39話.ユグオンによる問題
「魔物に挑んで大怪我や最悪死亡する件数が増えてきてる?」
「はい……」
魔物達が都市に自分達から攻め入ってくる事は普段は無い。
それこそ、魔物の卵を奪われ、それを取り返しに盗った者を追いかけた場合とか、月の歴は魔物が狂暴化する傾向があり、暴れだした魔物達が攻めてくるって場合くらいだ。
小さな村だとその限りではないらしいけど、基本的に人が多く集まっている都市などに、魔物達は近寄らない。
であれば、自分達から魔物に近寄ったとしか考えられない。
「最近魔物の強さがまた上がってるって報告は聞いたけど、その線?」
「いえ……それでしたら、冒険者達で対処せねばならない問題ですので……」
ギルドマスターの歯切れが悪い。
今、私は王都エイランドのギルドに来ている。
バニラおばあちゃんから『エイランド社の社長にお話があるので、都合の良い時で構わないので、お越し頂きたいのです』とメッセージが届いていると連絡があったからだ。
バニラおばあちゃんは社長じゃないからね。
昨日の夜にアーネストとジャンケンをして負けたので私が来た。
アーネストは母さん達に私と一緒に居るとアリバイを作ってくれている。
「えーと?」
私が察せずにいるのを見かねたのか、ギルドマスターのグルガさんが答えてくれた。
「その……怪我が増えているのは、ギルドに所属していない、いわゆる民間人なのです。戦う力を基本的に持っていない者達が……何を思ったか魔物達の居る場所まで足を運び、倒そうとして反対にやられて帰ってきていまして……その魔物は危険だから討伐してくれという依頼をしてきた事で、理由を聞き判明しました……」
「なにそれ」
呆れてものが言えない。魔物達が急に襲ってきたのなら分かる。だけど、自分達から仕掛けておいて、負けたからあの魔物は危険だから討伐しろって言ってるのか。
そんなもの、魔物に限らずに攻めた奴が悪いに決まってる。
魔物だって温厚な魔物も居て、共存できる魔物だっているんだ。
それを自分達から仕掛けておいて……と手に力が入ってしまっていたのか、ギルドマスターが震えていたので抑える。
「わ、私共と致しましても、依頼は依頼ですので基本的には受けます。ですが、根本的な事を解決しなければ、現状を変える事は難しいとギルドマスター連合で話し合い、今回エイランド社の社長でもあらせられる蓮華様かアーネスト様に、お伝えできればと思い……こちらから伺うのが筋ではあるのですが、何分お二方はお忙しくていらっしゃるので、お会いできない確率が高いと思い……こうして手紙にて連絡差し上げました。誠に申し訳ありません」
そう言って深く頭を下げるギルドマスター。元からその事で腹を立てて力を込めちゃったわけじゃないんだけど、勘違いさせちゃったかな。
こちらの事を考えてくれている事は分かっているので、そこは誤解を解いておこう。
「大丈夫、呼ばれた事に怒ってるわけじゃないよ。話を戻すけれど……根本的な事、つまりは魔物達を何故急に倒そうとしたのか、だよね?」
「……はい。理由はユグドラシルオンラインで強い魔物を倒せるようになったから、倒せるんじゃないかと思ったそうで……」
「は?」
「こちらもどういう考えで急に魔物を倒そうとしたのか理由を職員が尋ねたら、全員が全員そう答えたそうで……」
「……」
現実とゲームの区別がつかなくなっちゃってるのか。
ゲームで強くなったから、現実も強くなったと思っちゃったのか。
転生者であれば、ゲームと現実の違いはよく分かってるだろう。
でもこの世界で生きてる人達はゲームを知ったのも最近で、ゲームで出来る事は現実でも出来てしまう事が多く(魔法が使えるとかね)リアルとゲームの境界があやふやになってしまっているのかもしれない。
そこに考えが至らなかったのは、バニラおばあちゃんも含めて、転生者の視点だったからかもしれない。
「成程……つまり、ユグドラシル社が全国に向けて、報道する必要があるって事だね」
「お手数をお掛けして本当に申し訳ないのですが、ご助力頂ければと思いまして……」
そう言って、ギルドマスターが悪いわけでもないのに、頭を下げる。
工場でもそうだった。九割の人がルールを守って作業をしているのに、残り一割の人が守らずに事故にあって怪我をしたり、最悪死んだりするケースがあるせいで、安全の為の作業ルールが厳しくなっていく。
最初は良かった事が、段々と駄目になっていって、作業者の手間が増えて時間が掛かるようになって効率が落ちて……と悪循環になっていく。
あれこそ自分の首を自分で絞めているっていう典型だと思ったものだ。
まぁ、事故を減らす為、安全の為と言われれば従わざるをえないのは分かる為誰も何も言えないけれど、本当に大抵の人はしっかりルールを守っているのだ。
ごく一部の人が、何かを起こして守っていた人達が割を食うのは、本当にどうにかならないものか。
今回の件も似たようなものだろう。
大抵の人は、仮に強くなったと思っても魔物を倒しに行こうなんて考えないだろうからね。
「頭を上げてください。ギルドマスターは何も悪くないじゃないですか。むしろ、早めに教えてくれてありがとうございます。他のギルドマスターの方々にもお礼を言っていたと伝えてください」
「蓮華様……」
「早速ユグドラシル社に戻って、この件を共有し、全国放送で注意を促します。今回ユグドラシル社の製品がご迷惑をお掛けする形となってしまい、申し訳ありません」
「なっ!?蓮華様!頭をお上げくださいっ!蓮華様に謝って頂く事など、何も……!」
名ばかりとはいえ、私も会社の社長だからね。謝る所ではきちんと頭を下げるべきだと思う。
それが責任者ってものだろう。
「……分かりました、謝罪をお受けします。ですから蓮華様、どうか頭をお上げください。これでは、私は土下座をするしかなくなってしまいます」
そう言われたので、頭を上げてから苦笑したら、ギルドマスターも笑ってくれた。
それから、ギルドを出てすぐにスマホでバニラおばあちゃんに連絡をして、社内に共有。
その後報道の準備をして、緊急連絡としてユグドラシル社から私とアーネスト、バニラおばあちゃんの三名でテレビに出る事になった。
流石に全国放送という事で母さんと兄さんに隠して行う事は不可能なので、事情を説明した。
出来る限りの事はしておくと、しょうがないなぁって顔で言われたけれど、いつも駄目だとは言わない二人には頭が上がらない。
テレビ局なんて生まれて初めて入ったけれど、皆忙しそうに走り回っていて、元の世界でもこんなだったのかななんて考えていた。
今回は生放送で、それも全番組に対して緊急に入れるという無茶をした。こんな事ができるのは、ユグドラシル社が大きいからというよりも、私とアーネストが母さんの子だからだろうね。
というわけで、私達はユグドラシルオンラインの事と、ゲームと現実の違いを話す事になった。
元居た世界なら、子供でも知っている事だ。
『ゲームと現実を一緒にするな』
ただこの一言を、噛み砕いて説明する事になった。
当たり前の事すぎるので割愛するけど、衝撃を受けた人達も一定数居る事が後で分かった。
当然この全国生放送は動画として公式ホームページにも載せ、私とアーネストの動画チャンネルにも載せている。
以後、ゲームの強さを自分の強さと勘違いして魔物に挑む人は居なくなったと聞いてホッとしている。
元の世界の知識をこの世界に持ち込むのも、やりすぎないようにしないといけないなと思ったよ。
いつもありがとうございます。