52話.フィフス魔道騎士団・研究部門
扉をくぐって中に入ると、端正に整えられた部屋に、テーブルを挟んで受付嬢が居た。
この受付嬢のお姉さんも端整な顔立ちをしていた。前の世界でも受付って会社の顔って呼ばれるくらいだし、やっぱり顔で選んでたりするんだろうか。
冒険者ギルドの受付嬢も綺麗な人多いんだよね。まぁ男性の受付と女性の受付なら、女性の方に行きたがるだろうし。
そんな事を考えながら、受付を中央として左右に分かれた通路の右側へ案内される。
左側は騎士部門らしい。今回用があるのは研究部門なので、右側という事だね。
歩く事少し、部屋の全貌が見渡せる入り口に近づいていくと、大声が聞こえてきた。
「こらそこっ!その術式をそんな所に埋め込むな!おいお前!爆発させる気か!?そこの構文を変えたら意味が反対になるだろっ!だぁぁっ!二重構造の術式を単構造の術式に無理やり入れるな阿呆!」
「「「「はいっ!ラハナちゃん!」」」
「俺はこう見えてお前らより年上だと言ったろうがぁっ!」
「「「「はいっ!ラハナちゃん様!」」」」
「なんでも様をつけりゃいいモンじゃねぇって教えてやるぞゴルァ!」
「「「「ありがとうございますっ!」」」」
「今礼言った奴ぁどいつだぁっ!」
……うん、何をやってるんだろうかラハーナちゃんは。
隣でアーネストが腹を抱えて笑っている。
「あっ!蓮華!アーネスト!」
こちらに気付いたラハーナちゃんが、こちらへと駆け寄ってくる。
「お前ら!俺は一旦離れるけど、手を止めんじゃねぇぞ!知識に終わりなんてねぇんだ!間違えても良い、覚える事をやめるな!」
「「「「はいっ!ラハナちゃん!」」」」
唖然として見ていると、ラハーナちゃんが飛びついてきたので受け止める。
「蓮華!」
「ラハーナちゃん。少し離れてただけだけど、一体何がどうなったらこんな事になるの?」
「そんなの俺が聞きてぇよ……」
諦めた顔になったラハーナちゃん。そこへ苦笑しながらシンジさんが近づいてきた。
「蓮華様、アーネスト様、ようこそいらっしゃいました。ネメシスも連絡ありがとう」
「いや。それよりも、これは一体どういう事なんだ?」
ネメシスさんも現状を疑問に思ったようで、シンジさんに詰め寄る。
「あはは。僕もこうなるとは思っていなかったんだけどね……ラハーナ殿は天才だよ。それはもう間違いない。彼女を逃すのは国の大きな損失になると今では思ってる。例えどんな条件でも、彼女を引き留める為なら飲むつもりだよ」
そう言いながら、私達と別れた後の事を語ってくれた。
なんでも、最初は幼いラハーナちゃんの事は一目見た後、興味なさげに自分達の研究に戻ったそうだ。
シンジさんはいつもの事とラハーナちゃんに言い、それぞれの研究を見させる事にしたらしい。
……それが、効果絶大だった。
一人一人の研究している課題を、ラハーナちゃんの鋭い指摘ですぐに解決させていったそうな。
五年、下手すれば十年はかかるような課題を、わずか数秒で解決していくラハーナちゃん。心酔するのに時間は掛からなかったそうで。
で、今に至るそうだ。
「ラハーナちゃんからしたら、いつも通りの事を指摘しただけだったんだろうね」
「そうだぞ。ただ、こいつら知識がないわけじゃない。間違った覚え方してるだけだから、直せば良い線行くと思うぞ」
そう言うラハーナちゃんに、シンジさんは真剣な表情を向ける。
「どうだろうラハーナ殿。この魔道騎士団研究本部に所属してくれないだろうか。ラハーナ殿なら、すぐにでも副団長に推薦して良いと思っている」
「うーん……」
シンジさんの言葉に、悩む姿を見せるラハーナちゃん。
すると、先程まで自分達の研究に取り掛かっていた人達が、全員こちらへと集まってきた。
「ラハナちゃん!ううん、ラナちゃん!私達と一緒にお仕事しましょ!?」
「そうだよラナちゃん!こんなにちっちゃくて可愛いのに知識は私達研究員以上だなんて、凄すぎだよ!いっぱい教えて欲しい!」
「誰がラナちゃんだ!こう見えて俺はお前達より年上だって言ってるだろ!」
なんというか、研究員の女性達の勢いが凄い。
他の男性研究員達が押され気味だ。
「美少女研究主任とか最高じゃね?」
「俺ここで仕事してて良かった……」
「趣味の研究してたら金もらえて、その上美少女に怒鳴られながらも勉強できるとか最高だよな」
そんな事は無かった。男性職員達も好意的にラハーナちゃんを受け入れている。
……好意的、で良いんだよね?
