84話.メイジ家三姉妹
「ねぇねぇ、無視しないでよー」
「俺達悪い奴じゃないからさ!」
まさか認識阻害を掛けていても声を掛けてくるとは。
私が私として認識されなくなるだけで、見た目がどう変わっているのか私から知る事は出来ないのだけど。
鏡を見ても、私は私としか映らないからね。
「えーと、人と約束してるので、ごめんなさい」
とりあえず、そうやんわりと断った。
「えー! だって一人で色々と見てたよね?」
「君みたいに可愛い子を待たせる奴なんて、ほっといて俺達と遊ぼうよ!」
なおも言い寄ってくるこの男達をどうしたものか。
周りで見ている人達も増えてきたし、困ったな。
そう思っていると、予想外の事が起こった。
「あーら! こんなところに居たのね!?」
「な、なんだお……」
「探しましたのよ!?」
「邪魔す……」
「まったく、貴女は目を離すとすぐにどこかに行ってしまうんですから!」
白いドレスを着た長身の女性、黄色いドレスを着たふくよかな女性、赤いドレスを着た少女。
三人の女性が、私の前に立った。
「失礼、私はメイジ子爵家長女、ヨーグレット!」
「同じく私はハイレモン」
「同じくコーラはコーラ!」
「「「三人揃って、メイジ三姉妹ですわ!!!」」」
後ろで爆発が起こってそうなポーズを取る三人(私からは背中しか見えない)に何事かと思ったけれど、彼女達は私を助けてくれようとしているのだけは分かった。
なので、話を合わせる事にする。
「えっと、皆ごめんね。迷っちゃって」
「ふふ、気にしなくて良いのですわ。貴女のそれは今に始まった事ではありませんもの」
白いドレスを着た長身の女性が、そう言って微笑んだ。
「それで、アンタ達はなんなのよ? 一人の女性を男が囲って、なにしようとしてたの? この子、断ってたわよね?」
「「「っ……」」」
赤いドレスを着た少女が、腰に手をあてながら一歩前に出る。
その強気な態度に、男達はたじろいでいる。
そこへ、黄色いドレスを着たふくよかな女性が更に前へと出た。
「この子は少しシャイなの。でも私は違いますわ。何人でも相手できますわよ? 試してご覧になります?」
「「「し、失礼しましたー!」」」
その気迫に恐れをなしたのか、男達は走って逃げて行った。
「逃がしませんわよ!」
「「「ひぃっ!?」」」
しかし回り込まれてしまった!
「最近、このデパートで一人の女性を狙った、迷惑行為が多数報告に上がっておりますの。貴方達余罪もありそうですし、話を聞かせてもらいますわよ」
「「「……」」」
男達は観念したのか、ハイレモンと名乗った女性と共に、奥へと消えて行った。
「ふふ、ご無事でしたか? あーいう輩はどこにでも居て、困りますわよね」
こちらを安心させるような笑顔に、この女性が優しい人である事が分かる。
「いえ、ありがとうございます。助かりました」
なのでこちらも、礼を言う。こういう人達が居る事を嬉しく思いながら。
「貴女も! 可愛いんだから、一人で居ちゃダメよ! 可愛い人は自衛しなきゃダメなんだからね!」
赤いドレスを着た少女が、腰に手を当てたまま、こちらへと向き直ってそう言った。コーラと名乗っていたかな?
「あはは、ごめんね。心配してくれてありがとう」
「うっ……こんなガキに偉そうに言われて、腹が立たないの?」
「そんな事ないよ。私を心配して言ってくれたんだよね? ありがとう」
「!?」
親戚の子を見るような気持ちで、頭を撫でてあげる。
そうすると、顔がゆでたこみたいに赤くなって震えている。
やっちゃったかもしれない。
「ご、ごめんね。つい……」
そう言って手を引っ込めると、
「べ、別に嫌じゃないし。コーラ、もっと撫でて欲しいとか思ってないし!」
ツンデレかな? とりあえずまた頭に手を置いて撫でると、嬉しそうな表情に変わった。
「あらあら。あのコーラがそんなに素直になるなんて。珍しいわ。っと、そうそう、もし貴女が本当に一人なら、私達が付き合いましょうか?」
「良いんですか?」
「ええ、これも何かの縁ですから。先程名乗りましたが、私はメイジ子爵家長女、ヨーグレットですわ」
「コーラはコーラだよ!」
さっきから名前が元居た世界であった、あの栄養機能食品を連想してしまうのを許して欲しい。
そうじゃないと分かってはいるのだけど。
「えっと、私は……レンです」
「そう、美しい外見に気品も感じられましたから、貴族の方だと思ったのですけれど……まぁ確かに侯爵以上の高位貴族であれば、11階以上の貴族ルームに行きますわよね」
そんなのあったのね。この会社の社長でありながら知らないのは私の職務怠慢なのであれなのだけど。
いや名前だけの社長に職務怠慢もくそもないよね?
