83話.密会
兄さんに連れられた国は、もはや慣れ親しんだ国であるエイランドだった。
ユグドラシル本社がある国であり、バニラおばあちゃんが社長……じゃなかった、副社長兼ロイヤルガード……いや、順番を間違えちゃいけない。
ロイヤルガードと副社長を兼任してくれているんだ。
「アーネスト、蓮華。私は少し用があるので離れますが、その間に必要な物を買いに行くと良いでしょう。すぐに合流しますから心配は要りませんよ」
「了解、兄さん」
「了解だぜ、兄貴」
「ふふ、ではまた後で」
そう微笑んでから、兄さんは人混みの中へと消え……いや、人が兄さんの行く道を開けてる。
モーゼかな? いやあれは海を割ったんだっけ。
兄さんには認識阻害の魔法が掛かっていない為、素顔が皆見えている。
その為か、兄さんを見た女性はぽーっと固まってしまっているし、男性までも振り返る。
正に魔性の男性だと思う。
「兄貴は色んな意味で半端ねぇな……」
「同意しかない」
二人で顔を見合わせて笑いあう。
「よし、行くか蓮華」
「そうだな。我が社に貢献しに」
「ぶはっ! そうすっか」
そうして、ユグドラシル本社の横にある総合デパートに入った。
大きなYに、uGというマークが目立っているので、すぐに分かるようになっている。
中に入ると、凄い人の数に圧倒される。
衣食住全てが揃うこのデパートは、他の店に寄る必要が無く客としても助かるのだろう。
おまけにユグドラシルオンライン専用の商品があるスペースもあり、そこにも人がたくさん集まっている。
まぁ今回私達が行くのはリンゴ売り場と、アーネストが何を選ぶのか次第だけど。
「そんじゃ蓮華、俺は何か探してくるからよ。後でどっかに集合って形にしないか?」
「そだな、その方が効率が良いか。なら……あ、屋上が休憩スペースになってるみたいだし、屋上で待ち合わせでどうだ?」
目の前の案内板に、それぞれの階に何があるか書いてあったのだ。
「オッケーだぜ。認識阻害の魔法が掛かってるとはいえ、女の子は絡まれないとは限らねぇんだから、気を付けろよ?」
「あはは、まっさかー」
「……本当に気をつけろよ?」
そう言って尚も心配そうに別れたアーネストに苦笑する。
一人で買い物してたからって、いちいち声を掛けてくる奴なんて居るわけないじゃないか。
そう思っていた時期がありました、はい。
「ねぇ彼女、一人?」
「俺達とお茶しない? 奢るよ?」
「……」
-蓮華がナンパされている頃-
「何やら不愉快な事が起こった気が……」
「ククッ……君ともあろう者が。心配事かい?」
貴族然とした服装をした優男は、紅茶を口に含む。
金髪碧眼のその男は、どこか人間離れした美しさをまといながら、優雅に微笑んだ。
「いや、アーネストが居ますからね、心配はないでしょう。それよりもメタトロン、ゼウスの様子はどうですか?」
「大丈夫だよ。今の所周りの神達が上手くやってくれている。地上に調査隊を送るというのも、クロノスに恩義ある神達が止めているからね」
「そうでしたか」
ロキもまた目の前にあるカップに手を伸ばし、口に含んだ。
「全く、あの男は大人しく女神達だけを相手にしておけば良いものを」
「ふふ。中には寝取られた神も居たのだけどね。あえなく返り討ちにされていたよ」
「あの男は力だけならば天上界最強です。更にオリンポス十二神、かの神界最強の女神ユグドラシルとさえ同格とされた戦いの女神、アテナをも懐刀として傍に侍らせていた。まさに最強の呼び声が高かったですからね」
「そう。しかしそれは、今は昔」
メタトロンは、その碧い目を濁らせる。そこに浮かぶのは、明確な敵意。
「……反旗を翻す準備は進んでいるのですか?」
「ええ。そして……それにはロキ、君の力が必要だ」
「……」
コップをテーブルへと置く音が、やけに響く。
ロキは目を瞑り、沈黙する。
メタトロンは答えを急かさず、静かに待った。
「私はまだ、贖罪が済んでいない。けれど……君には借りがある。力を貸す事は約束しましょう」
「ロキ……!」
メタトロンは、その美しい顔を破顔させる。
見る者全てを魅了するような、そんな笑顔だった。
「おっと、私もそろそろ行かないと。君との有意義な時間を、もっと過ごしたいのだけどね」
「私と違い、君は忙しいのだろう。また会おう、メタトロン」
「ああ、いずれまた。君の可愛い弟と妹にも、また会わせておくれ」
「フ……約束はできませんよ」
ロキが微笑み、メタトロンも優しい笑みを残して、その姿を消した。
残されたロキは、席を立つ。
「この平穏も、あと少しという所ですか……」
そう零したロキは、二人の元へと足を向けるのだった。