85話.呪われてるのが女の子とは限らない
「お兄ちゃん、ありがとう!」
「おう! 父さんと母さんから手を放すんじゃねぇぞ!」
「うん!」
「「本当にありがとうございました」」
気の良さそうな夫婦が頭を下げて、小さな男の子が元気良く手を振っている。
アーネストはそれに右手を軽く振って笑顔で応えていた。
「ようお兄ちゃん」
「っ!? れ、蓮華か。い、いつから見てた?」
「お兄ちゃん、ありがとうから」
「そうか……」
なんかホッとした様子を見るに、私が来ない間に何か他にもあったな?
「相変わらず人助けしてたんだなアーネスト」
「あー、まぁ見かねてな。両親探して泣きそうな子供を見かけたら、放っておけねぇだろ」
「はは、お前らしいな」
「いやお前も変わらねぇだろ……」
そうかもしれないけど、助けているのはアーネストなわけで。
「つか、遅かったけどお前こそなんかあったんじゃねぇの?」
「ぐっ……」
話題を突然変えられ、言葉に詰まる。
それを見逃すアーネストではない。
「やっぱ何かあったな? 例えば、野郎に絡まれたとか」
「うぐっ……」
「……お前、まさか……」
「いやその、そんな事があったかもしれないような気がしないでもなかったり……」
しどろもどろに答えると、
「良いから全部吐け」
「はい……」
というわけで、アーネストと別れてからの事を洗いざらい話す事に。
「はぁ、お前は……」
大きな溜息をつくアーネストにこれだけは言いたい。
私は悪くないと思うんだ。
「ナンパとかする奴が、女の子の意見なんて聞くわけねぇんだから、そーいう場面こそ力を見せりゃ良いんだよ。そういう奴は大抵見せかけだけの雑魚なんだからよ」
「そうかもしれないけど……いきなり暴力に訴えるのもどうかなって……」
「今のお前には魔力があるんだから、拘束でもすりゃ良いじゃねぇか」
「あ……」
「その顔は考えてもいなかったな、ったく……」
呆れ顔のアーネストに返す言葉もない。
なので、話題を変える事にする。
「そ、そういえばアーネストはプレゼント買えたのか!?」
「露骨に話題を変えてきたな? 買ったから屋上に居るんだろ」
ぐぅ、もはや口でアーネストに勝つ事が出来ない。
視線を彷徨わせていると、不意に凄い黒いオーラを纏った男の子を見かけた。
「!!」
「ん? どうしたんだ蓮華?」
気付いたアーネストが、私の視線を追って驚く。
「なんだありゃ!? 真っ黒で姿が見えねぇぞ!?」
「うん、片目を魔力の目から変えないとそう見えるな」
「ああ、そうか」
そう言って両目とも魔力の目で見る事に慣れていたアーネストは、片目を通常の目に変える。
「おいおい、マジかよ。まだ小学生くらいの子供じゃねぇか……」
簡単に言えば、その子は呪われている。
どす黒いオーラに全身ががんじがらめにされており、しかもそれはその子とその子の周りから生命力を奪う呪いだ。
「解けるか、蓮華」
「任せろアーネスト」
私達は小声で言って頷き合い、平静を装ってその子の横を通りすぎようとする。
「あっと……」
「わっ」
私はすぐ横の何もない所で転ぶ。
その子に覆い被さるように。
「あいたた……ごめんね、大丈夫だった?」
「うん。お姉さんこそ大丈夫? ぼくの近くに居ると、そうやって倒れる人多いから」
この子の周りでは、日常的にそんな事が起こっているのか……。
それなら何故こんな人の多いデパートに来たのかとも思ったけれど……それよりもまずは解呪だ。
服の上から、呪いに干渉する。
全身を纏わりついていた呪いは、私が魔力を注ぎ込むと一瞬で消えた。
「え……?」
「さ、手を取って。……大丈夫だからね?」
先に立ち上がった私は、まだ転んだままの子に手を差し伸べる。
おずおずとその手を掴んだその子は、驚いた表情をしていた。
「ぼくの手を掴んでも、なんともないの……?」
「うん。きっと、他の人もこれからはなんともないよ」
「……っ……!」
その言葉を正しく理解したのか、その子は目に小粒の涙を浮かべながら、
「ありがとう、お姉ちゃん……!」
そう言って、笑ってくれた。
「うん、それじゃぁね」
私が呪いを解いたとは言葉で交わしていない。
この子は私が何かをしたとは理解しているだろうけれど、だからこそ私に何も言えない。
「本当に、ありがとう……!」
だから、そうお礼を言って、屋上の入口へと歩いて行った。
それを見送って、視線を戻すと……ニヤニヤとした腹の立つアーネストの顔があった。
「……なんだよ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「さっきの仕返しかコノヤロウ」
「ははっ! いやいや、人の事言えねぇよなぁって思ってな?」
「ぐっ……」
アーネストだって出来るならやったくせに、弄ってくるので腹が立つ。
にしても、あの子はどうしてあんな呪いを受けていたんだろう?
