86話.サプライズ前日①
のんびりした毎日を過ごしているうちに、あっという間に明日がリンスレットさんの誕生日だ。
朝起きたらノルンからラインでメッセージが届いていたので、確認すると、
『おはよう。ギリギリだけど、リンスレットにプレゼントする指輪が完成したわ。箱に包む前に、アンタ達にも見せたいから、今日来れるかしら?』
成程、なら早速準備に取り掛かろうと着替えてからアーネストの部屋へ行くと、兄さんから貰った服にすでに着替えていた。
早起きしたんだな、やるじゃないか。
「おはよ蓮華。行くんだろ?」
「ああ、準備万端みたいだな?」
「おうよ、小説読んでて寝てねぇからなっ!」
褒めたそばから落としてくるなこいつは。
「まぁ一応兄貴に疲労回復の魔法掛けてもらってくるか!」
「お前、兄さんを便利な魔道具扱いするなよ……」
「蓮華が出来るなら蓮華に頼むけど?」
「私なら良いとかそういう意味じゃないからな?」
一応出来るので、掛けておいた。
「おお、流石蓮華!」
「ちなみに逆も出来るからな? あんまり調子に乗ってこの魔法に頼るようなら……」
「わ、分かってるよ! でもよ、小説読んでたら続きがどうしても読みたくて、寝ないと寝ないとって思いながら、気付いたら朝ってあるだろ!?」
「まぁ、うん……」
私もよくあるので、強く言えないけども。
前の世界では日曜の夜、寝る前に読み始めた話が面白くて、ついつい徹夜してしまい……月曜の仕事が地獄だった。
そのまま休みたい欲求に打ち勝ちながら、怠い体に鞭を打って家を出るのが辛かったなぁ。
「蓮華?」
「はっ!? っと、それじゃ母さんに言ってから、行くとするか」
「おう。アリスはどうせユグオンしてるだろうしな」
その言葉に苦笑しながら、台所へと足を運ぶ。
トントントンと包丁の小気味良い音と、ぐつぐつと煮込んだ鍋の音が心地良い。
「あら、おはようアーちゃん、レンちゃん。今日も早起きだね」
そう言って笑いかけてくれる母さんにおはようと言ってから、ノルンから連絡が来ていた事を伝える。
「そっか、了解だよー」
基本私達のする事に否は無い母さんは、笑顔で頷いてくれる。
その後少し早い朝食を食べて(アリス姉さんは来なかった、多分寝てる)から、私とアーネストは魔界へと移動した。
「これは蓮華様、アーネスト様。ノルン様より話は伺っております。案内は必要でしょうか?」
「ううん、大丈夫だよ。ありがとう」
そう伝えてから、大きな門を通る。
「相変わらずでっけぇよな。地上の城も大きいけどよ、その比じゃねぇよなこれ」
「だなぁ」
なんて感心しながら歩いていると、とても広い運動場のような場所で、まるで実戦さながらの戦いが繰り広げられている事に気付く。
「おい蓮華、行ってみようぜ!」
「お前な……野次馬根性出す前にやる事あるだろ」
「でもよ、ノルンもあそこにいるじゃん?」
「え?」
アーネストに言われるまま視線を追うと、戦闘服に身を包んだノルンが刃を地面に突き立て、柄に手を乗せて皆を見ていた。
黒いマントがまるで王様みたいでカッコイイ。
「ホントだ。なら行ってみるか」
「そうこなくちゃなっ!」
戦いを見ながら、のんびりとノルンの元へと近づく。
私達が声を掛けるより前に、ノルンはこちらに気付き、厳しい表情から優しい微笑へと変わる。
「あらアンタ達。早いじゃない」
「時間の指定が無かったから朝食食べたらすぐに来たんだ。迷惑だったかな?」
「そんな事ないわ。ちょっとだけ待ってて頂戴ね」
「了解」
「おう。これ、もしかしてノルンの部隊か?」
「ええ、そうよ。直属親衛隊ね。ゼロが総隊長をしてるんだけど、タカヒロと一緒に仕事で出てからまだ帰ってきていないから、私が代わりに練度を見てるのよ」
直属親衛隊……地上のロイヤルガードやインペリアルナイトの部隊という事かな?
