69話.妖怪⑥(マーガリン視点)
小鳥のさえずりで目を覚ます。
ベッドには横でスヤスヤと眠る百鬼夜行……もとい、ヨルが気持ち良さそうに眠っている。
子供と変わらない小さな体。けれどその本質は妖怪であり、固有結界を持つ。
私とリオンを囲ったのも、その力だ。
頭を撫でると、気持ち良さそうに表情を変える。
その姿に自然と笑みが零れた。
「さて、支度をしてリオンの元へ行きましょうか」
外泊をしてしまったが、家に何の連絡も入れていないのだ。
きっと心配しているだろうから。
早く帰ろう、そう気がせいていた私は、普段ならあり得ないミスをした。
「私に気付けないなんて、気が緩んでいましたね」
「!?」
後ろを取られた。いえ、それよりも、私が気付けなかった!?
「私の結界内に居ましたから、それも仕方のない事ですよマーガリン。いつも結界のあるユグドラシル領に居て、手が出せませんでしたが……こちらの世界に来てくれたのは千載一遇のチャンスでした。貴女の力、有効活用してあげます」
「くっ……モルガン……!」
妖精女王、ティタニア=フェア=モルガン。
地上に当たる場所が妖怪達の住む国なら、魔界に当たる場所が妖精達の住む国。
その女王がこのモルガンだ。
神々の楽園を追放されたとされているが、真実は違う。
彼女は自身で出て行ったのだ。自分の楽園、理想郷を作る為に。
「百鬼夜行に意志を与え目的も与えたのですが、マーガリンに言いくるめられてしまいましたからね。まぁ、私としてはどちらになっても良かったのですが」
「くっ……これだけの術式をすぐに用意できるわけがない……貴女、もしかして昨日からここに……!?」
「ええ。土蜘蛛のアラクネーの妖術に、魔力を合わせて作ったオリジナル魔術です。一度捕らわれれば、例え貴女程の者でもご覧の通り、動けません」
確かに、体に魔力を纏わせても身動きが取れない。
解呪も効かず、解除も出来ない。
『バインド』系の魔法や魔術とは桁が違う効力。
「この城にはリオン達が居るのよ?」
「ふふ、叫んでも気付けませんよ。彼らは、いえこの国の者達は、今はゆっくりと夢の中です」
「!!」
迂闊……! 百鬼夜行の騒動に紛れて、気付かれないように術式を広げていたのね……!
「一番欲しかった貴女を手に入れれる日が来るなんて夢のようです。さぁ、帰りましょう」
「くっ……!」
身動きの出来ない私に、抵抗する術は無かった。
ごめんアーちゃん、レンちゃん……!
「させるかよっ!」
「てぇやぁっ!」
「何っ!?」
諦めかけていたその時、信じられないものを見た。
「大丈夫マーガリン? うげ、すっごく複雑な魔術構文……こういうのは力技ぁっ!」
バキン、という音と共に、アリスの放つ拳で魔法陣が割れる。
「アリス……ありがとう。それに……」
「「母さんっ!」」
愛する子供達が、そこに居た。
ずっと心配をかけているだろうと不安だった私の心は、今満たされている。
「アーちゃん、レンちゃん……助けられちゃったね。ありがとう」
そう笑顔で伝える事が出来た。
二人も笑ってくれて、モルガンへと視線を向ける。
「邪魔が入りましたか。その姿、ユグドラシルのようですが……違いますね」
「私は蓮華。蓮華=フォン=ユグドラシルだ」
「!!……成程。私は妖精国が女王、ティタニア=フェア=モルガンと言います。以後お見知りおきを」
そう優雅に礼をするモルガン。二人も敵だと言うのに、その美しさに一瞬見惚れてしまったようだが、仕方ないと思う。
モルガンは女の私が見ても、美の化身のような美しさがあるからだ。
「妖精国?」
「はい。この妖怪の国の海を挟んだ向こうにある大陸が妖精国です。私はその国の女王を務めています」
丁寧にそう言うモルガンに呆気に取られている二人。
モルガンはいつも平静で、焦りや驚きといった感情をあまり表に出さない。
瞬間的な驚きこそあれ、すぐに冷静さを取り戻す。
「多勢に無勢、今回は引くとしましょう。千載一遇のチャンスと思っていたのですが……マーガリンの仲間がまだこれ程いるとは思いませんでしたから。それでは、また」
そう言って、術式を展開してその姿が消える。
妖精国へと飛んだのだろう。彼女の実力は私と同等、あれから実力を伸ばしていたのなら、私以上の可能性もある。そんな相手と戦わずに済んだのは僥倖だったかもしれない。
「妖精国の女王、ティタニア=フェア=モルガン……あいつ、凄まじい魔力をまだ抑えてたね。まともに戦ったら、危なかったかも……」
「ああ。兄貴と対峙したかのような、底知れない力を感じたぜ……」
アーちゃんとレンちゃんも、その力に気付いたようだ。
二人ももう一人前になっていて嬉しいやら寂しいやら。
っと、それよりも!
「皆、連絡出来なくてごめんなさい」
「良いよ母さん、無事だったから」
「そうだぜ。危機一髪ってとこだったけど、間に合った良かった」
「だね。でも、理由くらい聞かせてねー?」
アリスの言葉に頷き、妖怪の国で起こっていた事を全て話す事にした。
そして、アーちゃんとレンちゃんが掴んだ話は、リオンから聞いていた話と通じる所があった。
「その話、リオンにも伝えましょう。皆、少し付き合ってくれるかしら?」
「「勿論!」」
「にひひ、帰ったら美味しい卵焼き作ってねマーガリン!」
笑顔で返事をしてくれる二人と、笑いながらそんな事を言うアリスにこちらも笑顔で返す。
頼もしい援軍に、心が温かくなるのを感じた。
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