58話.プレゼント選び②
「よし、これで契約書の作成はおしまいね」
「は、はいっ!」
トントンと机に書類を叩き整頓させた後、ナチュリアちゃんに笑顔を向けるノルン。
「アンタ達も待たせてごめんなさいね」
「おーう、もうちょっと待ってくれ、今良い所なんだよ」
「おいアーネスト……」
まるで実家に居るかのように寛いでいるアーネスト。
ノルンはそれを見て怒るわけでもなく、仕方ないわねって表情である。
「その犯人は白いコートを着た男よ」
「おまっ! それは一番やっちゃダメな奴だぞ!?」
アーネストが読んでいた推理小説、当然ノルンは読み終えているわけで。
寝転がりながら読んでいたアーネストは、ガバッと起き上がってノルンに抗議する。
「冗談よ」
「それはそれで選択肢が減るから、言っちゃダメなやつだろぉ!?」
うん、気持ちは分かる。私はあまり推理小説とか読まないけどね。最近よく読むのは悪役令嬢の転生物だ。
ざまぁされるはずだった悪役令嬢が、ヒロインと仲良くなってハッピーエンドとか面白いよね。
ヒロインを蹴落とすのもあったけど、それはヒロインが性格歪んでたりでその関係性も面白い。
「ごめんごめん。その著者の本一通り貸してあげるから許して頂戴」
「マジで!? オッケー、許すぜ!」
軽い。あまりの軽さにノルンも苦笑している。すぐさま『アイテムポーチ』にぽいぽいと小説を入れているアーネストに私も苦笑する。
どうせ今回の件が終わったら今度こそ自宅待機しないとだし、時間は余るだろうからね。
あ、そう考えたら私もノルンから本を借りた方が良いかもしれない。
「ねぇノルン、私も借りて良い?」
「アンタも? 勿論構わないけど、珍しいわね?」
丁度良いので、私とアーネストがしばらくユグドラシル領から出ない旨をノルンに説明する事にした。
神妙な表情で話を聞いていたノルンは、私達に謝ってきた。
「ごめんなさい。そんな時に無理を言ったわね」
「おいおい、気にすんなよ。そもそも、それでも来たのは俺達自身の意思だぜ?」
「そうそう。まぁ見つかったら見つかったでその時って思ってるのもあるんだけど」
私達の言葉に少し落ち着いたのか、ノルンは溜息をつきながら「ありがとう」と言って微笑んだ。
「あのあの! わ、私なんかが話を聞いても良かったんでしょうか!?」
気付けば、ナチュリアちゃんが凄く挙動不審にガタガタと体を震わせていた。
「ああ、良いのよ。ナチュリアはもう家族は居ないって事だし、うちの専属職人で身内だからね。これからナチュリアには色々と働いてもらうつもりだから、そのつもりでね」
そう言って微笑むノルンに、ナチュリアちゃんは感激したのか目に涙を浮かべながら『宜しくお願いしますっ』と頭を下げた。
「そういや、ナチュリアが売り出してたアクセサリーの中から、プレゼント選ぶのか?」
アーネストが思案顔でそう言う。
ノルンは視線をアーネストからナチュリアちゃんに移した。
「最初はそのつもりだったけれどね。ナチュリア、貴女に最初の依頼を任せたいの」
「も、勿論ですっ! なんでも仰ってくださいっ!」
「そう、助かるわ。依頼内容は私の母へのプレゼントよ。何をあげるかは今から私達で考えるから待ってて頂戴」
「の、ノルン様のお母様って、ももももしかしてなくても……」
「ええ、現唯一魔王のリンスレットよ」
「り、りんすっ……きゅぅ」
ドタン、と可愛らしく目を回しながら後ろへ倒れるナチュリアちゃん。
咄嗟に風魔法でエアバックのように衝撃を吸収したから良かったけれど、危ないなもう。
「ありがと蓮華。ったく、この気弱な性格をちょっと矯正しないとダメね」
ナチュリアちゃんを抱きかかえて、ソファーへと向かうノルン。
その顔は何故か母のように見えた。
「ははっ! まぁ、魔界の住人にとっちゃ天上人なんだろ? 仕方ねぇさ。俺だって初めてリンスレットさんと会った時は緊張したしな」
「え? アンタが?」
「え? アーネストが?」
ノルンと一緒に驚くと、アーネストはポリポリと頭を書きながら横を向く。
「つーか、お前らとは流石に慣れたけど、女子全般と話すのも緊張すんだよ」
「「……」」
