37話.まだラースに居なかった頃の
ああ、これは夢だ。
漠然とだが、夢を夢と自覚できる時がある。
今が正にそんな時だ。
これは中学生だった時だろうか。
やけに体が重くて、ふらふらとした足取りで階段を降り、父さんと母さんに心配させたんだった。
熱を測ると38度5分、風邪だろうと判断し、その日は学校を休んだ。
この頃の私は……俺は、一度も体調不良なんてなった事が無くて。
ああ、俺死ぬんだ……なんて考えて、どうせ死ぬなら異世界から女の子を召喚してから死んでやるっ!とか馬鹿やって、更に熱を悪化させた。
今思えばその発想も馬鹿だし、もし仮に召喚成功したらどうするんだと言いたい。
その子にだって友達や家族が居たはずで、それを強制的に自分の都合で呼んで(確か、この頃の呼びたい理由なんて、他の奴らに可愛い子を自慢したいとか、そんな程度の考えしかなかった)その子の事を考えてもいない。
我ながら馬鹿だったと思う。まぁ召喚に成功してなかったので許して欲しい。成功するわけないんだけども。
ただ、それを思えば……母さんや兄さんがそこに考えが及ばないわけがないわけで、断腸の思いだったんだと今なら分かる。
ずっと、私とアーネストの事を見守ってくれた。それは今も継続している。
まだ夢から覚めない。こんなに長い夢を見るのは久しぶりだ。
この世の終わりのような気分を味わっていたあの頃、父さんが会社を早退してきた事に驚いたんだった。
「蓮二!大丈夫か!?父さんが帰ってきたから安心しろ!今おかゆを作ってやるからな!」
なんて下で大声で言う父さんの声に安心したのを今でも覚えている。
「アナタ!どうして帰ってきたの!?仕事は!?」
「お前こそ今日はパートで朝は居ないと言ってたじゃないか!」
「それは……!あの子が体調をくずすなんて初めてだし、心配になって……!」
「俺もだ!なーに、家でも仕事が出来るようにリモートワークで良いと部下が言ってくれてな!」
「もぅ……!というか、アナタはおかゆも作り方知らないでしょ!料理は私がするから、蓮二を見ててあげて!」
「わ、分かった……!」
二人共大声でしゃべるものだから、周りにも丸聞こえで。
後で凄い恥ずかしかったのを思い出す。
それでも、俺は両親の事が大好きで。
同じ学校の友達は、親なんてうぜぇとか言ってたけど……俺は全然共感できなくて。
そんな、夢を見た。
「お、目ぇ覚めたか?」
「アーネスト……?」
「おう。お前衝撃を受けきれずに、気を失っちまったんだよ。流石にアレを俺一人で倒すのは難しいからよ、起きるの待ってたってわけだ」
そうして体を起こす。打った所の傷はすでに塞がっていて、痛みもない。
自己治癒が働いているお陰だろう。
この体は病気も効かないし、怪我も死に至らなければ徐々に回復していく。
流石は神界最強の女神、ユグドラシルの体だ。
「ドッペルゲンガー……母さんと兄さんの合作なだけあって、もう私達とまったく変わらないな」
「ああ、そのくせ俺達よりも戦い方が上手いと来てる。身体能力は俺達のコピーで、戦術が母さんや兄貴譲りだろ?相手にとって不足はねぇぜ」
そう、私が頼んだ協力の一つ。
自分自身との戦いを経験したいと思った。
皆が戦う私と、戦ってみたい。
母さんと兄さんは微笑んでから、頷いてくれた。
戦う場はアテナの協力で、ユグドラシル領内の一部に強力な結界を張り、その中を別の世界へと変えた。
通称ミラージュワールドと言うその世界は、果ての見えない白銀の世界だった。
そこに現れたのは、見た目が私とアーネストそっくりの、ドッペルゲンガー。
結界の外では母さんと兄さん、それにアテナとクロノスさんが見守ってくれているはずだ。
「アーネスト、私はユグドラシルの力をフルで解放する。お前も全ての力を出せよな」
「へへ、言われるまでもねぇ。さっきの前哨戦で、あいつらもそれが出来る事は分かったからな。けど、ネセルとソウルイーターは使わねぇんだろ?」
「ああ。あいつらの持ってる武器は魔力の剣だ。だから、そこは同条件で行く」
「了解だぜ。さーて、いっちょやってやるか蓮華!」
「ああっ!」
目の前に居るドッペルゲンガー達も、私とアーネストのように構えを取る。
自分の隙を、自分の癖を見抜いて弱点を無くす。
力を上げるだけじゃ、同格に負ける。
技術を更に磨くんだ。
リヴァルさんが教えてくれた事を、ユグドラシルが教えてくれた事を、自分のものにする。
行くぞ、ドッペルゲンガー!私達の成長の糧に成れ!
本日二話目です。いつも読んでくれてありがとうございます。