564.アーネストside3
今日は疲れてるだろうから、明日落ち着いてから話をしてくれれば良いと言ってくれた。
しかし家に帰り、風呂を勧められて服を脱ぐ時に、強烈な違和感を感じた。
俺はこの服を着ていたのに、誰も何も思わなかったのか……?
この島に辿り着いた時は、まだ認識阻害の魔法を掛けたままだった。
だけど俺は、それを途中で解いた。
だからこそ、剛史は俺を見つける事が出来た、はずだ。
その時、俺は……兄貴から貰った服を着ていた。
この服は元の世界でなら、コスプレと思われても仕方ない服だ。
蓮華ならまぁ、セーラー服にちょっと似てるから大丈夫だとしても。
俺は違う。
下こそジーンズだけど、上は白い真冬に着るようなコートだ。
魔道具と同じ要領で温度管理されてて、実際はいつでも快適なんだけどさ。
カレンダーを見ると今月はまだ6月とはいえ、もうこんなコートを着るような季節じゃない。
だと言うのに、誰も何も言わないなんて、変じゃないか……?
それに、魔術が使えないのもおかしい。
何故使えなかったんだ?
考えながら風呂を上がると、部屋に布団が敷かれていた。
そういえば、ベッドに変わったのはもう少し後だったか。
なんて思いながら布団に入る。
良く干された、良い匂いがする。
きっと、いつ帰ってきても良いように、毎日干してくれていたのだろう。
連日ぶっ通しで海の上を滑ってきた俺は、やはり疲労が溜まっていたのか、すぐに眠ってしまった。
翌朝。
「おはよう蓮二。ご飯もう出来てるから、食べましょ。今日は彩香ちゃんも来てるのよ」
「え」
「えってなんですか蓮二さん! 私が来てたらダメなんですか! というか一カ月もどこに行ってたんですか!」
「おはよう蓮二。彩香ちゃんも落ち着きなさい。先に皆でご飯にしようか」
「うっ……はーい。命拾いしましたねお兄さん」
「なんでだよ……」
朝っぱらから騒がしい。
そういえば彩香ちゃんは時々こっちに食べに来てたなと思い出す。
それも、俺が剣の稽古を続けてる間だけだった気もする。
段々と疎遠になっていったんだよな。
皆の目がある時は蓮二さんと言い、二人だけとか他の人が聞き取れない声量の時はお兄さんと呼んでくる。
こっちの世界では、霧雨奏音と名乗っていたな。
この子も、俺の記憶にあるままの姿だ。
「ところでお兄さん」
「なんだ?」
「なんでそんなコスプレ姿なんですか?」
「ブフッ!」
「わっ、汚いじゃないですか蓮二さん!」
「彩香ちゃん、男の子にはね、かっこつけたい時があるの。ね、あなた」
「そ、そうだぞ。詳しく聞いちゃいけないんだ彩香ちゃん。後で床を転げまわるような恥ずかしさに襲われるんだが、それも黒歴史として心に残るからな」
「へー」
ぐっはぁ! 皆スルーしてくれてただけなのかよ!
俺の寝る前の考えなんだったんだよ!
剛史もそういう目で見てたのかよ! ああ、だから笑い転げたのか今理解したわ!
なら残りは、何故魔術が使えなかったか……か。
あれ、そういえばこの世界、マナを感じなかったんだよな。
魔術って確か、世界に漂っているマナを使う力だから……マナのないこの世界では使えないって事、か?