予想してなかった言葉にノルンも絶句している。
アーネストは常にと言っても良いほど、私と一緒に居る。
だからか、必然的に女の子と会話する機会が多い。(私の周り女の子が多いからね)
なので、ほとんどの人はアーネストが女性に苦手意識を持っているなんて思いもしていないだろう。
「嘘でしょアンタ……あれだけ色んな女の子と会話しておいて……」
「事務的な事ならまぁなんとかなんだよ。でもよ、会話が続かねぇっつか、女の子がどんな会話好きなのか分かんねぇんだよ」
ああ、うん。それは私も良く分かる。
私の場合は話題を他の子達が振ってくれるので、苦にならないのだけど。
「なら私達にするようにしたら良いじゃない」
「お前らはあれじゃん、特に会話しなくても嫌な空気にならねぇじゃん。思った事話すだけで良いし、気が楽なんだよ」
「……それを他の子に言うんじゃないわよ、分かったわね?」
「へ? お、おう」
一瞬顔を赤らめたノルンが、アーネストへ真剣な表情で諭す。
うん、そりゃお前達は特別なんだよって真顔で言われたら照れもするよ。
こいつはそういう所が天然なんだよね。
「さて、話を戻しましょうか。リンスレットへのプレゼントだけど……何が良いと思う?」
ノルンからの問いかけを真剣に考える。
あのリンスレットさんへの贈り物だ。
綺麗な銀髪に長身のスラッとした理想のスタイル。
警察官が着るような黒いスーツに、白いマントを羽織るリンスレットさんは、艦長とかそういうイメージが強い。
煌びやかな装飾品は身につけていないのに、その見た目だけでも威圧感がある。
どうせなら、その見た目にアクセントを加える物が良いかな?
でも、身につける物だといざ戦いがあった場合、壊れるかもしれないし……。
いや、その戦いの時に加護があるものが良いかな?
「あー……そうだな。やっぱ普段身につけられる物が良いんじゃね? ブレスレッドとか、腕輪とかさ」
そんな事を考えていたら、アーネストが私の考えていた事と似た提案をした。
私もすかさず同意する。
「うん、私も同じ事考えてた。リンスレットさんを狙うような馬鹿がまだいないとも限らないし、その装飾品に私達で加護をつけるのも良いんじゃないかな」
「成程……それは良いわね!」
先程まで思案顔だったノルンが、明るい表情に変わる。
「なら、身につける物として……サイズの変わる指輪とかどう? 指輪なら肌身離さず持ち歩きやすいだろうし」
おお、指輪ときましたか。それ家族からじゃなければ特別な意味が込められちゃいますけど。
同じ事を思ったであろうアーネストが、からかうつもりなのが分かる笑顔へと変わる。
あ、あいつ絶対余計な事を言うな。
「おいノルン、俺達の元居た世界ではさ、指輪って言うのはけふっ!?」
「まぁこいつの言う事は放っておいて良いから。指輪の宝石を次は考えよっかノルン」
「え、ええ、そうね?」
鳩尾にエルボーを受けて体をくの字に曲げているアーネストをチラチラと気遣いながら見ているノルン。
本当に気にしなくて良いんだけどね。これくらいじゃアーネストはくたばらないから。
「お、お前はもう少し手加減を覚えた方が良いと思うぞ、いやマジで……俺の障壁を突き破るとかおかしいだろ……」
うん、ちょっと力をいれすぎたかもしれないけど。
それから三人で宝石をどれにするか選び、ナチュリアちゃんが目覚めてから装飾を皆で考え、後の作成をナチュリアちゃんに任せる事にして、今日は帰る事になった。
一週間後の今日に、もう一度集まって皆でプレゼントするサプライズ企画を立てた。
その日はリンスレットさんとアスモにタカヒロさん、ゼロやソロモンも城に居るらしい。
皆と久しぶりに会うのを楽しみに思いながら、家に帰るのだった。
その後。
「お帰りアーちゃん、レンちゃん」
「「たっだいまー!」」
母さんに笑顔でただいまを言ってから、気付く。
「おいアーネスト、フィフスのお土産ノルンに上げちゃったよ!?」
「おまっ! あれ母さんに渡すやつだったのかよ!?」
「?」
小声でアーネストと話しながら、にこやかにこちらを見ている母さんに、凄い罪悪感にかられたのはまた別のお話。
いつもありがとうございます。