573.蓮華side6
「フフ……フハハハー! 泣け! 叫べ! 蓮華さんに手を出そうとした事を後悔しながら死ねぇぇ!」
「アリス姉さーん!?」
凄まじい乱打で魔物を殴り消滅させるアリス姉さんが、聞いた事のある台詞を言うので笑いそうになるのをなんとか堪える。
「鼠よ回せ、秒針を逆しまに誕生を逆しまに世界を逆しまに! 回せ回せ回せ回せ回せ回せぇー!※」※ダメそうなら消しますor変えるので教えてください
「ちょ、ミレニア! その詠唱違うよね!?」
こちらはこちらで凄まじい闇の風が吹き荒れる。そこらに居た魔物達は、一瞬で消え去った。
消え去ったんだけど、その魔法の詠唱そんなじゃなかったよね?
というかミレニアほどの使い手なら、詠唱なんて要らないよね?
「「ふぅ、スッキリ」」
いや、二人共凄く良い笑顔だけれども。
やってる事は大量虐殺なんだけど。
「調査どこ行った……」
というのも、入って少しして、私が魔物に押し倒されたのが原因で。
押し倒されたというか、偶然そんな形になっただけなんだけど……それを見たアリス姉さんとミレニアがキレた。
私の上に居た魔物はアリス姉さんの手により原型も残らないほど一撃一撃が重い殴打を受け消滅。
その近くに居た魔物のむれは、ミレニアの闇と風の合成魔法『ブラッディナイトルーラー』により切り刻まれ、そのまま闇に飲まれてしまった。
この二人を怒らせたら、おっかなすぎる。
「あ、こっちに階段あるよー。降りよう降りよう蓮華さん! ミレニア!」
「うむ、そうするとしようかの」
「はいはい……」
元気一杯のアリス姉さんがいつの間にか先導する形で、進む事になった。
まぁ、注意して進もうとか思ってた矢先にトラップに引っかかって魔物と一緒に転がった私は何も言えない。
そうして進むこと30層。地下30階って所だろうか。
空気中に漂う魔力に、あきらかに異質なモノを感じるようになった。
「ミレニアが言ってたの、これ?」
「うむ。魔物のとは明らかに違う魔力の質じゃ。かといって神でもない。感じた事のない魔力なのじゃ」
母さんや兄さん達と同じ時を生きるミレニアがそう言いきるくらいなのだから、異常事態なのが嫌でも分かる。
あのアリス姉さんも真剣な表情をしているし。
「蓮華さん、ミレニア」
「うん、どうしたのアリス姉さん」
「なんじゃ?」
「私、お腹すいた」
「「……」」
きゅるる、と可愛い音がした。
真っ赤になるアリス姉さんに、私とミレニアは笑う。
「あはは! 確かに、もうお昼近くだね」
「ふむ、一旦戻るかえ? ここに簡易ポータル石でも置いておけば、またすぐこれるじゃろう」
「それも良いけど、私アイテムポーチに家を入れてるから、そこで休もうミレニア」
「ほほう、アイテムポーチ内に次元を通じさせたか。蓮華だからこそできる芸当じゃな。ならばそうするかえ」
「わーい、ご飯ーご飯ー!」
嬉しそうなアリス姉さんを見ると、こちらも嬉しくなるから不思議だね。
『ゲート』を開き、中へと入る。
三人で少しの間休憩して、またダンジョンへと戻って来た。
「あれ、さっきより魔力の密度が濃くなってる」
「ふむ……どうやら、これは外の世界からの来訪者かもしれぬな」
「外って、この世界とは別の世界からって事?」
照矢君達も別の世界からこの世界に飛ばされて来たからね。
「うむ。それも、並みの者ではないな。気を引き締めて行くのがよいの」
ミレニアの言葉に、私とアリス姉さんは顔を見合わせて頷く。
理性のある相手なら会話から、好戦的な相手なら戦うしかなくなるだろうから。
魔力の強くなる方へと進んでいく。
途中に居る魔物達は、この魔力の元へ近づくにつれて減っていく。
どうやら、魔物達も恐れているようだ。
進む事一時間程、もはや辺り一面がとんでもない魔力で覆われている。
障壁ごしでも肌がチリチリと焼かれているかのような錯覚を受ける程だ。
「この先、だね」
「うむ」
アリス姉さんの言葉に、ミレニアが頷く。
私は意を決して足を踏み込む。
「え?」
「え?」
そこには、居ないはずの人が、居た。
「父、さん?」
「蓮二、か? 姿形は違うが……どうしてだろうな、分かるぞ。蓮二なんだろう!?」
