56.月の大精霊と日の大精霊 ☆
皆が寝静まった、肌寒い夜。
ふと、目が覚めた。
何故か、呼ばれた気がした。
皆を起こさないように、気を遣いながら外に出る。
風が冷たい。
夜の世界樹の近くは、月明かりが照らし、凄く幻想的な風景だった。
「綺麗、だな……」
思わず零れたその言葉に。
「ええ、本当に」
と答えが返ってきた事に驚く。
横を見ると、そこには、美しい衣を纏った女性が、浮かんでいた。
「大精霊・ルナマリヤかな?」
そう言う私に、少し驚いた顔をする。
「ふふ、少しはこの世界の事を勉強したようね、蓮華」
実は、数日前から、夕方くらいから見られている気はしていたんだ。
それが確信に至ったのは、アリス姉さんからの言葉だったけど。
「蓮華さん、近いうちに大精霊から接触があるかもね」
なんて言うから。
というか見た目がね、三日月に乗ってるんだよ。
もうこれぞ月の大精霊って元日本人なら一瞬で理解できるんだよ。
なんか月見団子食べたくなってきた。
「何か失礼な事を考えてないかしら、蓮華」
う、鋭い。
「そ、そんな事ないよ。ちょっと小腹がすいたなぁって思っただけで」
うん、嘘は言っていない。
「そう?なら、これ食べる?」
なんてお団子を出してきた。
……深く突っ込んだら負けな気がしてきた。
「いただきます」
と言って食べる。
うん、甘くて美味しい。
「美味しいわね」
「美味しいね」
二人、夜空を見ながらお団子を食べる。
……。
あれ、何か忘れているような。
「蓮華、私お団子を一緒に食べに来たわけじゃないのよ?」
「知ってるよ!」
そう言うしかなかった。
「ふふ、まぁ契約は私の方でしておいたわ。どうせ他の大精霊も、勝手にしたんでしょ?貴女、嫌がらないから」
その通りだけども。
「というか、あれ……なんか、夜なのに、昼みたいに視えるような……?」
「ああ、もう蓮華にとって、夜は味方よ。蓮華の視界を遮るような真似、させないわ」
なんて言ってくる。
うへぇ、相変わらず大精霊って凄い。
「蓮華、私とアマテラスは一心同体でね。朝、昼は私はアマテラスと入れ替わるの。でも、同一ではないから、注意しなさいね」
「注意って、何を?」
「そうね、私と思って接しない方が良いわ。同一の個体だけれど、別の精霊と思って頂戴」
うん?そんなの、最初からそう思っていたので。
「うん、そりゃそうだよね?名前も違うんだし。大丈夫、ルナマリヤはルナマリヤで、アマテラスとは始めましてからでしょ?」
その言葉に、ルナマリヤは苦笑して言う。
「本当に、貴女は好ましい性格をしているわ。もう少し早く来れば良かった。ねぇ蓮華、世界樹の近くに、大精霊達が一堂に集まれる場所を作っているのよね?」
ルナマリヤも知ってたのか。
「そこの私の部屋は、二つは作らなくて良いわ。でも、時間で部屋の内装が変わるようにして欲しいの。できるかしら?」
成程、確かにそれは必要な気がする。
後は光と闇の大精霊もそうなら、もう一部屋いるわけだし。
「あ、朝昼と夕夜で入れ替わる大精霊は私だけよ。光と闇の大精霊は、それぞれ別個体で存在しているわ」
そっか。
でもこの感じ、覚えがあるな。
「ねぇルナマリヤ、心を読むのは禁止ね?」
ニッコリと少し怒気を含めて言う。
「わ、分かりました」
何故か敬語で話すルナマリヤが面白かったけど、言うべき事は言っておかないとね。
「蓮華、その体が病気をするのかは分からないけれど、夜風は冷えるでしょう?そろそろ中へ入った方が良いわ」
なんて、ルナマリヤが心配してくれる。
「ありがとう。そうするよ。アマテラスとは、どこで会えば良い?」
「このまま蓮華の部屋に居るわ。朝になれば、アマテラスに成っているはずだから、先に起きたなら起こしてあげて」
