61話.ユーミルの泉へ②
「取ったぜ、アテナッ!」
「甘いっ!」
「うぉっ!? くっ、まだまだぁっ!」
泉の上を滑るように、アーネストとアテナが戦っている。
それはさながらダンスのように。
「やれやれアーくん! そこだっ!」
横ではシャドーボクシングよろしく、手をシュッシュッと動かしているアリス姉さん。
はぁ……と溜息をつきながら、足をプラプラとさせ、泉の水を蹴ったりして水しぶきをあげる。
私達はユーミルの泉へと皆で向かった。
その時に、アテナと出会った。
いつもなら自分より先にユグオンにログインしているアリス姉さんが居なかった為、何かあったのかと顔をだしに向かっていたらしい。
話をアーネストから聞いたアテナは、なら私も行くと同行を決めた。
どこで着替えようかと思っていたら、母さんはいつも着ていたローブを空に投げ捨てた。
「じゃーん! もう着ておいたのよね! 似合ってるかなアーちゃん、レンちゃん」
ちょっと恥ずかしそうにそう言う母さんは、予想以上にダイナマイトボディをしていた。
白いビキニはそのボンッキュッボンの身体を強調し、普段日に焼けていないせいか白いその肌はとても綺麗だった。
いつもゆったりとした黒いローブで体のラインが分かりにくかったせいもあり、そのギャップが凄い。
「「母さん、めっちゃ綺麗なんだけど」」
思わずアーネストとハモった。母さんは嬉しそうに「ありがとアーちゃん! レンちゃん!」と言ってくれたけど、お世辞でもなんでもない。
「ふむ、このスイムショーツと言うのでしたか? 下着一枚と変わらない気がするのですが……まぁ郷に入っては郷に従うと言いますからね」
「……」
「おい蓮華?」
「ハッ!?」
一瞬頭が真っ白になった。ヤバイ、兄さんの水着姿がヤバイ。
服で見えなかったその体は、引き締まっていて筋肉質だった。
かといってマッチョのようにムキムキかと言えばそうではなく、ある種の理想的な体だと思う。
「よっし準備万端だぜっ!」
気付けばアーネストも服を脱いでいて、海パン一枚になっていた。
うん、こっちは見慣れているからかなんとも思わない。
「兄貴! まずは一緒に軽く泳ごうぜ!」
「ふむ、良いでしょうアーネスト」
そう言って二人は泉の奥へと泳いでいく。
周りを見れば、大精霊の皆も人型に固定して、それぞれグループが出来ているのか、数人で集まりながら泉へと入って楽しそうにしている。
「蓮華さん、早く着替えて入ろうよ!」
アリス姉さんは動かない私を見上げながら、クイクイと服を引っ張る。
うぐぅ、可愛い。
「まぁ待て、水着は持っているんだな? なら私が着替えさせてやる。時間が勿体ないだろう?」
後ろから声がして振り返ると、アテナだった。
「着替えさせるって……?」
「なぁに、簡単な魔法だ。水着を出してみろ」
「う、うん。はい」
『アイテムポーチ』から取り出した水着。それをアテナが手にするわけでもなく、私は水着姿へと変わる。
手にしていた水着は、今まで着ていた服に変わっている。
「えっ!?」
「はは、驚くな。そういう魔法だ」
「アテナ、是非この魔法後で教えてくださいっ!」
「お、おお。いやに食いつくな。良いぞ」
「やったぁ!」
本当に嬉しい。これで着替えを楽できる!
「蓮華さんってマメなのに、どうして変な所で横着したがるのかな」
「なんで私の考えが声に出してないのに分かるのかな?」
謎だ。
「レンちゃんレンちゃん、このビーチバレーっていうのしたいんだけど、どうかな!?」
母さんが漫画を開いて見せてくる。成程、最近地上に増えた漫画雑誌の影響を受けているのか。
「良いよ母さん。メンバーはどうする?」
「私とレンちゃんは確定として……」
「異議ありだよっ! 私も蓮華さんと一緒が良いっ!」
「それじゃジャンケンよアリスっ!」
「ふふ、負けないよマーガリン!」
「まぁ待て、本によると二対二かつ審判も居るのだろう? 私も加わるから、あと一人を……」
「俺もやるぜっ!」
「なら私は審判を行いましょう」
泳ぎに行っていたはずの二人が、もう戻ってきていた。
というかこれ、泉ですることじゃない。
もう海でする事なんですけど。
浜辺なんてないので、普通に草の上だよ。ドライアドやノーム、ディーネあたりが周りを綺麗にしてくれているようで、小石一つなく足に柔らかい感触が返ってくるけど。
で、対決は私と母さんが組み、相手はアーネストにアテナとなった。
それからアリス姉さんと入れ替わりながらの総当たり戦。
魔法は禁止で、単純な肉体能力のみの勝負となった。
意外なのが、母さんが滅茶苦茶強かった事。
母さんって生粋の魔術師だから、こういう魔力禁止な戦いは弱いと思っていたのに。
だけど、そうだよね。全ての武器を操れて、近接戦闘の大事さを教えてくれた母さんが、魔力が無いだけで弱いわけがなかった。
まぁその、水着なので動くたびにその豊かな胸が揺れて、大変目に毒だったのだけど。
「ふふ、レンちゃんも心は男の子だものねぇ」
「~~~!!」
ごめんなさい。慣れたはずなんですけど、自然と追ってしまうんです……。
「ははっ。こんなものの何が良いのか分からんな」
そう言って自分の胸を鷲掴みするアテナ。どうして私の周りには慎み深い女性が居ないのか。
「むぅ、私だって大きい時は大きかったんだからー!」
ぷくぅと頬を膨らませてそう言うアリス姉さんは、何に張り合っているのか。
「レン、パイナプンの実をドライアドが実らせてくれました。皆で食べませんか?」
「この実は~、とっても甘くて~、おいしいよ~」
ディーネとドライアドが沢山の実を抱えて持ってきてくれた。
私は頷いて、『アイテムポーチ』から簡易キッチンを取り出す。
「母さん、切るの手伝ってくれる?」
「ほいきた!」
笑顔で頷いてくれた母さんと一緒に、皆が食べやすい大きさに切っていく。
「どうせなら冷えた方が良いわよね?」
そう言ってセルシウスが冷気で実を冷やしてくれる。
「よっし、皆ー! 冷たくて美味しいパイナプンの実を切ったよー! こっちきてー!」
そう呼びかけると、皆ワイワイと言いながら嬉しそうにパイナプンの実を取っていく。
私も一口食べてみると、甘くてとても美味しい。
良く冷えているからか、美味しさ倍増だ。
味はもうパイナップルそのままだったので、とても懐かしい。
その後、アーネストがアテナへと勝負を持ちかけた。
アテナも最初はキョトンとした表情をしたものの、「良いぞ」と笑って言った。
私達はパイナプンの実を食べながら、アテナとアーネストの戦いを見ている。
舞うように戦う二人を、綺麗だと思いながら。
泉の端に腰かけながら、また一口パイナプンの実を口に含むと、ひんやりとして甘く柔らかい感触が口の中へと広がる。
うん、こんなのんびりした日も、良いな。
そう思いながら、二人の戦いを見ていた。
いつも読んで頂いてありがとうございます。