563.アーネストside2
「蓮二……?」
昔の名前を呼ばれ、顔を上げる。
そこには、驚いた顔で……昔の、元の世界の友達が……学生鞄を地面に落とし、俺を見ていた。
「蓮二……! てめぇこのやろう……! 一カ月もの間、どこに行ってたんだよ!? お前の両親も、彩香ちゃんだって、すっげぇ心配してたんだからな!?」
走ってこちらへと近づき、俺を抱きしめるこの男。
忘れもしない、俺の友達だ。
「剛史……?」
「ははっ、なんだよ。たった一カ月で俺の顔を見忘れたのか、このはくじょーもんめ!」
覚えている。忘れるはずがない。
郷田 剛史。俺が小学生からの友達で……高校生になって、同じ高校に行って……交通事故で亡くなった。
そう、亡くなったんだ。
「なぁ剛史、お前今何歳だ?」
「は……? いやお前、高校生になったばっかのピッチピチの16歳だろ、俺もお前も。あれ、そういやお前、ガタイが少し良くなってねぇ? 筋肉、こんなについてたか……? いやまぁ俺もお前の体の事詳しいわけじゃねぇしアレだけど」
抱きついていた体を離し、マジマジと俺の全身を不思議そうに見る剛史。
おかしい、絶対におかしい。
おかしいんだけど……こいつは俺の知っている剛史となんら変わらない見た目と、性格をしている。
「ま、帰ってきたなら良かったぜ。明日は学校……って土曜だから休みだったな! そうだ、家には帰ったのか? まだなら早くおばさんとおじさん安心させてやれよ!」
そう笑って言う剛史に、俺は笑って返す事が出来ない。
流石に怪訝に思ったんだろう。
「……なんかあったのか? 俺で良ければ、話聞くぞ。伊達に小さい頃から一緒じゃねぇんだ、力に成れそうな事があるなら、協力する」
そう、言ってくれた。
俺は固くなった表情のまま、頷く。
「そうか。なら、ひとまず俺ん家に行こうぜ。こっからなら徒歩十分だしよ」
それも俺の記憶と違う。
そもそも、俺は海の近くに住んでなんて居なかった。
いや、ここは俺が生きていた場所じゃないんだから、当たり前だ。
だとしたらなんで……なんでこんなに、懐かしいんだ。
最初にこの島へやってきて、思ったのがそう。
見慣れているんだ。全てが、見慣れた光景。
「たでぇまー」
「お帰り剛史ー! お母さん今手が離せないから、ご飯勝手に食べといてねー!」
「あいよー! 後、ダチ連れてきてるから、部屋くんなよ!」
「あらもしかして彼女!? お母さんに紹介しても良いじゃない!?」
「ちげぇよ! 男が彼女とか気持ち悪いわ!」
「男の子なの!? 安心して剛史、お母さんそっち方面にも理解あるから!」
「もう黙ってろよ!?」
このやり取り、久しぶりだ。
目に涙が浮かんでくる。
剛史が生きていた頃、おばさんはこんな風に、元気一杯だった。
剛史を交通事故で失ってからは……ずっと寝れてないようで、時々会っても、段々とやつれていってて……そして……剛史の後を追うように、亡くなったんだ。
「ど、どうした? とりあえず、俺の部屋行こうぜ」
「あ、ああ」
そうして案内された、俺の記憶そのままの部屋。
何度も行った剛史の部屋は、俺の記憶そのままだった。
「んで、どうしたんだよ蓮二。一カ月もどこ行ってたんだ? それは話せねぇか?」
剛史の問いかけに、悩みながらも言葉を選び、言う事にする。
「……聞いてくれ。まず、俺は蓮二じゃない。いや、蓮二ではあるんだけど……剛史の知ってる蓮二じゃない」
「はぁ? 坊さんのなぞなぞか? 大体、お前が蓮二じゃないなら、なんで俺の名前を俺が名乗ってないのに分かんだよ」
あー、そうだよな。それは、俺がお前の事を一方的に知っているからで。
ただ、この世界のお前の事は、俺は知らないんだ。
「信じてもらえないかもしれないけど……俺は、……異世界から来たんだ」
「おー、流行りのアレだな。お前もついに隠さなくなったか、ノベルの最先端を行く俺としては、とても嬉しいぜ」
「うん、お前これっぽっちも信じてねぇな?」
「分かってる、分かってるぜ蓮二。とりあえず明日、精神科医へ行こうぜ? 俺は分かってるからよ」
「優しい目をして言うなよ!? 本当なんだって!」
「分かってる、分かってるよ蓮二」
コノヤロウ、普段より数倍優しい声と目をしてうんうんと頷きながら言いやがる。
何かこいつに証拠を見せねぇと……そうだ!
「ならこれを見ろ剛史! 『幻影創兵術』!」
俺は手を前に出し、魔術を使う。
この部屋に黒い召喚を行えば、嫌でも理解するだろう。
しかし、現実には何も起こらなかった。
「……あれ?」
「ブフゥッ! おま、お前、俺を全力で笑わせに来てるな? 迫真の演技すぎて、役者になれんぞ蓮二! ぶははははっ!」
「そんな馬鹿なー!?」
唖然とする俺を他所に、剛史は笑い転げていた。
そこへおばさんがやってきて、俺と知るや驚いてこの世界の母さんと父さんに連絡がいってしまい、俺は家に連行される事になってしまった。
「蓮二、明日遊びに行くからよ! 待ってろよー!」
「お、おーう」
と手を振る剛史に、俺は苦笑しながら返事を返す。
両側を俺の記憶と寸分違わない母さんと父さんに固められながら。
家に帰りながら、二人は俺がどうしていたかより、大丈夫だったのか、体はどこも痛くないのか等、心配をしてくれるだけで、詮索をしなかった。
俺はその心遣いが嬉しくもあり……この世界に本来いるはずの蓮二は、どこに行ったのか……それを考えていた。