98話.嫌がらせ
「嫌がらせ?」
「はい。蓮華お姉様ならばシリウス卿から話を聞いた事があるかもしれませんが、女性というだけで侮蔑の表情で見る輩もおりますわ。そこに加えて、私達は幼少期より国政に関わってきました。それを面白く思わない輩は多かったのです」
「私達に直接、何かをする事は、ありません、です。返り討ちに合う事が分かってる、です。でも、使用人達が……」
そう言って目を伏せるアニス。
カレンも辛そうな表情をしている。
そういえば、シリウスと初めて会った時、言っていた。
『蓮華様は、ロイヤルガードが女性である事を不思議に思われないのですね』
って。その時の私は、何を言っているのか理解できなくて、自分の感じた事をそのまま言ってしまったけれど。
それが、シリウスにとってとても嬉しい事だったと、後で教えてもらった。
男尊女卑ってわけじゃないけど、国政には男性が、家の事には女性が、という風潮は抜けないらしい。
でも国のというか、地上のトップは女性の母さんなのに、そこに不満が出ないのはやはり国王全員が認めているからなんだろう。
それ以外にも、結果を出しているからかもしれないけれど。
現在の生活必需品とも言えるアイテムポーチをはじめ、買い物だって母さんの魔道具が関わっている。
皆の暮らしを豊かにしている第一人者が母さんだからね。
「それで今回、母さんと親しくしているって事を公にした事で、被害が減るって事だね?」
「はい。何かあればマーガリン様が出てくるかもしれない。そう思うだけで、手出しできなくなるでしょう。普通の者ならばまだしも、マーガリン様であれば、常識では考えられないような手段を使われるでしょう」
「です。例えば、証拠を残らないように何かをしても、証拠を出してくる、みたいな、です」
成程。確かに母さんなら余裕で出来ると思う。
魔法という常識では測れない力がある世界で、その魔法の最高峰の使い手が母さんなのだから。
「そっか。母さんはきっとそこまで含めて考えてるんだろうけど……それじゃ、母さんが言ってたあの言葉の意味は?」
そう、母さんはこう言った。
『今日は、ね。目的は果たしたから、このまま私がここに居たら、手が出せないだろうし』
カレンとアニスから聞いた話を合わせると、つまり母さんが居なければ手を出してくる輩がまだ居るって事になる。
「はい。大抵の輩はもう手を出せないでしょう。私とアニスも使用人達をずっと守れるわけではありませんし、大変ありがたい事です」
「です。勿論、ニアやクロウも良くやってくれてる、です。けど、流石に使用人達全員は、無理がある、です」
ニアとクロウが一瞬嬉しそうな表情になるも、コホンと咳払いして真顔に戻った。
隠さなくて良いのに。
「つまり、一部の者はまだ手を出してくる可能性があるって事だね?」
「はい。それもすでに特定しておりますわ」
「そうなんだ。なら、私の手助けは必要ない感じかな?」
「蓮華お姉様の手をこんな事で煩わせる事など出来ませんわ。それに、すでにクロウの部隊が動いてくれていますので」
そう言ってクロウに視線を送ると、クロウが一礼しながら一歩前に出た。
「後は証拠を掴むだけですので、もうしばらくお待ちを。必ずあのクズ……ゴホン、バーンズ家は潰しますよ」
あれ、どこかで聞いた家名のような気が。
えっと、どこだったかな。
凄い聞き覚えがあるんだよね。
あ、思い出した! ニアの雇われていた家か!
「そこって、ニアの以前雇われていた家だよね? ヴィクトリアンメイドとして」
「そうですわね。ニア、今更ですが、私達はニアや我が家の使用人に手を出した敵に、容赦をするつもりはありません。もし思い入れがあるようならば、ニアは手を引いても構いませんわ」
カレンの気遣いに、ニアは一度礼をした。
その後、真剣な表情でカレンへと向き合う。
「いえ、今の私はご主人様……カレン様とアニス様のヴィクトリアンメイドです。多少思う事はあれど、今のご主人様の敵は、私の敵です。お気遣い、ありがとうございます」
「そう」
ニアの言葉に嘘は無いだろう。
心から、カレンとアニスに忠誠を誓っているのが分かる。
ニアはその後こちらを向いて微笑んだ。
「そして、蓮華様にも。クロウと違って、二番になってしまいますが、変わらぬ忠誠を誓っております」
「あはは、ありがとう」
大した事はしていないんだけど、ニアもクロウも大袈裟だと思う。
思うけれど、感じ方は人それぞれだもんね。
「おいニア! 確かにそうだけどよ、別に俺はカレン様やアニス様を下げてるわけじゃねぇぞ!?」
「分かってますよ、例に挙げただけです」
「心臓に悪い挙げ方すんなよ!?」
「あははっ……うん、二人共本当にカレンとアニスの事が好きなんだね。嬉しいよ」
「「……っ!」」
嬉しくて笑ってしまったら、二人が真っ赤になった。
あはは、恥ずかしかったのかな。
「お前、ホント天然かますな……」
「え……?」
「蓮華様、本当に女神様みたいに綺麗で可愛いです……!」
アーネストとミレルは何を言っているのか。
にしてもバーンズ家か……きな臭いと前から思ってたけど、今度は嫌がらせをしてきてるのか。
どこにでもくだらない事に力を使う人は居るものだね。
「それじゃ、その件は私は手出ししないね。でも、もし何か手伝える事があったなら、遠慮なく言ってよ? そこで頼られないのは、寂しいからね?」
「ふふ、ありがとうございます蓮華お姉様!」
「はい、です!」
そう言って、二人は私に抱きついてきた。
この抱きつき癖、もう大人と言って良い年齢になってるのに変わらないなぁ。
可愛いし止めないけど。
二人の頭を優しく撫でると、二人は嬉しそうに頬を摺り寄せてくる。
猫かな?
「くっ……ここが聖地か」
「眼福です……幸せそうなご主人様を見れて、私も幸せです……!」
「写真! 写真撮らないと兄さん!」
なんかおかしなことを言っている人達が居るんですけど。
ニアに至ってはもはや手を合わせて拝んでるんだけど。
「さて、それじゃ今日は皆がどれだけ修練を頑張ってきたか、見せてもらおうかな?」
「「「!!」」」
そう言うと、皆の背筋がピーンと延びて、表情が自信満々なものへと変わる。
これは期待できそうだ。
「グリンも呼んできてくれる? どうせならグリンも見たいからね」
「畏まりました、すぐに呼んできますね」
ニアが一礼してから部屋を出て行った。
さて、そろそろこの子猫達を引きはがそう。
「はい、そろそろ離れようね二人共」
「嫌ですわー」
「嫌ですー」
「……」
普段聞き分けの良い二人が、こんな時だけ抵抗する。
「ぶはっ……お前と一緒に居ると、他の奴の意外な姿ばっか見れて面白れぇわ」
「面白がってないで、引きはがすの手伝えよアーネスト」
「嫌だよ。俺が恨まれるじゃねぇか」
「……」
そうして、ニアがグリンを連れてくるまで、二人はずっと私に抱きついたままだった。