77話.妖精国①
翌日、母さんの先導に従って海を飛んでしばらく進んだ所で、凄まじい魔力で覆われた場所に辿り着く。
「なんだこりゃ……結界、だよな? 白く覆われていて、中が全く分からねぇ……」
アーネストの言う通り、目の前にはドーム状のような形で、白い結界が覆っている。
ユグドラシル領は透明の結界で、目を凝らして見なければ結界があるとは認識できないけれど、この結界は違う。
まるで卵のように、中を守っている。
「この結界はあらゆる物理攻撃、魔法攻撃を中和するの。千里眼や遠視といった魔術効果も無効化するわ。ユグドラシル領に掛けてある結界も同じ効果があるけれど、これはその上位版と考えても良いわ」
母さんの説明の通りなら、モルガンさんは一体どれだけ凄い知識と魔力量を有しているのだろうか。
「どうやって入るんだこれ? 無理やりは、例え母さんでも難しいんじゃねぇ?」
「こらこら、物騒な事を言わないのアーちゃん。私達は招かれてここに居るんだから。私達が結界に近づいた事は気付いているはずだから、そろそろ……」
母さんが言葉を言いきる前に、結界の一部が透明に変わった。
そこからは中が見えていて、緑豊かな大地が見える。
「あそこから入れって事みたいね」
「だねー。行こっか!」
「っと、それじゃ俺はこれで戻るぜ? 場所は分かったしな。なんかあったら、これで飛んでこいよ蓮華」
「なんで私限定なんだ」
「そりゃ母さんとアリスなら自分でなんとかするじゃん」
「……」
くそう、言い返せない。
アーネストが持っている魔道具は『ポータル』の座標指定版で、対となっている。
これを使うと、もう片方の魔道具の場所へと転移するのだ。
咄嗟の時や、なんらかの影響で自身が魔法や魔術を使えない時に重宝する、らしい。
らしいというのは、そんな状況になった事がないので、聞いただけだから。
「大丈夫だよアーくん! そもそも私が居る時点でモーマンタイだからねっ!」
「はは、違げぇねぇな。母さん、転移頼んで良いか?」
「オッケー。それじゃアーちゃん、また後でねー」
「あいよー。蓮華、ポカすんじゃねぇぞ?」
「おまっ……」
こちらが言い返す前に、アーネストは母さんの転移魔法でリオンさんの城へと飛んだ。
「あの野郎、帰ったら覚えておけ」
「あはは、相変わらず蓮華さんはアーくんには辛辣だよね」
アリス姉さんが苦笑しているけど、こればっかりは治す気が無い。
あいつに優しさなんて必要ないからね。
「ふふ、準備は良いかな? 行くよ」
母さんが降りて行くので、私もそれに続く。
この世界ではマナが存在していない。だと言うのに、今結界に穴が開いている状態だからなのだろうか、凄まじいマナが溢れ出ている。
まるで行き場を求めて閉じ込められていたモノが、突如開いた隙間から外へと勢いよく流れていくかのように。
「くっ……これ、時の世界に似てる? 近づく毎に、凄まじい魔力の重圧が……!」
「レンちゃん、普段抑えてる魔力を少し解放した方が良いよ。この大陸は弱者は存在できないからね。この大陸で暮らしている妖精達は、他の場所なら英雄とか呼ばれる、一騎当千の力の持ち主だから」
「なっ!?」
「そだね、簡単に言うと……私よりすこーし下の力を持った者達ばっかりって事だよー」
「世界が滅ぶんじゃない?」
「どういう意味なのー!?」
いや、アリス姉さんに及ばないとはいえ、近い強さの者達が住民なんでしょ?
そんな集団、危険すぎない?
「あははは。レンちゃん、忘れちゃった? 妖精国は、モルガンの理想郷なの。強さは、それを守る為に必要だから持たせているだけで、基本的に妖精国に住む者達は争わないの。モルガンの必罰を恐れているからね。最強の王による絶対的統治、それが妖精国なの」
成程……王が桁違いに強いからこそ可能な統治方法なんだね。しかも、その王はずっと変わらない。
人間には寿命がある。どんなに素晴らしい人も、いつかは老いて死ぬ。
けれど、モルガンさんにはそれがない。
永遠の命がある神族だからこそ可能って事か。
「そもそも、あり得ないけど仮にモルガンが死んだとしたら、その時点でこの世界は崩壊するのだから、逆らうのは自分の首を自分で絞めるようなものだけどね」
そっか、この世界を創ったのはモルガンさんだから……って、崩壊するってどういう事!?
「えっと、もしかしてなんだけど、この世界って今も……」
「そうだよ。モルガンの魔力で構築され続けているの。モルガンの意思一つで、この世界は消える。それはリオンも知っている事よ」
スケールが違い過ぎた。モルガンさんは現在進行形で、世界を維持しているのか。
「どれだけの魔力があれば、そんな事が可能なの……」
世界の創造って、創った後は自身の手から離れるものだと思っていた。
けれど、モルガンさんの場合は違うと言うのだから。
「そうだねぇ……多分、創造神すらそんな事は不可能ね。基本、魔力で作った後はその後に魔力を必要としないから。モルガンの神代魔法は、創造神の域を超えている部分があるの。だから、モルガンの行為は大抵が黙認されているわ」
神様の中でも、特に要注意な神って事かな。
それも、その実力の高さ故、と。
「えっと……このまま中に入って、出れないなんて事ないよね?」
「あはは、それは大丈夫だよー。……大丈夫だよね?」
「アリス、そこで聞かれても困るのだけど。まぁ、多分大丈夫よ」
二人の返答に若干不安になりながらも、ようやく大地へと降り立つ。
「ようこそおいで下さいました、マーガリン様。それにアリスティア様までお会いできるとは、光栄でございます」
「久しぶりねオベロン」
「やっほーオベロン」
物語に出てくるような、王子様のような姿をしている男性。
背中には虹のような羽が見える。
モルガンさん程ではないけれど、その美しさは幻想の域だ。
彼は母さんとアリス姉さんに一礼した後、こちらを見た。
「ユグドラシル、様……? いえ、違いますね。初めましてお嬢様。俺の名はアルベリヒ=フェア=オベロン。オベロンとお呼びください」
オベロン……その名も元の世界で聞いた事がある。勿論お話の中でだけど、そのお話では妖精王だったはず。
この世界の妖精女王はモルガンさんであるなら、彼は……。
「……」
真紅の瞳が、こちらを射抜く。
何かを見定めるような視線。
「私は蓮華。レンゲ=フォン=ユグドラシルです」
「……成程。似て非なる者、ですか」
「「オベロン」」
「失礼、申し訳ありません」
母さんとアリス姉さんに睨まれた彼は、肩をすくませて謝罪した。
それからやんわりとした微笑を浮かべながら一礼し、
「ようこそ、妖精国アヴァロンへ。我らが主、妖精女王ティターニア=フェア=モルガン様の命により、貴方達をご案内致します」
と言うのだった。