60話.ユーミルの泉へ①
「ぶはぁっ……っくしょう! 勝てねぇー! あだっ!?」
空想の世界から戻ってきて、アーネストは座禅から後ろへと倒れ込む。
そのままベッドへと頭をぶつけてゴロゴロと転がってる。アホなのかな?
「いてて……。にしても、ユグドラシルは強すぎだろ。この世界に来てからすげぇ腕を上げたつもりだけどよ、全然敵う気がしねぇ……」
「恐ろしいのは、あれはユグドラシルの全力じゃない事だよ。あくまで使っていたのは今の私の体なんだ。つまり、完全にユグドラシルの技量だけで圧倒されたんだ」
「やっぱそうだよな……」
私はこれでも、自分なりにユグドラシルの力を引き出していると思っている。いや思っていた。
だけど、『本物』は違う。私の中に居る残滓ではなく、本当のユグドラシル。
その力は、技量は、私のはるか先を行く。
アーネストの力は私も認めているし、『オーバーロード』を使われたら私でも負けるくらいだ。
だと言うのに、ユグドラシルは『オーバーロード』を使ったアーネストにすら一撃も貰わなかった。
あくまで私の強さを使った上での戦いだというのに、アーネストに圧勝して見せた。
「あー! 俺はお前が居て良かったわ」
「!?」
いきなりアーネストがそんな事を言うので、ビックリして凝視してしまう。
そんな私を見てアーネストは笑う。
「だってよ。勝って当たり前の奴とか、負けて当たり前の奴しか居なかったらさ、強くなれねぇと思うんだよな」
「!!」
「なんつーのかな。悔しいって気持ちがねぇと、上って目指せねぇと思わねぇ?」
アーネストの言葉に頷く。確かに、そうかもしれない。
この人には負けて当たり前だと思えば、悔しさは感じない。
負けたくないという気持ちを抱かなくなるだろう。
「だけどさ、俺にはお前が居る。俺はお前にだけは負けたくねぇんだよな。だからずっとお前を見てきた。絶対に勝ちたいから、お前を知る事が大事だからな。その為に絶対に勝てない強者にだって挑む勇気が出る」
「……そっか。私もお前には絶対に負けたくないから、同じだな」
「へへ、そうだな」
お互い見つめ合って笑う。うん、こいつとはこの関係が心地良い。
男女間の友情なんて無いって言う人も中には居るだろうけど、私とアーネストだけは例外だ。
「ふぅ、実際に体動かしたわけじゃねぇのに、ちょっと疲れたな。そうだ蓮華、世界樹の麓にある泉に泳ぎに行かねぇ?」
「疲れたのにか」
「疲れたからだよ! あっこの泉は別名回復の泉だぜ? 飲んでも良いし泳いでも良い優れものなんだぜ?」
そうなんだ、私は知らなかったんですけど。
「それ誰から聞いた?」
「お前の大精霊だけど?」
「たくさん居るんだけど?」
「ばっかお前、泉って言ったら決まってんじゃねぇか。ウンディーネだよ」
そりゃそうか。でもディーネか……。最初は淑女みたいな感じを受けてたんだけど、今や近所の気さくなお姉さんというか、平気で嘘というか冗談を言ってくるんだよね。
「ディーネの言葉は話半分で聞いた方が良いぞ?」
「おお、お前にしては辛辣な評価だな」
「そりゃお前に騙された事覚えてるからな」
「あれは悪かったって! 何度も謝ったじゃねぇか!」
「母さんまでグルになってまったく。この月光仮面め」
「ぐはっ! その名前は忘れてくれよ……!」
王覧試合での大将戦、仕組まれたその戦いは、私とアーネストで戦う事になった。
それの元凶がディーネだったからね。
「ま、言って遠くないし良いか。私はこのまま行くけど、アーネストはどうする?」
「え、お前服のまま入るのか?」
「私は足だけつけるよ。着替えるの面倒だし」
「えー、一緒に泳ごうぜ蓮華―」
「なんでそんなに元気なんだよ。着替えるの面倒だし良いよ」
「おっさんくせぇぞ蓮華」
「……」
「ゴフッ!?」
キジも鳴かずば撃たれまいに。
体をくの字に曲げたアーネストは、ヨロヨロと部屋を出る。
「と、とりあえず、アリスも誘ってくるわ。お前は待っててくれ」
「あいよー」
ここでアーネストを止めなかった事を、私はすぐに後悔した。
「えー! 蓮華さんも入ろうよー! 水着なんて中々着る機会ないんだからっ! ねっ! ねっ!?」
「ぐぅぅ……! アーネスト、はかったなぁっ!」
「へへ、お前は俺の言う事は聞かねぇけど、アリスの言う事は聞くからな!」
「ねー! 良いでしょ蓮華さんー!」
ダメだ、アリス姉さんの曇りない笑顔には勝てない。
「はい……」
「やたー!」
「へへ、流石アリス!」
「「いえー!」」
ハイタッチする二人をしり目に、私は水着を取りに部屋へと戻る。
リビングへ行くと、何故か当然のように母さんと兄さんが居た。
「ユーミルの泉に遊びに行くんだよねレンちゃん! 母さんも楽しんじゃうぞー♪」
「パラソルというのはこんな感じですかアーネスト?」
「そうそう! あんがと兄貴!」
「ねぇアーくん、この浮き輪穴が大きくないー?」
「ぶはっ! そりゃアリスが小さいんだよ!」
遠足かな?
アリス姉さんなんてすでにスクール水着に着替えている。
いやすっごい似合っててあれなんですけどね。
「お、来たか蓮華!」
「人数が倍に増えてるのは気のせいかアーネスト」
「いやだってよ、母さんと兄貴を止められるわけねぇじゃん?」
そりゃそうだ、私だって無理だ。
「遅いですよレン!」
「……なんでディーネまで居るのかな?」
「勿論私だけじゃなく、皆居ますよ?」
「……」
見れば、皆笑顔でこちらに手を振っている。
当初三人だけの予定が、母さんや兄さん、それに大精霊の皆も加わって凄い人数になってしまった。
「どうしてこうなった」
「気にすんなって! 行くぜ蓮華!」
アーネストとアリス姉さんに半ば引きずられながら、家を出る私だった。
次話は水着回……とも言えないような。
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