87話.サプライズ前日②
「ぷはぁ! 水が美味ぇっ!」
「お疲れ様。アンタのおかげで兵達に刺激があったみたいだし、助かるわ」
そう言いながら、ノルンはアーネストへと飲み物を手渡す。
アーネストはそれを受け取り、また飲み干した。
「ま、こっちから言い出した事だしな! 気にすんな!」
「それもそうね」
お互いに笑うのを見て、私も笑ってしまう。
「それで、本題に戻ろっか。ナチュリアちゃんは?」
「今朝完成させてから、力尽きて寝てるわ。流石に起こすのは可哀想だからね」
指輪の作成には、前の世界だと三カ月くらい掛かった気がする。
作り方がこの世界では違うとはいえ、それでもたった一週間で作ったのだから、凄いとしか言えない。
きっと、一生懸命作り続けたんだろうと思う。
「ねぇノルン」
「うん?」
私はナチュリアちゃんが寝ている場所へと案内して貰った。
静かに、起こさないように注意しながら……疲労を回復する魔法を掛けてあげる。
満足そうに眠るその表情は、やりきった感じを受けて微笑ましい。
目の下のクマが取れるように、ゆっくりと魔法を掛け……スヤスヤと気持ち良さそうに眠るナチュリアちゃんの部屋を後にした。
「ありがと蓮華」
「どう致しまして」
そう軽く話してから、ノルンの部屋へと移動する。
そして、完成した指輪を見せてもらった。
「これよ」
「うぉ……めっちゃ恰好良いなこれ! 人差し指にはめ込む感じか? 虎の形してるし……目に宝石がはめ込んであるのか!」
「凄い……こんな指輪初めて見たよ」
凄く格好良い指輪が、そこにあった。
ナチュリアちゃんが一生懸命、リンスレットさんの為に作った指輪。
きっとノルンと一緒に、あーでもないこうでもないと言いあって、できた形なはずだ。
「凄く良いと思うよノルン」
「ああ! 絶対喜んでくれるぜ!」
私とアーネストが手放しで褒めると、ノルンはわずかに頬を赤く染めながら、
「そう、ありがと」
そう言って指輪を丁寧に箱へと仕舞った。
「ラッピングはしないの?」
「ええ。その場で開けてもらうつもりだから」
成程、それなら確かに包む必要は無いかな。
「そっか。明日が楽しみだねノルン」
「私は少しドキドキしてるわ。リンスレットの事だから、要らないって言いそうだし……」
寂しそうな顔でそう言うノルンに、えぇぇ……という声が漏れてしまった。
ノルンに睨まれたけど、だって、ねぇ。
「いやいや、あり得ないからね? あのノルン大好きリンスレットさんが、ノルンから貰った物を棚に飾りこそすれ、要らないとか……」
「だよなぁ。むしろ今日は赤飯だ! とか言いそうなのがありありと浮かぶぜ?」
「……」
赤飯だ! はリンスレットさんよりタカヒロさんが言いそうではあるけど、概ね似たような感じになると思ってる。
「そうだと、良いけど」
それでも不安そうなこの友人に、今日は一日ついててあげる事にした。
「ふぅ、やっと終わったなリンスレット」
「ああ。まだやらねばならん事はあるが、ひとまずは城に帰っても良いだろう。ご苦労だったなアスモ、タカヒロ、それにゼロ」
「まぁ後任育成も兼ねてますから良いんですけど……この地方は割と平穏でしたねリン」
「俺もゼロに後は任せて温泉旅行にでも行きたいわ」
「それは良いな。私も付き合うぞ」
「勘弁してくれ、魔王様と一緒とか気が休まらないわ」
「部下が冷たいんだがアスモ」
「二週間近く引っ張り回されたので庇う気になれませーん」
リンスレット、アスモデウス、タカヒロ、ゼロの四人は、ルシファーの治める領地へと来ていた。
ルシファーとの会談と、実際にその目で領地の確認の為に、部下を数名連れてのお忍びだった。
ゼロはタカヒロの仕事を引き継ぐ為に、最近は常に行動を共にしている。
「俺、兄さんの役に立ててるかな?」
「ああ、十分だ。今すぐに俺と交代しても大丈夫なくらいだぞ」
そう言ってゼロの頭をポンポンと叩く。
ゼロも嬉しそうな表情でされるがままである。
「言っておくが、ゼロがタカヒロの仕事を覚えても、解任はしないからな?」
「マジで? 戦いに負けた時の条件、もう完遂したよな?」
「確かにノルンは一人前になりましたけど、それで終わりじゃないですからねー?」
リンスレットとアスモデウスの言葉に、愕然とするタカヒロに追い打ちをかけるようにゼロは言った。
「俺、俺が仕事を覚えたら兄さんが居なくなるなら、もう覚えたくないです……!」
「お前らなぁ!」
「というわけで、逃がさんぞ? 私にはお前も必要だからな」
「はぁ……さっさと帰って寝たいわ……」
「そうねー。今日はこのままこの街の旅館で泊って、明日帰りますかーリン?」
「そうだな……私達の今日の仕事は終わっているしな。ノルンの事が気に掛かるが……ソロモンを待つ必要もあるし、そうするか」
「ああ、丁度ソロモンから連絡きてるぞ。……結果は黒だ」
「そうか。一仕事増えたな」
「リンスレットは先に休んでて良いぞ。俺とゼロで行ってくる」
「任せる」
リンスレットが頷いた後、タカヒロとゼロはすぐに行動を開始する。
「これだから、解任なんて出来ないんですよねーリン」
「フッ……そうだな」
不満を言いながらも、率先して行動してくれるタカヒロを信頼している。
二人は微笑みながら、その場を後にするのだった。