63話.妖怪②(マーガリン視点)
各国の王から話を聞き、各国の中心地から円を広げ描くように魔力を飛ばす。
結界に引っかかった場所へと赴き、亀裂の入った空間を閉じる。
そんな事を繰り返し、ようやく全ての次元を閉じる事に成功したのはお昼に差し掛かろうという時だった。
日没までには帰ると言ったけれど、あんまり早く帰るのも体裁が悪い。
アーちゃんやレンちゃんに、ちゃんと仕事してきたの? って思われるのだけは避けたい、母親の心情的に。
そんな事を考える私に思わずクスっと笑ってしまった。
アーちゃんやレンちゃんに出会う前の私が今の私を見たら、信じられないという表情を絶対するだろうと思う。
ロキが変わったのと同じように、私もまた変わっている。ううん、変えられてしまった。
あの損得を考えない優しい二人。大事な物の為に、自分の命すら掛けられる心。
純粋で、でもちょっぴり抜けていて。そこがとても可愛らしくて。
宝石のように輝いているあの子達は、私の、私達の宝物。
あの子達を守る為なら、私の全てを掛けたって良い。
世の母親達は、この気持ちを持って子供を育てているのだろう。
子を産めない私は、そんな親達を尊敬する。母親の真似事しかできない私では、本当の母親にはなれないだろう。
それでも……私なりの方法で、愛していきたいと思う。
「そうだ、折角だしリオンの所に顔を出そうかしら」
私は普段、用がなければ全くと言っていい程、友人に会いに行かない。
まぁそれは私に限らず、長寿だったり、そもそも寿命の無い者達は大体そんな感じだ。
近しい者で言えばミレニアが良い例で、私が呼ばなければほぼ確実に会いになんて来ない。
最近はアーちゃんやレンちゃんに会いに、時々来るようになったけれどね。
その点でも、二人には感謝している。
私の心を許せる存在であるミレニアと話せる機会が増えたから。
その事で心が温かくなるのを感じながら、次元に裂け目を入れる。
人が一人通れるくらいの亀裂が出来上がったので、私はその中へと入る。
妖魔界と呼ばれる世界の中。
この世界も基本的に、地上と変わらない。空が黒く覆われているなんてことは無く、普通に青空が広がっているし、街だってある。
ただ、国の体制が違い、妖魔界では王は一人だ。
弱肉強食。力ある者が王となり、それ以外の者は王に従う。それが妖魔界の基本だ。
「とまれ! ここが妖魔界の主、空亡=リオン様の居城であると知っているだろう!」
門へと到着すると、二人の門番が槍をクロスさせて門を守る。
しっかりと管理が行き届いている、流石ね。
「私はマーガリン。リオンの友達よ。貴方達は見ない顔だから仕方ないわね。リオンにマーガリンが会いに来たと伝えてくれるかしら」
「何を……」
「待て! 失礼しました、すぐに確認をしてまいります」
右側の門番が異を唱えようとしたが、左側の門番がそれを止める。
どうやら、左側の門番は優れた力を持つようね。私が隠してる魔力に気が付いたのだろう。
それから少しだけ待つと、ざわざわと五月蠅くなってきた。
凄まじい魔力を隠す事もなく解放しているのか、周りの者達が跪いて道を作っている。
「おおマーガリン! 息災であったか!? もう何千年も会っておらぬから、顔を忘れる所だったぞ! ガハハハッ!」
そう楽しそうに笑うこの者こそ、妖怪の王。空亡=リオン、私の数少ない信頼できる友。
「ええ、久しぶりね。今日は少し話があって来たのよ。時間は大丈夫かしら?」
「何を言う! 俺の親友が久しぶりに訪ねてきてくれたのだぞ? 何よりも優先して当たり前、他の用事など全てキャンセルだっ! ガハハハッ!」
相変わらず気持ちの良い男、いや漢だ。英雄色を好むと言うが、この漢は女性に一切の興味を示さない。
単純に強いか、強くないかが第一で、その後に自分が気に入るかどうか、が来る単純な性格をしている。
腹芸が得意ではないが、そこは配下の腹心が上手くやっている。
リオンの配下達はリオンを神聖視しており、神の如く扱う。
