79話.妖精国②
オベロンさんに案内され、モルガンさんが居る城へと到着した。
ここに来るまで、妖精達が列を作って頭を下げていて困った。
その一人一人が、本当に美しい姿をしていて、彫像を並べていると言われても信じてしまいそうだった。
「こちらでございます。俺はここまでと言われておりますので、後は道なりにお進みくださいませ」
「分かったわ。ご苦労様」
「では」
そう言って一礼し、オベロンさんは風のように消えた。
うーん、彼も凄まじい魔力の持ち主だ。
妖精達が一騎当千の猛者で、それよりも更に上の力を持っているって事なんだろうけれど。
「さ、行きましょ」
母さんに続いて歩いていると、赤い大きな扉の前に着いた。
こちらが何かをする前に、その扉が開いていく。
魔術的な何かが仕掛けてあるんだろうけど、それを感知する事が出来ない。
「ふふ、違うよレンちゃん。力技で開けてるの」
「へ?」
「あはは、最初は分からないよねー。透明で小さな妖精が二人、扉の前に居たんだよー」
「ええ!?」
「「どうぞお進みください。女王陛下がお待ちでございます」」
声をする方を見ると、確かに身長1cmにも満たないような大きさの、まるで蝶々のような妖精が地面に居た。
「あれで力は普通の人間の数十倍はあるからね、見た目に騙されたら痛い目を見るよー」
アリス姉さんの言葉に驚くしかない。
でも、蟻の力は人間のサイズで換算したら数十倍って聞いた事があるし、そういうものなのかもしれない。
いや、元の世界での基準で考えるのもおかしな話なんだけど。
「ようこそマーガリン、アリスティア。それに蓮華と言いましたね。もう一人居たと記憶していますが……」
「あー、アーちゃんはまたの機会にね。それよりモルガン!」
「はい?」
モルガンさんの言葉に返事をした後、母さんはツカツカとモルガンさんの元へと歩き、その顔を両手ではさんだ。
「まーた目が朱くなってる! もう、狂化は抑えれたんじゃなかったの!?」
「う……それは、マーガリンが……」
「私と久しぶりに会って、抑えられなくなったの? どこまでメンタルが豆腐なのモルガン!」
「うぅ……そこまで言わなくても良いではないですか……」
……。……はっ!? 一瞬何も考えられなくなってしまった。
隣ではアリス姉さんが大笑いしている。
「それで私が来た時をチャンスだと思って、あんな手を使って妖精国に連れてこようとしたのね? ふぅ、すぐに処置に移りましょ。アリス、レンちゃんと一緒に待っててくれる?」
「りょーかい!」
「手間を掛けますねマーガリン」
「まったくよ! 今度からは、症状が進む前に私に連絡なさい!」
「はい……」
モルガンさんが、借りてきた猫みたいに大人しくなっている。
一体全体、どういう事なのかさっぱり分からない。
話す時間も惜しいのか、母さんはモルガンさんの手を引っ張って、奥へと行ってしまった。
残された私は、アリス姉さんに質問する事にした。
「アリス姉さん、どういう事なの?」
その質問に、アリス姉さんは少し困った顔をしてから、話し始めた。
「うーんと……蓮華さんになら私も話してあげたいんだけど……これはモルガンが秘密にしてる事だからなぁ……。その、ある病気に掛かっててね、それを治せる、緩和出来るのがマーガリンだけなんだよー」
成程……正確な内容は話せないけど、そういう事だという事はなんとなく理解できた。
「そっか。でもそれじゃ、母さんが言ってた、仲間だと思っているけど、モルガンさんがそう思ってるかは分からないというのは……」
「患者と医者みたいな関係のせいかもだねー」
確かに、そうなると片方がそう思っていても……となるのも仕方ないのかもしれない。
神様も人も、そういう所は変わらないんだなぁ。
それからしばらく、アリス姉さんと雑談をしていたら、母さんとモルガンさんが戻ってきた。
最初に見た朱い瞳の色ではなく、理性的な、銀色の瞳の色。
「迷惑を掛けましたね。謝罪と、感謝を」
「良いのよ、これくらい。千年くらいなら持つだろうけど、定期的に連絡しなさいよ?」
「分かりました。騙し騙しやってきたのですが、それがいけなかったようです。段々と思考回路が悪くなっていったのです。今では靄が晴れたかのように、気分がスッキリしています」
「ふふ、それは良かった」
穏やかな表情でそう語り合う二人が、良い友人である事は疑いようがなかった。
「それじゃ、もう一度紹介するわね。この子が貴方に手伝ってもらって作った体に適合した子でね、蓮華っていうの」
え!? モルガンさんが、この体を作った神の一神なの!?