「そっか、了解。ところで……その月も、一緒に入るの?」
なんていうか、大きいんだよね。
あと、明るくてこれが近くにあると眠れない気がする。
「ええ、一緒に入らせて貰うけれど、私が眠る時は灰色になるから、蓮華の眠りの邪魔にはならないと思うわ」
また心を読まれたのかと思ったけど、気遣えるルナマリヤだし、多分普通に気付いて言ってくれたんだろうな。
「それなら安心だね。それじゃ、静かについてきて。その月に乗ってるから、音も立たないだろうし起こす心配もないけどね」
「分かったわ」
と言って、私の後ろをついてきてくれるルナマリヤ。
なんか、今までの大精霊が個性的過ぎたせいか、ルナマリヤと話していると落ち着く。
なんていうか、大人のお姉さんって感じだな。
今の私には絶対に出せない雰囲気だ、悲しい事に。
そして、ベッドに戻る。
「それじゃルナマリヤ、おやすみ」
「ええ、おやすみなさい蓮華。良い夢を」
その声がまるで子守唄のように聞こえて、私はすぐに眠りに落ちた。
そして翌朝。
目が覚めて横を見て、驚きすぎてベッドから落ちた。
い、痛い。
でも、こんなん見て驚かない人は居ないよ。
ルナマリヤは確かに三日月に乗って、寝る時もそれをベッド替わりに寝転がってた。
なんていうか、月ってイメージし易い。
月の精霊が、小さな三日月に乗っているのは、なんていうかイメージできる。
でもね。
まさか小さな太陽に乗って寝てるとは思わんよ。
熱は感じないけど、分かる。
これ、手を入れたらヤバイ。
すっごい魔力が凝縮されてるのを視れば感じる。
まぁ、表面がどれくらいの強度なのか分からないからあれだけど……ってそんな事はどうでも良かった。
服装が、なんていうか、日本の巫女さんをイメージして貰ったら良いだろうか。
赤と白のコントラストが綺麗だ。
髪も黒髪だし、なんだろう、昔の卑弥呼とかってこんなイメージなんじゃないだろうか。
私の勝手なイメージだけどね。
さて、気持ち良さそうに眠っているけど、起こしてみるか。
と、手を伸ばしたら。
「うーん……」
と言いながら抱き寄せられる。
のわぁ!なんかよくあるパターンを実際に体験する事になるとはぁ!?
「あったかいー……」
なんて言いながら、私を抱きしめる。
ぎゃー!息が、息ができないっ!?
「あははっ!そんなにがっついちゃだめだよぉ……」
夢から覚めて!お願いだから!どんな夢見てんの!?
じたばたともがいていると、足音が聞こえた。
「蓮華さんから離れろぉ!!」
ドゴォ!!
「ぎゃん!?」
という言葉と共に、アマテラスが壁に吹き飛ばされた。
た、助かった。
「大丈夫蓮華さん!?」
アリス姉さんが近寄って起こしてくれる。
「う、うん、ありがとう。まさかあんなテンプレに実際に合うなんて思わなかったよ。しかも大精霊にされるとは……」
「て、てんぷれ?」
アリス姉さんには分からないか。
ってそれよりも、吹き飛ばされたアマテラスが気になった。
太陽?は主不在なのにぷかぷかそこに浮いてるけど。
「え、えっと。アマテラス、大丈夫?」
おそるおそる聞いてみる。
「蓮華ちゃん、だよね?わらわをいきなり吹き飛ばすなんて、良い度胸だねー?覚悟はできてるー?」
ぐ、アマテラスのせいだとは思うが、吹き飛ばした時点で何も言えない。
例え吹き飛ばしたのがアリス姉さんだとしても、私を助ける為にしてくれたんだし、甘んじて受けよう。
そう思って下を向いて目を閉じると。
「れ、蓮華さんは悪くなんて」
とアリス姉さんが言い終わる前に。
「とりゃー♪」
と抱きしめられた。
「わぷっ!?」
また!?
「わらわを吹き飛ばした罰なのじゃー♪」
と言って抱きしめて振り回される。
ぎゃー!これいわゆるジャイアントスイングじゃないの!?
