67話.妖怪④-2(マーガリン視点)
おかしい。
百鬼夜行に飲み込まれてからすでに2時間が経過しているのに、一向に現れる気配が無い。
外はもう夜になっているだろう。
百鬼夜行の本領を発揮できる時間帯だ。
これ以上遅くなるのは避けたい。アーちゃんとレンちゃんに心配を掛けてしまう。
「リオン、そろそろ出ましょうか」
「お、ようやくか? 待ってる間に妖気をたぎらせといたからよ、いつでも行けるぜ?」
「させません」
私が立ち上がると、リオンも立ち上がる。
それと同時に、百鬼夜行が妖怪達を生まれさせる。
暗闇を妖怪達が埋め尽くすが……どれだけ数が多かろうと、私の敵ではない。
「この程度の妖怪達で、私達を止められると思わない事ね」
「ははっ! 久しぶりの親友との共闘だっ! ちったぁ楽しませろよっ!」
-同時刻・外-
「距離を保てっ! 迂闊に近づけば取り込まれるぞ!」
「「「ハハッ! ぬらりひょん様っ!」」」
マーガリンとリオンが百鬼夜行に囚われている間、リオン配下のぬらりひょん達は協力して百鬼夜行を抑えていた。
「リオン様が百鬼夜行に敗れるわけがないっ! リオン様と一緒におられるであろうマーガリン様もだっ! 俺達はあの方達が戻られるまで、百鬼夜行を抑える事に注力すれば良い! 決して捕まるなっ! 遠距離攻撃で力を削ぐのだっ!」
「「「オオッ!」」」
ぬらりひょんの指揮の元、百鬼夜行に抵抗する妖怪達。
思うように妖怪達を取り込めない百鬼夜行は焦っていた。
『どうして、こんなに強い? 以前までの妖怪達に、ここまでの力は無かったはず……』
それは、マーガリンの仕業だった。
ぬらりひょんに城下町を案内された際に、一時的に街を覆うように結界を張ったのだ。
それは次元に亀裂を生じさせていた者達を見極める為のものだったが、結果的に百鬼夜行の力を抑える効力が発していた。
結界のある城下町で亀裂を入れようとすれば、結界が弾きマーガリンへと伝わる。その弾く力が退魔の力となっており、百鬼夜行の妖力を抑え込んでいたのだ。
「ありえません……どうして、こんな……。何故、貴方達はここまで強い……」
百鬼夜行が創り出した妖怪達は、その全てがマーガリンとリオンの手によって倒された。
おびただしい数の死体が転がっているが、それも妖力へと変換され、空間内で浮かび上がる。
それを再度吸収する百鬼夜行。
「ですが、無駄です……私の中に居る限り、私は倒せません。妖怪を倒されても、倒された妖怪の妖力は私へと還元される。無限に創る事が可能なのですから」
それを聞いたマーガリンは笑う。
「あら、貴女が今吸収したの、妖力だけじゃないわよ?」
「え……?」
「ただ倒すだけなんてつまらない真似はしないわ。全てに魔素毒を注入しておいたの。そろそろ効果が出るんじゃないかしら?」
マーガリンが言いきると同時に、百鬼夜行が苦しみだす。
暗闇の中に囚われている空間が、紫色と赤色で点滅しだした。
「あ、ぐぅ、あぁぁぁっ……! こ、れは、なんで、すかっ……い、いた、い……いたい、です……!」
「水と油みたいなものよ。妖気と妖力はマナと魔力の関係でしょう? そこに異物が混ざれば、押し出そうと反発する。妖力が全ての妖怪に、別の力を受け入れる器は無い。つまり、貴方の身体が魔素毒を体から出そうと反発しているけど、貴方の意思は取り込もうとしているから、貴方の中で力が喧嘩しているってわけね」
「くっ……体が、割れる……どう、すれば……」
そこでマーガリンはニヤッと笑う。
「私達をここから出してくれたら、解除してあげても良いわよ?」
「そ、れは……!」
「おー、あくどい顔してんなぁマーガリン」
「だまらっしゃい。無理やり戻っても良いんだけど、そうするとこの子が死んじゃうから譲歩してるんでしょ」
「百鬼夜行まで助けてくれんのか?」
