41話.ユグドラシル領内の探索
「タマモーご飯だよー」
「キュー♪」
トテトテトテという足音と共に、返事をしながらタマモが走ってくる。
タマモ専用のエサ入れには、ドッグフードやキャットフードといった基本的なペット用の餌ではなく、私達も食べる食事を盛り付けている。
人によっては見たら贅沢な、と言われるかもしれないけれど……人型に成る事もあるし、その時にペット用の餌を食べられても困るからね。
「お前、いっつもタマモに飯食わす時微妙な表情してっけど、どうせどうでも良い言い訳考えてんだろ」
「……」
何故分かる。
「にしても、可愛いよなタマモ。毛並みも柔らかいし、なんつーんだっけか、こういうの」
「もふもふかな?」
「そうそう、それそれ。もふもふで撫でてると気持ちいいよな」
そう言いながら、モグモグとご飯を頬張っているタマモの背中を撫でている。
タマモは気にせずに食事に夢中だ。ペットによっては嫌がると聞いたけれど、タマモは大丈夫なようだ。
というよりも、撫でられるのが好きなようで、ご飯もそこそこにアーネストの方へとお腹を晒して寝転がり、構ってーのポーズをした。
「お?このやろ、可愛いポーズしやがって。うりうり」
「キュ♪キュー♪」
アーネストがお腹をさすると、タマモは嬉しそうに鳴く。
「こらタマモ、ご飯まだ食べてる途中でしょ。アーネストも邪魔するんじゃないよ」
「キュ♪ハグハグ……」
「へいへい。おかんかお前は……いでぇっ!?」
素直に言う事を聞いてご飯を食べるのを再開するタマモを見てから、アーネストの頭をはたく。
そんな私達を見て、母さんはクスクスと笑っていた。
「そんで蓮華、今日はどうする?」
そうしてタマモが食べ終わるのを見届けてから、安座してタマモを乗せながらアーネストが聞いてくる。
最近タマモはアーネストの足の上がお気に入りだ。う、羨ましくなんてないんだからね。
「そうだなぁ……以前言ってた、ユグドラシル領内の探索でもするか?」
「お、良いじゃん!そうすっか!」
善は急げという事で、私とアーネストは準備もほどほどに外へと向かう。
すると、珍しく母さんから注意された。
「アーちゃん、レンちゃん。ユグドラシル領はとても広いから、実は私やロキでも把握できてない場所もあるの」
「「!!」」
「中にはダンジョンの入口も多数あるの。そしてそのダンジョンは、神代のものも存在するの。これは魔界にある魔物としてのダンジョンではなく、本当の意味でのダンジョン。もしそこに入るなら、気を付けてね。二人なら余程の事がない限り大丈夫だとは思うけれど……念の為これを持って行って」
そう言われて受け取ったのは、丸い宝珠。
「これは?」
「私がすぐに二人の元へ『ワープ』する事が可能になる魔道具だね。もしもの時は躊躇わず使う事、良いね?」
「了解だぜ」
「うん、分かったよ母さん。でも、私と母さんは魔道通話で連絡が取れるよね?」
母さんなら、連絡が取れたらすぐに私の場所へと瞬間移動してこれそうだけど。
「そうだね。でも、あくまで魔道通話は世界にあるマナを消費する魔術なの。もしその場所に妨害効果があれば、私に連絡が届かないだろうし。レンちゃんは自身のマナを使用してるけど、世界に干渉出来ないと私に届けられないんだよね」
成程……私は本来の意味での魔術が使えない。けど、魔術は自身の魔力を使わずに世界のマナを使用する事で使えるという性質上、私の体内には世界に溢れているマナと同じマナがあるので、魔法として魔術を扱う事が可能だ。
言ってしまえば、魔法も魔術も同じものなのだ。
ただ、どこから燃料を使うかの違いだけ。
ただし、魔法には上に精霊魔法が存在する。これは変換率の問題だけどね。
通常、魔法と魔術を扱うには、精霊の力が必要になる。
だから仮に世界に精霊が存在しなければ、属性魔法を扱う事は出来ない。
自身を強化するような魔法や魔術は扱えるけどね。
話が逸れてしまった。
私は私自身の魔力を扱う事で魔法も魔術も自身のマナを変換して扱う事が出来るけれど、あくまでそれは自身の中のマナと魔力消費をしているので、世界を通さない為会話の通路が開いていないという事なんだろう。
「成程。まぁそんな危ない場所に行くかどうか分からないけど、もしもに備えられるのは安心だね。ありがたく受け取っておくね母さん」
「うん。遠慮しないで使うんだよ?二人に何かある方が私は嫌だからね?」
そう言って苦笑する母さんへ、私とアーネストは顔を見合わせて頷く。
「ま、俺達も大分強くなってんだから安心してくれよ母さん」
「そうそう。敵に母さんや兄さんクラスでも出てこない限り、負けないよ」