リオンが白と言えば、黒い物も白で通る程だ。
「ありがとう。それじゃ遠慮なく通させて貰うわ」
「おう! お前ら、今回は初めてだろうから仕方ねぇ。けど、次はねぇ! この顔を忘れんじゃねぇぞ、俺の親友だ!」
「「ハハッ! マーガリン様、申し訳ありませんでしたっ!」」
そう言って土下座せんばかりに頭を下げる門番の二人に苦笑する。
良いのよ、と一言告げ、リオンの横に並ぶ。
「ああ、嬉しいぜ。お前とこうしてまた会えるなんてよ。記念日にでもすっか!?」
「やめて頂戴。恥ずかしくて余計に来れなくなるわ」
「ガハハッ! そりゃ困る! なら止めておこう!」
終始笑顔でいるリオンは、本当に嬉しいのを全身で表現しているかのようで、悪い気はしない。
リオンの部屋へと通された私は、地上界で起こっている事をリオンに話した。
「成程な……。そりゃ一部の妖怪が人為的に起こしてるかもしれねぇ」
「やっぱりリオンもそう思う?」
「ああ。次元に亀裂なんて自然にゃ起こらねぇはずだ。なんせ俺達で作った結界なんだぜ? ただ、デカい力を持つ者を通さねぇようにするのに特化したせいで、ちょっとした力を持ってるだけの奴らは素通りできちまうからな。それが裏目にでたか」
「次元に亀裂を入れれる程の者が通れないようにする為の結界だもの。勿論、結界を作った私達は別だけれど……」
「亀裂を作るだけ作って、一部の妖怪を扇動してる奴が居るようだな。っし、後の事は俺に任せてくれ。地上に迷惑は掛けねぇ、この俺がこの世界の王である限り、勝手な事をしてる奴には焼きを入れてやるぜ! ガハハッ!」
リオンは口だけではない。やると言ったらやる漢だ。
後は任せても大丈夫だろう。
「そう、任せるわ。それなら後は……」
「おう! ゆっくりしていってくれよな! 俺が守っているこの世界を、見ていってくれ!」
「え? ええと……」
これはマズイ。すぐに帰るつもりだったのだけれど……
「ま、まさかもう帰るなんて言わないよな!?」
そんな捨てられた子犬のような顔になられると辛い。
ぐぅぅ……アーちゃん、レンちゃん、ごめん。
「そ、そうね。少し見て行こうかしらね」
その言葉に、リオンはパァッと笑顔になる。
「おお! 嬉しいぜ! 俺はこの件を部下達と話してくる。すぐに片付く件じゃないだろうが、できるだけ早く解決するからよ! おいっ!誰か居るか!」
「はは、ここに」
「おう、ぬらりひょんか。控えていたなら話も知ってるな? 俺の親友に街を案内してやってくれ。くれぐれも丁重にな」
「畏まりましたリオン様」
「頼んだぜ。それじゃマーガリン、ゆっくりとした話は晩にでもしようぜ! それを楽しみに仕事してくっぜ!」
そう言って笑いながらリオンは部屋から出て行った。
「マーガリン様、お初にお目にかかります。妖怪の王リオン様の腹心、ぬらりひょんと申します」
「ええ。その魔力、もしかしてあの龍の子かしら?」
「母を、覚えていてくださったのですか?」
「ええ。昔助けた事があったもの。やっぱりそうなのね」
「母からよく聞いていました。私の事など忘れているかもしれないけれど、私は恩を忘れない、と。母の大恩ある方とお会いできて、光栄です。今は亡き母に変わり、マーガリン様にリオン様と変わらぬ忠誠を捧げます」
そう言って頭を下げるぬらりひょんに、私は苦笑する。
頭の中は、きっと心配をしているアーちゃんやレンちゃんに、どう言い訳をしようかで一杯だった。
なんせ、この妖魔界からでは魔力通信が届かないのだ。
レンちゃんから渡されたスマホも届かない。これは世界樹のマナを使用しているから当然だ。
この妖魔界には世界樹の魔力は存在しない。
妖怪に魔力を持たない者など居ないからだ。
ぬらりひょんに丁寧に街を案内されながら、とりあえず気持ちを切り替えるのだった。
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