試しに、体内にある母さんの魔術回廊に溜まっているマナを魔術回路に流す。
すると、身体強化の魔法が普通に使えた。
成程……そういう事だったのか。
「蓮二さん、ごめんなさい。そんなに真剣にその恰好を好んでるなんて思わなくて……」
「へ?」
「蓮二、彩香ちゃんに悪気は無かったんだから、許してあげてね」
「そうだぞ蓮二。お前ももう少しすれば、そんな厨二心も卒業できるはずだからな。父さんも通った道さ」
「……」
人が他の事を考えていたら……。
「だー! もう着替えてくるわ!」
俺は二階へと走る。
折角兄貴から貰った大切な服だし、着心地も最高だし着替えたくなんてないけど、郷に入っては郷に従えとも言うしな。
ここでは私服に着替えるしかない。
幸いアイテムポーチは機能しているようだし、入れておこう。
洋服タンスに入っている服を適当に着て、下に降りる。
「おはよう蓮二。ご飯もう出来てるから、食べましょ。今日は彩香ちゃんも来てるのよ」
「え」
「えってなんですか蓮二さん! 私が来てたらダメなんですか! というか一カ月もどこに行ってたんですか!」
「おはよう蓮二。彩香ちゃんも落ち着きなさい。先に皆でご飯にしようか」
「うっ……はーい。命拾いしましたねお兄さん」
「そこからやりなおすのかよ……しっかり飯は減ってるじゃねぇか……」
溜息をつきながら、それでも悪い気にはならず……久しぶりの母さんの料理を堪能した。
特別美味しいわけじゃない。だけど、安心する味。
マーガリン母さんが100点満点の味だとすれば、母さんの料理はせいぜい30点が良いとこだ。
だけど、食べ慣れたこの味は、俺の好きな味で。
知らず、涙が出てしまった。
「蓮二? どうしたの? 何か辛い事があったの?」
「蓮二さん……?」
「蓮二、どうした? 父さんに何でも言ってみろ」
慌てて涙を拭き、笑ってなんでもないと伝える。
三人共それ以上は追求せず、食事に戻ってくれた。
食事を終えてから、居間へと集まる。
正座をして俺は、両親と見合う。
彩香ちゃんも傍にいるが、少し離れた位置で座っている。
「まず最初に……すみません。俺は貴方達の本当の子ではありません」
「「……っ!」」
「何言ってるの蓮二さん!?」
二人は衝撃を受けたようで、口をパクパクとさせる。
彩香ちゃんは思わず口を出してしまったようだが、俺は落ち着いて続ける。
「俺が蓮二である事は、間違いありません。ただ……そうですね、パラレルワールドってご存知ですか?」
「詳しくは知らないけれど……並行して存在する、別の世界があるっていう説だったかしら……?」
「そうです。その別の世界で、俺は母さんと父さんの子なんです。つまり、この世界で居なくなっているという、蓮二じゃないんです」
「「「!!」」」
こんな突拍子もない話を、信じてくれるかどうかは分からない。
だけど、俺は嘘をこの人達に言う事は出来なかった。
「そうか。蓮二は真面目だからな、嘘じゃないんだろう。信じられない事ではあるが、な」
「あなた、信じるの?」
「ああ。お前も知ってるだろう? うちの蓮二は、そんな嘘を真面目な顔で言う子だったか?」
「……そうでしたね。信じられない話だけど、本当の事なんでしょう」
涙が出そうだった。こんな突拍子の無い事を言って、頭がおかしくなったんじゃないかと言われる事も覚悟していた。
なのに、両親は信じてくれた。
それが例え、本当の両親じゃなかったとしても……この世界で生きている蓮二は、そう思われているって事だ。
「それじゃ、本物の蓮二さんは、まだどこかに居るって事?」
「多分、だけどな。俺がこの世界の蓮二に成り代わったのか、そうじゃないのかも分からない」
「そっかー。そもそも、えっとなんて呼べば良いのかな? 蓮二さんだけど、蓮二さんじゃないんだよね?」
「あ、あー。えっと……そうだな……」
やべぇ。アーネストってなんでか言えない。
ここにきてすっげぇ恥ずかしさが勝る。
この、親にエロ本の隠し場所がバレたかのような心地悪さよ。
「蓮二で良いじゃないか彩香ちゃん。蓮二は蓮二なんだろう?」
「それはそうなんですけど……本物のっていう言い方もおかしいかもですけど、蓮二さんが帰って来たら、困りませんかおじさん」
「う、む……それはそうだなぁ」
「えっ……と、それじゃ、あ、アーネストって呼んでくれないかな」
「「「……」」」
この沈黙がすげぇ長く感じるのは何故だろう。
顔がめっちゃ熱いんだけど。
「おじさん、おばさん。これやっぱり蓮二さんですね」
「うむ、そうだな」
「ええ、そうね」
「なんでそこで納得するんだ!?」
それから散々両親はともかく彩香ちゃんにはからかわれたが、対外的には蓮二と、他に誰も居なければアーネストと呼んで貰える事となった。
転生者を探しに来たという事情を説明したら、ならこの家を自分の家と思って、拠点にしたら良いとまで言ってくれた。
何から何まで世話になりそうで、頭が上がらない。
この世界が一体どういう世界なのかは分からないが、この世界に出会わせてくれた事を神に感謝したい。
それから、約束通り剛史が来たので、剛史にも事情を説明する事にした。
終始真面目な顔で聞いていた剛史は、
「なんだ、厨二に目覚めたんじゃなかったんだな!」
と笑って言うので、蓮華がいつも俺にするように、腹パンをお見舞いしておいた。