「魔界では部隊の隊長格ってどんだけいんの?」
「そうね……総隊長を筆頭に、万人隊長、千人隊長、百人隊長、十人隊長と分かりやすくしてるわよ。功を上げた者は特別な呼び名も文献にはあったけど、とりあえずはこんな所ね」
「おー。ここに居るのは大体千人くらいか? 隊長クラスは全員居るのか?」
「……アンタ、もしかしなくても訓練に参加しようとしてるわね?」
「勿論ノルンがOK出してくれるならだぜ? 無理やりはしねぇさ!」
「はぁ……」
アーネストの笑顔に、ノルンは溜息を一つ。
気持ちはとても良く分かる。
「ま、良い経験になるわね。少しだけ待ってて」
そう言ってノルンは訓練中の兵達へ向けて言葉を発した。
大きな音の中でも関係なく、透き通って脳内に直接響くかのような声に、皆が戦いを止める。
「傾聴。……きをつけ」
まるで軍隊のように、全員が奇麗に整列する。
いや軍隊か。
「今日はいつもの訓練を少し変更するわよ。アーネスト、こちらへ」
「おう」
全員の視線がアーネストと私に注がれる。
まぁ私は参加しないので、前に行かないけど。
「彼の事は多くの者が知っていると思うけれど……地上のマーガリン殿のご子息であり、私の友人でもある。そして……その腕は私に匹敵するわ」
「「「「「!!」」」」」
今まで静かに聞いていた彼らも、流石にその言葉に動揺を隠せていない。
それもそのはずで、魔界の魔王姫の実力はもはや魔界全土に広がっており、各領地を治める大罪の悪魔達すら超えていると噂される程らしい。
そんなノルンが、自分と同等だと宣言するのだから、それはそうだろうと思う。
「そんな彼が提案してくれてね。この訓練に参加して、お前達と戦いたいそうよ」
「「「「「!?」」」」」
「折角の提案だし、私はそれを受ける事にしたわ」
「す、少し良いでしょうかノルン様」
先頭に居る体格の良い男が、おずおずと手を上げる。
その内に秘める魔力から、彼が凄まじい実力者である事が伺えた。
「発言を許可するわ」
「ありがとうございます。その、彼が我々の相手をすると仰りますが……一人で、でしょうか?」
そこには言外に、たった一人で自分達全員と戦って勝てるつもりなのか? という意味も含まれているのだろう。
魔王姫の親衛隊に所属しているという自信とプライドが、そういう想いを抱かせても仕方ないと思う。
だけど、それは悪手だ。
だからこそノルンは最初に、自分と同格だと言ったのだから。
「そうよ」
「!!」
「アーネスト、遠慮は要らないわ。私の兵に慢心する者も弱者も要らない。一度心を折るくらいしても構わないわ」
「お、おう。俺はそんなつもりは無かったんだけどよ……」
流石のアーネストも苦笑しながらそう言った。
そうだろうな。
お前はただ強い奴が居たら、手合わせを楽しみたかっただけだろうからな。
「確か私と蓮華と戦った時に、分身出してたわよね?」
「あー、それは結構疲れるんだよ、数が多くなればなるほどさ。それより大会で使った『幻影創兵術』じゃダメか? この魔術なら疲労しねぇし操作楽しめるんだよな」
「ええ、それでも良いわ」
そうノルンは微笑む。というか、疲れるであって、無理とは言わない所が恐ろしい。
あの分身はかなり厄介だからなぁ。
「それじゃ、早速始めるわよ。戦闘用意」
ノルンの言葉に、全員が武器を構える。
アーネストはニヤッと笑って、魔術を使う。
「「「「「!?」」」」」
瞬間、この場を埋め尽くすように闇が地面に広がる。
「はじめ!」
「行くぜぇっ!」
地面から凄まじい数の黒い兵士達が出現する。
手に持っている武器は様々で、その属性も違う。
あの数の黒い兵士達を、アーネストは全て操っているのか。
もはや人間業じゃない。
そこからは、もはや蹂躙劇に等しかった。
アーネストの操る黒い影に、誰一人として勝てずに敗れていく。
アーネスト本人は動いておらず、つまらなそうにしていた。
「うーん……ノルン、これが親衛隊なのか?」
「返す言葉もないわ」
そう言ってノルンは、地面に横たわる兵達に視線を移す。
「分かった? お前達はまだひよっこも同然よ。世界には、地上にはまだ強者が居る事を忘れてはならない。慢心せず、貪欲に強さを求めなさい。上には上がいるのよ。お前達は私に守られる為に親衛隊になったの? 違うわよね」
そうノルンに言われた兵達は、目に力強さが戻った。
よろよろと立ち上がり、アーネストへと礼をする。
「ありがとうございます。もう一戦、お願いします!」
「! へへ、良いぜ。そういう根性ある奴は好きだぜ? 相手になってやるよ!」
今度は剣を構えるアーネストに、立ち上がった兵達は大声を上げて向かって行き、叩きのめされる。
その後は次の兵達が向かい、また叩きのめされ……その間に立ち上がった兵達が、またアーネストへと向かって行った。
何度も何度も繰り返されるそれは、暑苦しさはあれど……アーネストは口元に笑みを浮かべていたし、皆も何故か楽しそうに見えた。
「やれやれ……想定していた内容と違っちゃったわね。暑苦しい」
そう言うノルンも、少し笑っていた。