「れ、蓮華さん!?」
この騒ぎに気付かないわけがなく、母さんと兄さんがやってくる。
「アリス、何があっ……レンちゃん!?」
「騒々しいですね、朝から何を……蓮華!?」
二人の驚いた声が聞こえる。
アマテラスが回るのを止めないので、いい加減目が回ってきた。
「た、たすけて……」
小さな声で、そう言えた。
でも、言ったのが不味かった。
「レンちゃんを」
「蓮華を」
「蓮華さんを」
「「「離せぇ!!」」」
ドゴォオオオオオオン!!
吹き飛ばされた。
アマテラスと、私も。
「「「あ!!」」」
うん、意識を失う前に思った、後で三人共説教だ、と。
そして私は意識が遠のいた。
「「「ごめんなさい」」」
目が覚めたら、すぐに三人が謝ってきたので、何も言えなくなったけども。
「あはは!!面白いねぇ蓮華ちゃん達は」
なんて、アマテラスは笑っている。
うぅ、主犯なのに被害者というわけのわからない立場のアマテラスの扱いが困る。
「それでアマテラス、契約して貰いたいんだけど、大丈夫?」
「もちろんだよー。わらわも蓮華ちゃんと繋がりたいからねー♪」
うぅ、巫女美人にそんな事言われたら照れる。
というか、今も太陽?に乗ってるんだけど、なんなんだろうあれ。
もう毎回クエスチョンマークをつけるのもあれだから、私の中で太陽で良いや。
まぁそれは置いといて、兄さんも居るし、ルナマリヤからの話を聞いてみるか。
「兄さん、時間で部屋の中が変わるようにってできる?」
「時間で?……成程、月と日の大精霊の部屋ですか」
流石兄さん、理解が早い。
「できますよ。ただ、時間……というよりは、明るさで調整の方が良いと思いますよ蓮華」
あ、成程。
確かに日が早いとか遅いとかあるもんね。
「流石兄さん。私があれこれ言うより、兄さんが考えてくれた方が確実だから、よろしくね」
「蓮華、丸投げは流石にどうかと思いますよ?」
「だって兄さんが頼りになるんだもん」
「し、仕方ないですね蓮華は」
最近、兄さんの扱いが分かってきたような気がする。
母さんが横向いてめっちゃ笑ってるし、アリス姉さんに至っては、信じられない物を見たって顔してるけど。
まぁもちろん、丸投げするつもりはない。
大精霊の皆が少しでも居心地の良い家にしたいし、私もない頭で考えるよ!
「蓮華ちゃん、わらわ達の為に……ありがとうねぇ!!」
と言って抱きつこうとするので、回避する。
そう何度も捕まってたまるか!
「むぅ、蓮華ちゃんのいけず」
なんて言ってくるが、この世界の人達、なんでそんなに抱きついてくるんだよ!
「いやむしろ、なんでそんなに抱きしめようとするのか理解できないんだよ!」
と言ったら。
「蓮華さんが可愛いからだと思うよー?私は元の蓮華さんを見たから、むしろ抱きしめて欲しい派だけどねー」
アリス姉さんが笑いながら言ってくる。
ふむ、なら抱きしめてみよう。
「ふわっ!?」
なんか変な声を出すアリス姉さんだったけど、抵抗されなかった。
「こんな感じ?」
ついでに頭を撫でてみた。
アリス姉さんって呼んでるけど、小さい子だから、どうしても娘のように思えてしまう。
「ふぇぇ……気持ち良い……なんか、眠たくなってきたかも……」
なんて言うから、離す。
「あっ……残念。もっと抱きしめてて貰いたかったけど、あのまま続けてたら寝ちゃってたかな。蓮華さんに抱きしめられると、なんだか世界樹に包まれてるっていうか、ポカポカしてくるんだよね」
「「分かる」」
なんか母さんと兄さんが同意してるけど。
私は干した後の布団かと言いたい。
「わらわに抱きしめられても、きっとそうなるよー。試してあげようかー?」
と言われてるけど。
「け、結構よ。なんていうか、貴女に抱きしめられたら、気持ちよくなる前に窒息しそうだから」
アリス姉さんのその意見に全力で同意してしまう私だった。
それから全員で朝ご飯を食べてから、今日は模擬戦ではなく、大精霊達の家を作る件で話を進める事にした。




