38話.魔法って本来そういうものだよね
「「ぜぇ……はぁ……」」
私とアーネストは今、地面に大の字で寝転がりながら息を整えている。
「まさか、こいつらがドッペルゲンガーじゃなくて、少し前の俺達自身とか想像できるかよ……」
「ホントそれな……」
そう、私達は私達の姿をした相手が、母さんと兄さんの魔法によって創られたドッペルゲンガーだと思っていた。
その考えが、戦いの中で違和感を感じさせた。
いくら母さんと兄さんに創られた存在だからといって、ここまで私達と同じ力を扱えるのか……と。
そしてその違和感を感じたまま何度も戦ううちに、私達は気付いた。
あれ?こいつら成長してないか?と。
私達がこの戦いで経験した戦い方を、相手もしてくるのだ。
成長しているのは私達だけじゃないっていうのを目の当たりにした。
そこで一旦距離を取り、結界の外へと出た。
相手の二人はこの結界内から出られないようで、追ってはこなかった。
そもそも、こちらが戦おうとしなければ、戦う姿勢を取らないのだけど。
「ああ、気付いちゃった?ドッペルゲンガーじゃないよー。そもそも、二人の力を内包した存在を創るなんて無理無理」
「そもそも蓮華は私達以上の魔力量なのですよ。そしてアーネストにはマーガリンの原初回廊が埋め込まれています。その時点で、同じ存在を創るなど神でも不可能なのですよ」
母さんと兄さんの言葉に唖然とする。
なら、あの二人はなんなのか。
「アテナの創った世界、『ミラージュワールド』に仕掛けがあってね。あの世界は鏡に覆われてるの。で、その鏡に映った存在を、その世界に生きている存在として成立させる結界なのね。しかも、それは自動更新されるから、二人が成長すれば相手も成長するし、レンちゃんの望んでる通りでしょ?」
なんてにこやかに説明されて、ぐうの音も出ないとはこの事で。
成程、魔法って本来こういう事に対して言うものだよね。
火とか雷とか、魔法で使えるけれど、それは科学でも代用できる。
むしろ元の世界の化学を知っている者としては、魔法と科学の違いが曖昧だ。
科学で出来る事が魔法ではより簡単にできる、そんなイメージだったかもしれない。
だけど、この魔法は違う。
科学では決して辿り着けない境地、本当の魔法なんだと感じた。
「ちなみに、敵意を向けないとこちらを認識しないし、相手が居なくなれば消えちゃうから、本来防衛用の魔法結界だね。アテナに教えたのユグドラシルだから、レンちゃんも使えるよ?」
「うぇ!?」
あまりに驚いたので変な声出ちゃったよ。
母さんと兄さんが笑ってるので恥ずかしい。
「フ……対策を知られていると何の意味もないから、お遊びみたいな魔法ですよって言われたがな。本当にユグドラシルは規格外な奴だ」
そう言うアテナは、どこか懐かしそうな、それでいて寂しそうな表情をしていた。
「ま、仕様は分かったし……戻るか蓮華?」
「……そうだな。皆、もう少し良い?」
皆の顔を見渡すと、笑顔で頷いてくれる。
本当に私達は助けられていると思う。
「それじゃ行くかアーネスト」
「おう。こっちが強くなれば相手も強くなるとか、やりがいがありすぎて笑えてくるぜ」
「あはは。自分と戦う経験なんて本来出来ないしな。母さん達の手を何回も借りるわけにもいかないし、今の時間を大切にしないとな」
「母さんや兄貴は気にしないだろうけどなー。まぁ、アテナも居るからな……今やれるだけやるとすっか!」
「ああ!」
アーネストと二人、頷いてから結界の中へと入る。
そして夜になるまで全力で自分と戦い続け、気が付けばベッドの上だった。
「また気を失ってたのか……ふぅ、こんなに全力で戦うのは久しぶりだったなぁ。あ、魔力がまた上がってる気がする……」
ユグドラシルの魔力を解放して全力を出した後、魔力の質が上がっていると分かる事がある。
ただでさえ凄まじい魔力量を誇るユグドラシルの体。神は成長しない、という原則がある中で……ユグドラシルは成長する神だったんだろうか。
半人半神という存在は、最初は力をあまり持たないけれど、戦いによって成長する事が可能で、神をも上回る力を得る事が可能だと聞いた。
一番有名な神様だと、オーディンだろうか。
そしてこの世界では、おそらくオーディンとはアリス姉さんの事。
初音との会話の中で、聞いた名前。
いつか、その頃の事も話してくれるだろうか。気にはなるけど、こちらから聞くような事はしない。
アリス姉さんが話そうと思ってくれる時が来るまで、待つつもりだ。
「まだ暗いし、夜かな……アーネストは起きたかな……?」
そう思ってスマホを起動する。
メッセージが沢山届いていたので、それを確認していく。
その中で、バニラおばあちゃんから届いたメッセージの内容が気になった。
これはアーネストと相談だな。
私はペンギンのスリッパを履いて、ぷぎゅ、ぷぎゅと音を立てながらアーネストの部屋へと歩く。
いやこれね、アリス姉さん作でね。履かないで居ると泣きそうな顔するので、履くしかないんだよ。
そうしてアーネストの部屋の前でノックをする。
返事が無いので、引き返す……なんて事はしない。
勝手知ったるなんとやらで、鍵も掛けていないのでガチャっと音を立てて部屋の中へと入る。
「Zzz……」
予想通りまだ寝ていた。
気持ちよさそうに寝ているので、いたずら心がムクムクと顔を出してくる。
私にこの衝動を抑える事などできようか、いやできない。
「そい」
人差し指でほっぺをつつく。
「んん……?Zzz……」
身じろぎするものの、起きる様子はない。
よろしい、ならばエルボーだ。
立ち上がった私は、肘を突き立て鳩尾をロックオン。
いざっ!
「っ!殺気!?……なんだ蓮華か、脅かす……」
車は急には止まれないのと同じで、寝転んでいるアーネストへと倒れ始めていた私は、運動の法則の通りに肘を立てたままアーネストへと倒れる。
「~~~~っ!?」
アーネストは声にならない声を上げて、ベッドを転がりまわった。
み、鳩尾を狙っていたんですけどね?その、アーネストが起きた事で位置がずれてですね、一番痛い下半身のあそこにその、当たってしまいましてね?
「れん、げぇっ!お、おま、お前は俺を、殺す気か……!?」
アーネスト程の強者でも、やっぱりあそこは痛いのかと……今は無きものを想像して思った。
そして少し時間が経って、アーネストにこれでもかと小言を言われた後。
「バニラおばあちゃんの用件か。俺にも届いてるか?」
「宛先は私とアーネストになってたから、多分」
アーネストはスマホを起動し、確認している。
私はそれを見ながら、待っていると……
「エイランドのギルドに来てほしいねぇ。時期が悪いっつぅか……」
「母さんと兄さんにお願いされたばかりだしなぁ。でも、ユグドラシル社関係みたいだし、行かないわけにもね」
「なら、どっちかが家に残って一緒に居るとアリバイ作り役をするしかねぇな」
「そうするしかないか……」
そうして、アーネストと二人で深夜まで話し込むのだった。
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