「はぁ、お前らが間違った知識をそのまま国の為に使ってるのを見るのは忍びねぇしな。仕方ねぇ……シンジ、契約してやる。内容詰めたいし、別室に案内してくれ」
「!!勿論!ありがとうラハーナ殿!」
成り行きを見守っていたら、なんかそういう事になったようだ。
就職おめでとうラハーナちゃん。
「ぶはっ……ぶははっ……腹が痛てぇ……」
横で未だに笑っているアーネストへ、ラハーナちゃんがぷくーっと顔を膨らませる。
「お前は笑いすぎだぞアーネスト!」
「はははっ……す、すまねぇなラナちゃん……!ぶはっ……」
「も、もう許さんからな!そこになおれアーネスト!」
この二人は気が合うのか合わないのか。
とりあえず二人を宥めて、場所を移動する。
ラハーナちゃんの契約の話もそうだけど、ネメシスさんからの頼みもあるからね。
シンジさんの執務室へと案内され、椅子に腰かける。
テーブルの上に魔法陣が組まれていて、そこにほんの少し魔力を込めると飲み物が出てきた。
「便利だね。私もこれ採用しようかな」
「えー、蓮華の紅茶は手間が掛かってるから良いんじゃん」
「お前、自分で入れた事ないからそう言えるんだ。飲み物だって美味しく入れるのはコツがいるし難しいんだぞ」
お茶だって適温があるし、コップを事前に温めておいたりと手間が必要になるのだ、美味しくするには。
その点、この術式なら味は一定だろうし。まぁそれ以上の味を追求するなら自分で入れるしかないわけだけど。
それからネメシスさんから話を通してもらうと、どうやら団長から権限を与えられており、城内に組み込まれている術式についても管理を任されているという。
ここの団長、シンジさんに任せすぎじゃないのかな?
「それで、この城に組み込んである術式ですが……軽く百種類は超えます」
「「百!?」」
私とアーネストは思わずオウム返ししてしまう。
百って、同じ効果を除いてそんな種類の術式を組み込んでるなんて正気の沙汰じゃない。
例えば、攻撃力アップの術式で一つ、防御力アップの術式で二つ、と考えていくと、百がどれだけ多いか分かると思う。
多分ありとあらゆる効果を組み込んでいるんじゃないだろうか。
「それに、一気に解除すると……術式を再度埋め込むまでの間、城は無防備になってしまいます」
シンジさんはそう言うが、その点は大丈夫なんだよね。
「それなら、私が結界を上から張るよ。この城の更に上、城内に効果を及ぼす術式の範囲外からね。私の結界は、並大抵の事じゃ破られないと思うよ?」
「蓮華様……宜しいのですか?僕達としては、とても助かるのですが……」
申し訳なさそうに言うシンジさんに、私は笑顔で返す。
「うん。その代わり、ラハーナちゃんに城内の術式は更新してもらうから」
「うぇ!?」
ラハーナちゃんが飲んでいた紅茶をぶふっと吹き出し、こちらを見た。
「ラハーナちゃんだけじゃなく、ここの研究員達も協力すべきだね。私に頼り続けるよりも、自分達の力で守れるようになった方が、やりがいも感じるんじゃないかな」
「成程……確かにそうですね。では、お手数をお掛けしますが……解除と結界の方は、お任せしても構いませんか?」
「任せて」
それからラハーナちゃんの就職が決まった事を研究員の皆が知って、諸手を上げて喜んでいたのが印象的だった。
ラハーナちゃんも悪く思っているわけではないようで、少し照れているようだ。
「それじゃ私は結界を張るけど……この城の中心地ってどこかな?そこを支点に覆うように結界を張ろうと思うんだけど」
「では城の見取り図をお持ちします。少々お待ちを」
ネメシスさんが忍びのように姿を消した。
かなりの速度だね。
「俺はなんもやる事ねぇから暇だな」
「暇ならラハーナちゃん達の構文の洗い出しでも手伝ってきたらどうだ?百種類越えとか今日明日で終わるものじゃないだろうし」
「えー、俺書類仕事苦手なんだよ」
「お前……ヴィクトリアス学園の元生徒会長だろ……」
「アリシアが優秀だったからな、俺はほぼ確認が主だったんだよ」
アリシアさん事、アスモが万能秘書すぎて全部終わらせている姿が頭に浮かんで、成程と理解したのだった。
いつも読んでくれてありがとうございます。