「そうでしたか。作った当時より大分成長していますね。力は、まだ全盛期程ではないようですが……」
「そりゃ人間の魂が女神の身体に適応するの、どれだけ難易度が高いか分かるでしょー?」
「それもそうですね。ふむ、私が離れた間の地上の話をお聞きしても構いませんか?」
「勿論良いわよ。でもその前に、こっちも用件を済ませないとね」
「用件?」
こてっと首を傾げるモルガンさんが凄い可愛い。
何故だろう、美人は得だって言葉を今実感してしまった。
この人の一挙手一投足が、溜息をつきたくなるくらいに洗練されていて美しい。
「ええ。リオンの治める妖怪国で、オリンピックを開催する事になったのよ。それで、妖怪だけじゃなく地上や魔界も含めてやりたいそうでね。でもこの世界はモルガンの魔力で形成されているから、それだけの他の者達が一時的にとはいえやってきて、維持できるかの問題もあるから……」
「ああ、それで確認の為にというわけですか。問題ありませんよ。妖精国にやってくるわけではないのなら、構いません」
「ホント? 助かるわ」
「どうしてマーガリンが助かるのですか?」
「あー、それはね。その案を出したのが、私の子達だから。それが叶うなら、親として嬉しいじゃない?」
その言葉に、モルガンさんはきょとんとした表情をしていたけれど、一呼吸おいてから、成程と頷いた。
「それでは、妖精国からも数名、参加させましょう」
「「え!?」」
声を上げて驚いたのは、母さんとアリス姉さんだ。
「マーガリンが認めるのであれば、それは争いではないのでしょう?」
「え、ええ、それはそうだけど」
「妖精国でも、祭りは時々開催しています。その延長上だと思えば、良い刺激にもなるでしょう。施政者として、民達の繁栄を考えねばなりませんからね」
「なら、開幕の挨拶もすると良いんじゃないかしら?」
「私が、ですか?」
「ええ。モルガンの挨拶なら、妖精達だけじゃなく全員盛り上がる事請け合いよ」
こんな美人さんに頑張りなさいとか言われたら、一も二も無く全力になる姿が簡単に想像できた。
私もモルガンさんに言われたら、全力で頑張ってしまう気がする。
「まだ中身を聞いていませんから、それで判断致しましょう。とりあえず、ここではなんですから、場所を移動しますよ。ついてきてください」
モルガンさんの後ろを私とアリス姉さんは続く。
母さんはモルガンさんと並びながら、今まで話せていなかった分、話しているようだ。
邪魔をするのも悪いし、私は周りを見渡しながら歩いていた。
すると、アリス姉さんがにひっと笑いながら話しかけてきた。
「ねぇ蓮華さん。オリンピックが開催される事になったら、蓮華さんも出る?」
「え? それは考えてなかったけど……」
「それじゃアーくんと一緒に出ようよ! 絶対アーくんは参加するよ!」
あー、今のあいつなら確かに参加しそうではある。
だけどなぁ。
「うーん、私はそういう人前で何かするのって苦手なんだよね」
闘技大会に色々参加しておいてあれだけど、全部強制参加だっただけなのだ。
私個人が望んでやったわけじゃない。
まぁ、結果的に楽しかったのは否定しないけれど。
「えー。蓮華さんが参加したら絶対盛り上がるのにー」
そう言われてもなぁ。
私が渋っていると、アリス姉さんがぷくぅっと頬を膨らませる。
そんな顔をされても、意思は変わりませんよ?
「ここだ」
モルガンさんの言葉に、前を向く。
そこはまさに楽園って言葉がしっくりくるような、広い庭園。
綺麗な花がたくさん咲き誇り、川のせせらぎがここまで聞こえてくる。
早起きした朝、外に出た時に感じる清涼な空気。
白いテーブルに白い椅子が風景に溶け込むかのように存在していて、まるで一枚の絵画のようだ。
「すぐに茶と菓子を用意させよう」
そう言ってモルガンさんが指を鳴らすと、妖精達が準備を始めた。
一瞬で用意された場所へと案内され、椅子に腰かける。
「遠慮せず食べよ」
白いカップを手に取り、紅茶を口に含むモルガンさんの姿は、ただただ美しい。
「相変わらず絵になるわねモルガン。私も頂こっと」
母さんも十分美人なのに、モルガンさんと並ぶと普通の女性に見えてしまう不思議。
私は置かれているクッキーを手に取り、口に放り投げる。
一口一口かじって食べるようなお上品な事はしない。
「ふふ。蓮華は普通の令嬢とは違うようですね」
「そうなのよー! そこが良いでしょー?」
「そういう事にしておきましょう」
モルガンさんと母さんが笑いながら話しているけれど、話題が私の事だと心休まらないのは何故だろう。
どうせ私は女性っぽくありませんけども。
「あはは! 蓮華さんが久しぶりに拗ねてる!」
「ぐぅ……私はどうせ女っぽくないですから」
「えぇ!? そういう意味じゃないのよレンちゃん!?」
慌てふためく母さんを見て、モルガンさんは微笑を浮かべながらこちらを見る。
その優しい視線は、最初に会った時とは別人に感じる。
狂化と言っていたけれど……文字通りの意味なら、バーサーカー化するって事だろうか?
こう、脳筋になるというか。流石にそれは失礼な考え方だろうか。
そんな事を考えながら、妖精国でのお茶会を楽しむのだった。