そう言って、私の元へと歩いてきた父さんは、フッと笑みを浮かべて、抱きしめてきた。
「無事だったんだな、蓮二。お前の道を邪魔はしないと言ったが、心配はしていたんだぞ」
「父さん……」
私は、元の世界には戻っていない。
その役目はアーネストがしてくてた。
その時にどんな事を話したかは、知っている。
この世界で私とアーネストという二人の存在に分かれた事も、全て話したと聞いている。
普通なら信じてくれないようなその話を、母さんと父さんは信じてくれたと言っていた。
「その、どうして父さんがここに?」
「それはな……」
「!! いかん、離れよ蓮華!」
「しまった、そいつは! 離れて蓮華さん!」
ミレニアとアリス姉さんが、焦ったような声で私の名を呼ぶ。
「クク……もう遅い。俺の接近を許したのが運の尽きよ」
父さんの声で、父さんの姿で、ナニカが言葉を話している。
「さぁ蓮二、元の世界へ帰ろう。その為には、あの邪魔者を殺さなくてはいけないんだ。協力してくれるな蓮二」
ナニカの言う言葉が、頭の中に響く。
なんだろう、何かが違う気がするけれど、段々とそうしなければならない気がしてくる。
「チッ……ブレインジャッカーか。蓮華の記憶を読み取り、隙をついたのじゃな」
「……許さない。蓮華さんの想いを、心を傷つけたな……! ミレニア、蓮華さんはこの事、記憶に残る?」
「フ……安心せよ。この一時の記憶を消す事など造作もない。それよりも……人の心を利用するこの魔物は、滅せねばなるまい。妾達に出会ったのが運の尽きじゃったな」
凄まじい魔力が、異質な魔力を上書きしていく。
この二人の敵を、私は倒せるのか……敵? 敵、だったかな?
「蓮華さん、安心して。私達が絶対に守るからね!」
敵……そうじゃない。この二人は、私の……!
「あぁぁァァァッ……!」
「何っ!?」
「蓮華さん!?」
「蓮華!」
もう惑わされるものか。
父さんがこの世界に居るわけがない。
勿論召喚される可能性はゼロじゃないけど……それでも、あの父さんが、私を抱きしめるなんてあるものか。
「……私は久しぶりに頭にきてるんだ。私の記憶を見るのは構わない。だけど、それを利用して……私の家族を、友達を……殺そうとしたな?」
「ヒッ……!」
「許すもんか。真実の姿を現せ! 『ライトミラー』」
『ライトミラー』は光属性の魔法で、姿を変える『シャドウミラー』と対を成していて、真実の姿を映し出す。
「ガァァッ!? ナン、ダト……!?」
まるで影のような物が、そこに現れた。
これがこの魔物の正体か。
「父さんの姿を斬るのは偽物とはいえ辛いからね。さぁソウル、こいつの血を吸え。見た所、血があるのか分からないけどね」
「ヒィッ!」
力の差を感じたのか、慌てて逃げだすそいつを、
「逃がすわけがなかろう」
「そう言う事!」
ミレニアとアリス姉さんが動きを止めた。
「やってしまえ、蓮華」
「やっちゃえ、蓮華さん!」
「ヤメッ……!?」
「人の心に土足で踏み込んだ罰だー!」
「ギャァァァァッ……!!」
ソウルで頭から分断する。
二つに分かれた影のような物は、そのまま白い煙になって消えていった。
「蓮華や、その……」
「蓮華さん……」
二人とも私を気にして、なんて声を掛けたら良いのかと思案してくれている。
優しい二人に胸が熱くなる。
なので、努めて明るく振舞う。
「まだ異質な魔力が消えてないみたいだし、さっきの奴は違うみたいだね。さ、奥に進んでみよう!」
「……うむ、そうじゃな」
「うん! ……蓮華さん、大丈夫?」
ミレニアはふぅと溜息をつきながら、頷いてくれた。
アリス姉さんが心配そうな顔で覗き込んでくる。
「大丈夫、アリス姉さん。さっきはちょっと、突然で驚いちゃっただけだよ。もう元の世界の人達とは、区切りをつけたつもりだったんだけどね。心配かけてごめんね」
「蓮華さん……。うん、蓮華さんがそれで良いなら、良いんだけど……」
どうしたんだろう、アリス姉さんにしては珍しく歯切れが悪い気がした。
だけどこの時の私は、気にしない事にした。
気持ちに封をして、切り替えるように。