76話.妖精女王ティタニア=フェア=モルガン
「おかえりなさいませ、モルガン女王陛下」
「ああ」
豪華絢爛な、おおよそ妖精の国として自然豊かな場所に似つかわしく無い玉座へと腰かける、この国、いや正しくこの世界の女王。
「オベロン、変わりなかったか?」
「ええ。相変わらずこの国は平穏そのものですよ。俺としては少しつまりませんがね」
そうくつくつと笑う。その笑みは邪悪であったが、彼女は気にした様子も無かった。
「そうか。近いうちに、マーガリン達が尋ねてくるだろう。門を限定的に開けておけ」
「おお、かの大魔女が。それはそれは……モルガン女王陛下の誘いに応じられたのですね、めでたい事だ」
そう一礼するオベロンに、少しだけ表情を歪ませるモルガン。
それは一瞬ではあったが、長年仕えているオベロンはその僅かな変化を見逃さない。
「モルガン女王陛下、まさかとは思いますが……きちんと招待をされなかったのでは?」
「……」
押し黙るモルガンに、オベロンは溜息を零した。
「まぁ、彼女であれば意を汲んでくれるでしょうが……何度も申し上げておりますが、他人というものはエスパーではありません。きちんと言葉にして伝えなければ、伝えたい事は伝わりませんよ?」
「……分かっている」
ぷいっと横を向いて不貞腐れるモルガンを見て苦笑するオベロン。
しかし彼は、そんな彼女の事が好きだった。惚れた弱みというもので、仕方がないと思いつつも手を貸してしまうのだ。
「では、俺は門を開けた後、もてなす準備に取り掛かります。臣下達をお借りしても?」
「ああ」
短く答えるモルガンにオベロンは一礼を返し、その場を離れた。
一人玉座に座るモルガンは、その美しい双眸を閉じる。
真っ暗な世界に、かつての日々が今も色鮮やかに映し出される。
「マーガリン……貴女はユグドラシルについた。けれどそのユグドラシルももう居ない。なら……」
一人、そう呟いたモルガンの瞳は、狂気のように朱く染まっていた。
リオンさんの治める城下町を皆で見て周り、少し休憩と近くのベンチに腰掛ける。
「モルガンさんの所には明日行くんだよね母さん」
「そだよー」
「滅茶苦茶美人だったけど、モルガンさんも妖精なの?」
「それ滅茶苦茶美人なの関係あんのか蓮華。いや、言いたい事は分かるぜ? 人外の綺麗さだって事だろ?」
まぁ、その意味もあるんだけど。
妖精女王……その呼び名だけでも、美しさを連想してしまうから。
だけど、実際に見た彼女は、なんていうか……人間味を感じなかったんだ。
そこに居るのに、そこに居ないような。
まるで美しい彫像が話しているかのような。
そんな感覚がした。
「うーん、ちょっと違うかな。モルガンは神族だからね」
「「!!」」
「モルガンは妖精を創り出した生みの親で、まとめる者って感じだね。だから女王として君臨してるけど、本人は妖精じゃないんだよねー」
母さんの言葉を、アリス姉さんがフォローする。
成程……神族なら、そう感じたのもおかしくはないのかもしれない。
兄さんも、窓際で本を読んでいる姿はまるで絵画のように感じるからね。
「ちょっと気になったんだけどさ、そのモルガンってのは、妖怪も創り出したんだよな?」
「そうだね」
「なら、なんでこっちには妖精が居ないんだ?」
アーネストの疑問に、母さんは言葉を選ぶように、すぐには言わなかった。
少しの間の後、口に出した答えは想像していた内容とは異なった。
「妖精も妖怪も、同じなの。ただ、見た目の違いよ」
「「!?」」
そういえば、元の世界の漫画とかでよく出てきたゴブリンも、妖精だったっけ。
「どうしてこの世界に精霊が居ないか分かる?」
「「……」」
私達は分からず、口を開けられない。
母さんは苦笑しながら、答えを言ってくれた。
「それはね、精霊は妖精が進化した姿だから。そして、妖精の進化には、必要な条件があるの。その条件を、モルガンの統治するこの世界では、満たす事ができない」
「その、条件ってのは?」
「ふふ、アーちゃんも良く知ってるんじゃないかな? それはね、人の心。信仰心と言っても良い。精霊は基本的に人の目に写す事が出来ない存在。だから、そういう目に見えない想い……感謝したり、敬う心を糧に妖精が進化した形なの」
