が関係なく、制限がある代わりに強力なタイプです」
「だな。んでもう一つはスキル保持者の実力次第で範囲が変わるタイプで、ほとんどはこれに該当する。最後の一つは、スキル所持者の実力は関係なく、最初から超広範囲のテリトリーを保有してるタイプだな。でもこれは比較的効力が弱いタイプで、あんまり強い効果は望めないんだよな」
成程なぁ。今の状況はその二つ目のスキル保有者の力である可能性が高いって事か。
「橋を無理やり超えたから、か?」
「あー、そうかもな」
「かもですね。逃がさないようにって考えると……二つ目より、三つ目のテリトリー保有者な気もします」
「ふむ……固有結界みたいなもんって言ったよな? なら上書きは出来るか?」
「「え?」」
「ま、やってみるか」
要は自分の世界を創れば良いわけだろ。蓮華達と時の世界で、遊びながらそういう事を試した事がある。
陣地の奪いあいみたいな遊びだったな。
あれはノルンの圧勝で終わったけどな。
「よっ」
母さんの原初回廊から魔力を引っ張り出し、自分の領域を外へと広げる。
「「なっ!?」」
パリンという音がしたと同時に、何かが壊れた気がした。
「お。なんか壊れたんじゃないか? 進んでみるか」
「な、なにしたんだ蓮二?」
「ん? ただ単に俺の魔力を外に広げただけだぜ? 俺の体の表面にまとってるオーラを、外に広げたみたいな感じだな。その力に不純物は耐えられなくて消えたってこったろ」
「おま、簡単そうに言うけど、すっげぇ事だからなそれ!?」
「は、はい! テリトリーを上書きとか、普通出来ませんからね蓮二さん!? あと魔力ってなんなんです!?」
そういうものなのか。でもなぁ……蓮華もノルンも、ゼロだって俺よりこういう陣地戦みたいなの強いんだよな。
結構簡単に上書きされていったぞ、オセロみたいに。
思い出したら腹が立ちながらも笑えてくるけど。
やっぱ魔力の扱いであいつらに勝てる気しねー。
「魔力ってのは……あー、とりあえず車で進みながらで良いか? ここで突っ立っておくのもあれだろ」
「おっと、そうだな!」
「はい! 楽しみです!」
とりあえず、何か妨害をしてくる奴がいるって事は確かみたいだし、気を引き締めていくか。
ったく、ただ召喚されてくるダチを探しに来ただけなのに、なんでこう出だしから面倒な事になるのかねぇ。
「嘘……私のテリトリーが壊された……」
「少佐のスキルがですか!?」
「ええ……あり得ない。私のテリトリーは攻撃的性能はない代わりに、凄まじい防衛力があるのよ。核爆発だって防げる代物なのに……何者なの、あいつら……」
「顔情報によるデータ照合によりますと……郷田剛史、島ランキング32位、近接攻撃が主体のパワータイプ。玉田彩香、島ランキング2位、遠近両タイプで気配を消す事に長けているようです。そしてもう一人は……三木蓮二、島ランキングは……データなし!?」
「ふむ……」
住民の島ランキングへの参加は全島で義務化されている。
それが自身の証明書にもなる為、ランキングが高いだけで企業の就職にも有利になったり、国から直接呼ばれる事もあるのだ。
「気になるな。私はこのまま追う、お前達は一度報告に戻れ。私のテリトリーを破壊するような相手だ、警戒度を一段階上げる必要がある」
「「ハハッ!」」
望遠鏡で遠くから覗いていた彼女は、車を追い駆ける。
その顔は三日月のように口を歪ませ、笑みを浮かべているようだった。