「コーラ達は子爵家だけど、気にしなくて良いからね! さっきの含めて!」
コーラちゃんは私が平民と分かったからか、貴族への無礼を気にしてくれたようだ。
優しい良い子達だと思う。
「ありがとうコーラちゃん。コーラ様のが良いかな?」
平民から貴族へと話しかける時、相手には様をつけるのが基本らしいので、そう尋ねてみる。
「ううん! 公の場だとそうしなくちゃ不味いけどね! 特別にコーラちゃんと呼んで良いわ!」
「ふふ、では私もヨーグレットと呼び捨てで良いですわ。私もレンと呼ばせて頂いても?」
「うん、大丈夫だよ。その、友達への誕生日プレゼントで、美味しいリンゴを探してたんだけど……」
「まぁ! それなら良い場所を知っていますわ!」
「だね! ヨーグレット姉様!」
二人が笑顔でそう言ってくれる。
これはラッキーだったかな、色んな意味で。
「案内お願いしても良いかな?」
「勿論ですわ!」
「うん! レンが迷わないように、コーラが手をつないであげるね!」
そう言って笑顔で手をつなぐコーラちゃんにほっこりしながら、移動を開始する。
美味しいと評判のリンゴを売っている場所へと案内されたのは、デパートの13階、貴族専用のちょっと値段の高い物が売っているルームだった。
「ここなら先程のような輩に絡まれる事もないでしょうし、ゆっくり見れますわよ。私達の連れという事で、今回は大丈夫ですからね」
「まぁ、時々質の悪い貴族も居たりするけど……ここのオーナーはあのバニラ様だから! よほどの馬鹿でない限り、事を荒立てたりしないよ!」
二人の説明に、私への気遣いが所々に感じられて嬉しい。
「それになによりも……ユグドラシル社の社長は、あのアーネスト様に蓮華様ですもの。天上人足る方々に目を付けられるなど、愚の骨頂ですわ」
「うんうん! コーラもアーネスト様や蓮華様と一度でも良いから、お話してみたい! コーラみたいな下っ端貴族じゃ、無理なのは分かってるけど……夢かな!」
コーラちゃん、その夢片方は叶っちゃってるんだけど、言ってあげた方が良いのかな。
自分達の立場が上にあるのは知っていたけど、そういう憧れというか、そういった事を目の前で話されるのは結構照れくさいものだね。
なので、意味もなくコーラちゃんの頭を撫でる。
「???」
理由は分からないけど、気持ち良いからいっか、というコーラちゃんの反応に笑ってしまう。
それを見たヨーグレットも、柔らかい笑顔でコーラちゃんを見ていた。
「それでレン、目利きは出来る方ですの?」
「ううん、出来ないよ?」
「そんな堂々と……。クス、良いですわ。不肖この私が、美味しいリンゴの見分け方を伝授して差し上げますわ!」
「おー! 流石ヨーグレット姉様!」
コーラちゃんが片膝をついてクラッカーを鳴らした。
うん、他の方に迷惑だからやめようねコーラちゃん。
恐らくだけど、ハイレモンさんが居たら、同じようにしてたんじゃなかろうか。
そんな気がする。
というわけで、ヨーグレットに選ぶポイントを伝授されながら、無事にリンゴを選んで包装してもらった。
これで私の買い物は終わりだ。
「ありがとう二人共」
「いいえ、役に立てたなら幸いですわ」
「貴族は守るべき者の為に力を使う事! 父様母様から常に言われている事だから!」
良い子達だ。この子達なら、自分の素性をバラしても問題ないだろうと思う。
なので、去り際に一瞬だけ、認識阻害の魔法を解く。
「本当にありがとうヨーグレット、コーラちゃん。また機会があったら、話そうね」
「「!?」」
「れ、れんっ……!?」
ふふ、ドッキリ成功というやつだろうか。
口を金魚のようにパクパクさせている二人に手を振ってから、屋上へと向かう。
アーネストはもう居るだろうか?