「成程……それじゃ、この世界には人間が居ないから……」
「んー、そうじゃなくてね。この世界は、精霊の存在を知らないから。居るとすら考えないからね」
そういえば元の世界でだって、見た事は無くても神様って居るって思っている人も居れば、居ないと思ってる人も居て。
その居る居ないすら考えない世界だとすれば……確かに、生まれる事すら出来ないのかもしれない。
「話を戻すけれど……モルガンは、妖精の定義を創ったの。美しく、見目麗しい者を妖精とし、それ以外を妖怪とね」
「「!!」」
「事実、モルガン自身がその象徴のように美しいでしょう? ゼウスも含め、様々な男性神から求められていた程にね。まぁ、強すぎて皆返り討ちにあって、それで誰も近づけなかったんだけど」
その時の事を思い出したのか、母さんは優しく笑った。
「それじゃ、もしかしてリオンさんが妖怪の国を任されたのって……」
「そ。リオンは数少ない、モルガンに迫らなかった者の一人だからね」
「ま、リオンは脳が筋肉で出来てるような単純な奴だからねー!」
そう言って笑う母さんとアリス姉さん。
二人がリオンさんの事を信じている事がすぐに分かった。
しかし、そうなると余計に分からなくなる。
どうして地上の裏側を創って、そこで生活する事にしたんだろう?
「モルガンは美しいものを好むの。美しいものとそうでないもの。その二つで境界線を引いているわ。姿が醜いだけで、彼女の視界に入る事は出来ない程にね」
なんとなく、それで察した。
だから、自分の理想郷を創る為に、世界を創ったのか。
「こんな事を言うとあれだけど、モルガンは決して慈悲がないわけじゃないのよ。だからこそ、創造の失敗である生命を、捨てられなかった。だから、妖怪が生まれた」
「「……」」
「まぁ、この辺りは感性が人間達と違う所かな。私もそうだし、アリスやロキだって、モルガン寄りの思考してるよ。ふふ、軽蔑しちゃったかな?」
そう寂しそうに笑う母さんに、私とアーネストは首を振る。
「そんな事ないよ。私だって、聖人じゃない。良い人も居れば悪い人も居るって事くらい分かっているし、その全てを守りたいとも思っていないから」
「だな。力は確かに母さん達のおかげで、ある。その力の使い道を、多くの人の為に使えって言う奴も居るだろうけど。俺はそんな事するつもりはねぇ。母さんは、そんな俺を軽蔑すんのか?」
アーネストの言葉に、母さんは驚いた表情をした後、ゆっくりとアーネストへ近づき、抱きしめた。
「私がアーちゃんを軽蔑するわけないじゃない。そっか、それと同じ事を私は言ったんだね。ごめんねアーちゃん。ううん、ありがとうアーちゃん、レンちゃん」
そう言って笑う母さんに、私達も微笑んで返す。
「それじゃ、リオンさんもモルガンさんと同じで、神族って事?」
「そうだね。まぁあいつはちょっと特殊なんだけど……これは私から言う事じゃないだろうから、もし聞きたければ本人に聞いてね」
特殊? まぁ神様達の普通も分からないので、気にしなくて良いかな。
「ねぇねぇ、休憩はそれくらいにして、そろそろ買い物再開しようよー! 私次はあそこの妖怪唐揚げが食べたい!」
「妖怪唐揚げって、共食いじゃねぇのかそれ」
「ぶふっ!」
アーネストの素の言葉に吹き出してしまった。
母さんは苦笑してるし、アリス姉さんに至っては滅茶苦茶驚いた顔をしている。
「ホントだ! どんな味がするんだろうね!?」
いやそっちなの。
というか食べれるの、妖怪。
「それ、私達が食べて大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。妖怪が全員話せるわけじゃないからね? 地上の鳥や豚のような妖怪も当然居るから」
成程、それなら大丈夫、なのかな?
「三人とも早くー!」
「はいはい、待ちなさいアリス」
というわけで、アリス姉さんが見つけた露店の妖怪唐揚げを買ってもらい、食べてみた。
「おいしい」
うん、普通に唐揚げだったよ。