「悪いのはこの子じゃないからねぇ。あくまでこの子は現象。それに意志が生まれたのに、またその意思を奪うなんて真似、できればしたくないもの」
「…っ…」
百鬼夜行は、生まれて初めて感じる感情に戸惑う。
自分の事を心配などされた事が無かったからだ。
「はは、そういうとこ変わらねぇなマーガリン。俺も、お前に助けられてここまでになれた。お前がそう決めたなら否はねぇ!」
「わ、私は……」
マーガリンは優しい目をして、百鬼夜行へと言葉をかける。
「この世界は妖怪だけの国。百鬼夜行、貴方も妖怪なのよ。今までは現象だったかもしれない。けれど、今はもう確固とした妖怪なのだから。快楽だけに溺れても良いじゃない。楽しい事だけして過ごして良いじゃない。貴方を否定する者は居ないわ」
「……! 私は、私も……自由に生きて、良いのですか……? 目的など、なくても……生きて、良いのですか?」
「生きなさい。この神代の魔女、マーガリンの名において……貴方が生きる事を認めてあげる」
「……っ!」
夜より深い闇が溶ける。
辺りを覆っていた暗闇は晴れ、月光にさらされた優しい黒へと変わる。
「リオン様っ!」
「「「「リオン様っ!!」」」
「おう、おめぇらっ! よくやってくれたな!」
リオンとぬらりひょん達は無事を喜び合う。
そんな中で、ポツンと立っている黒い着物を着た少女が居た。
その少女の元へとマーガリンは歩いて近づく。
「女の子だったのね。百鬼夜行、ね?」
「はい……」
「この妖怪の国は、妖怪の為の理想郷。リオンを王として、統治されているわ。貴女も好きに生きなさい」
「でも……何をしたら良いのか、分かりません……」
「うーん、そうねぇ……。あ、そうだわ! リオン!」
「おう? なんだマーガリン!」
マーガリンに呼ばれたリオンは、他の者達を置いてマーガリンの元へと駆ける。
その姿にクスリとしながら、マーガリンは提案した。
「この子、リオンの娘にどう?」
「はぁっ!?」
「!?」
マーガリンの突然の言葉に、リオンと百鬼夜行は目を丸くして驚く。
「この子の自我は生まれたばかりなのよ。このまま放っておくのも後味が悪いし、リオンならちゃんと面倒みてあげられるでしょう?」
「そりゃー悪いようにはしねぇがよ。あー、お前は俺が親で嫌じゃねぇか?」
「……はい」
ゆっくりと頷く百鬼夜行に、リオンは笑いかける。
「そうか、分かった! それじゃお前にはちゃんとした名前をつけてやらねぇとな! 百鬼夜行ってのもあれだしな……よし、お前の名前は今日から空亡=ヨルだっ!」
「ヨル……わかり、ました」
少し顔を赤く染めたヨルは、嬉しそうに頷いた。
「ふふ、それじゃ時間も遅いし、私はこれで一旦帰……」
「……」
帰ろうとしたマーガリンの服を、くいくいっと引っ張るヨル。
「えっと、何かしら?」
「……」
何を言うわけでもないが、上目遣いでマーガリンを見つめるその目からは、別れを惜しむ気持ちが伺えた。
「ぐぅぅ……その目には弱いんだけど、ダメよ。私には帰りを待ってる子達が居るの」
「………今日、だけ。ダメ、です、か」
最終的に、マーガリンは折れた。
まだ百鬼夜行に意志を与えたという神が接触してくる可能性もあった為という理由もあるが、リオンの娘と推した自分の責任も後押ししての事だった。
「はぁ、帰ったらなんて言おう……」
「はははっ! あの怖いもの知らずのマーガリンが、おもしれねぇなっ!」
「だまらっしゃいリオン……! 貴方もすぐに分かるわよ、子を持った親の気持ちがね!」
笑うリオンだったが、この後ヨルの事を大好きになりすぎて、気持ちを痛いほど理解する事になるのはもう少し先のお話。
次話は蓮華に戻ります。
マーガリン視点なのが最初だけですみません。
いつも読んで頂きありがとうございます。