「ふふ、そうだね。二人が大分強くなってるのは私も認めてるよ。でもね、母親って言うのは、それでも心配なんだよ」
そう言って私達を抱きしめる母さん。私とアーネストは抵抗せずになすがまま受け入れていた。
「それじゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい。もし帰らないなら、魔道通話で連絡してくれると嬉しいな」
「うん、分かった。多分晩御飯までには帰ると思うけど……予定は未定だからね」
「はは、だな」
アーネストと二人笑いあうと、母さんも苦笑して頷いてくれた。
アリス姉さんは今日、アテナと一緒にユグオンで新ダンジョンに挑むと聞いているので、誘っていない。
誘うとこちらに来そうなので。後でアテナに恨まれるのは避けたいからね。
特に目的があるわけじゃないし。
それから、方面は王国フォースに向けて歩みを進める。
歩みと言っても、普通の人が全力で走ってる以上のスピードを出してるけども。
「時速にして60Kmくらいか?『ワープ』とか『ポータル』使わなかったら何日かかんだろうな」
アーネストの言葉に頷く。私達にはアイテムポーチの中に色々と生活用品が、そもそもポケットハウスがあるので野宿も無問題だけどね。
仮に何も持ってなかったとしても、魔法で大抵の事は出来る。
元居た世界だと死に繋がるような状況になっても、この世界ならなんとかなるのが不思議に思えた。
「もうちょっと速度上げるか?」
「お、良いぜ。俺についてこれるか蓮華?」
「言ったな?それじゃ、よーいドンッ!」
「おま!」
先制を私が取ったけれど、流石にアーネストは速い。
持久力の問題も数時間走る程度だと疲れないようで、速度が落ちない。
最終的に追い抜かれてしまった。
丁度滝のある場所に着いたので、そこで足を止めて休憩する事にした。
「ゴクッゴクッ……ぷはぁっ!汗かいた後の水はうめぇなっ!」
ちなみに、滝の水を飲んでるわけじゃなくて、アイテムポーチに入ってる清涼飲料水である。
私達はこれでも元は都会っ子なので、自然溢れる水を飲もうとは思わない。
いや魔法水は飲めるんだけど、川の水は一見綺麗に見えても微生物とかがたくさん居て、お腹を壊すとか書物で読んだ事があってね。
この体は多分そんな事じゃ体を壊さないし、そもそも魔法のクリーン(浄化)を使えば問題ないんだけども。
「滝の傍だからか、気温が少し低いのかな。涼しい」
「だなー。そういや、走ってる途中で動物は色々見かけたけど、魔物が全然居ねぇよな」
「母さんから聞いてるだろ。このユグドラシル領内には魔物は居ないって」
「おっと、そうだっけか」
ユグドラシル領は母さんと兄さんの結界で覆われている。
そしてその中に外からは何者であろうと基本的に入る事は出来ないのだ。
ユグドラシル領内に居た魔物は、大昔に母さんと兄さんが絶滅させているらしく、結界により新たに入ってくる事が出来ない為、魔物は居ないらしい。
ダンジョンの中には結界の効果が及んでいないらしく、魔物は居るらしいけど、同じく結界によりダンジョンから出る事も出来ない為、問題はないとの事で。
「ってあれ……?アーネスト、あの滝見て」
「滝を?……あの滝が何かあんのか?」
「なんか、後ろに洞窟みたいな黒い影が見えない?」
「マジで?俺には分かんねぇけど……ちょっと行ってみっか」
「そうするか」
そうして二人、滝へと近づいていく。
音が激しくなり、声を出してもかき消えてしまいそうだ。
そうしてすぐ傍に着いたら、やはりあった。
「マジであるのかよ。どうする?って聞くまでもねぇよな」
「もちのロン。行くぞアーネスト」
「へいへい。ま、俺も楽しみだしな」
滝の後ろの空洞。階段があるとかではなく、そのまま真っすぐ道が続いているようだ。
山の中に入って行ってるのだろう。
光が段々と届かなくなってきたので、魔法で辺りを照らす。
「便利だよなぁ魔法って」
「お前も使えるじゃないか」
「そうなんだけどよ。なんつーか、俺は魔法とか魔術って苦手なんだよな。俺はやっぱ、剣が良い」
そう言ってネセルを撫でるアーネスト。私はむしろ魔法が好きだけど、やっぱり元は同じでも変わるんだなって実感した。
少し奥へと歩いていくと、そこで更に下へと続く階段が見つかる。
「いよいよなんか怪しくなってきたな。秘宝とかあったりすんのかな?」
「どうだろうな。人の手が入っていない場所なはずだし、そんな場所で階段があるっておかしくないか?」
「確かに……ユグドラシル領内に入れる存在って、極一部なはずだもんな」
頷き合い、私達は警戒しながら階段を降りた。