それに、こんな人の多いデパートの屋上に居たのも気にかかる。
「なぁ蓮華、さっきの子、少し気にならねぇか?」
「お前もか?」
「ああ。なんつーか、不自然じゃね?」
「私もそう思う。勿論、あの子がってわけじゃないんだけど……」
何か、他の陰謀を感じるというか。
考えすぎなのかもしれないけれど。
「アーネスト、蓮華、お待たせしました」
「「!!」」
突然背後から声を掛けられて身構えてしまったが、その声は私達の良く知る声だった。
「兄さん!」
「兄貴!」
「少し待たせてしまいましたか? こいつらを捕まえていたので、少し遅くなってしまいました、すみません」
そう言って兄さんがゴミのように放り投げたソレは、もしかしなくても悪魔だった。
「えっと……?」
「どうやら人の多いこのデパートで、魂を集めようとしていたようでしてね。呪った子をこの屋上へと連れてきたと証言したので連れてきたのですが……」
「「!!」」
アーネストと顔を見合わせて頷く。
先程の経緯を兄さんに説明すると、
「成程。流石はアーネストに蓮華ですね」
と優しく笑って褒めてくれた。
事が事なので、スマホでバニラおばあちゃんに連絡して、国に対応を任せる事にした。
一口に悪魔と言っても、色々な派閥がある。
リンスレットさんに従う、魔族という名の悪魔達とは明確に別物だ。
バニラおばあちゃんの部下達が来て、悪魔達を引き渡す。
屋上に居た人達は少し驚いていたようだけど、来たのが騎士団と分かるとすぐに落ち着いた。
事情はすでにバニラおばあちゃんに説明していたので、渡すだけで終わったので楽だったよ。
「兄さんの用事は終わったの?」
「ええ。二人も買い物は終わりましたか?」
「うん、終わったよ」
「俺も終わったぜ。時間まだあるしさ、飯でも食いに行かねぇ? 俺腹減ったよ!」
「ふむ、それも良いですね。蓮華はどうですか?」
「私も少しお腹すいたかな」
ご飯という程じゃないけど、間食を少ししたい程度だけど。
「おっしゃ! ならハンバーガー買おうぜ!」
「はいはい。どうせお前はテリヤキだろ?」
「ふふん、情報が古いぜ蓮華。最近は月見バーガーにハマってるんだぜ」
「なん、だと……」
ハンバーガーと言えばテリヤキセットだったこいつが……!?
「ククッ……やれやれ。貴方達は本当に可愛いですね。それでは行きましょうか」
「かわっ……!?」
「俺男なんだけど兄貴!」
兄さんにドギマギさせられつつ、私達は後に続くのだった。
にしても、呪いって大抵女の子が掛けられるイメージだったけど……現実はそうでもないね。