33話.騎士団の改革
翌朝、いつもより少し遅く目が覚める。
ふんわりとした寝心地の良いベッドの効果だろうか。
横を見ると、リリアちゃんがスヤスヤと寝息を立てていた。
いつもならユグドラシル領の庭を歩くんだけど……今日は他国の、それも城内だ。
勝手に歩き回るわけにもいかないし、かといって二度寝をする気分でもない。
元の世界で働いていた時は、仕事に行く前の朝の時間は五分がすっごい貴重に感じたものだ。
布団の中で五分多く寝転んでいられる時間は至福の一時だった。
まぁ、休日になると何故か起きてしまうんだけど。
それが今や、布団でまどろんでいようって気にならないのは……これが若さかっ!いやお年寄りは朝が早いって言うし、むしろ老い……!?
そんなアホな事を考える頭をブンブンと振る事で追い出し、ベッドから出る。
この部屋はリリアちゃんの部屋なんだけど、大きいベッドは最奥にあって、テーブルやソファー、家具等色々とインテリアが設置されてるけど、とても広い。
元の世界の自分の部屋が犬小屋と言われても言い返せない程度には。
なので、その広い部屋の片隅に四角い絨毯を広げ、その中央に簡易式調理具を置く。
その上に空間魔法で外へと空気の逃げ道を作り、準備は万端。
部屋の外へ出なくても簡単クッキング~♪
時間もある事だし、今日は拘ってみよう。
「んにゅ……蓮華お姉様……?」
料理も完成という所で、どうやらリリアちゃんも目が覚めたようだ。
まるで猫のように、目をぐしぐしとこすってる姿はとても可愛い。
「起こしちゃったかな?時間があったから、ちょっと手の込んだ料理作っちゃったんだけど、食べる?」
「!?蓮華お姉様の手料理!食べます!」
ベッドから飛び出してこちらへと走ってくるリリアちゃん。
元気一杯だね。
「こ、これ、真っ黒いんですけど、飲み物、なんですか……?」
そんなリリアちゃんが、鍋を見て青い顔をする。
「これは黒シチューって言ってね。材料が黒豆を使ってるから、黒くなるんだ。でも、とっても美味しいよ。騙されたと思って、一口食べてごらん?」
リリアちゃんは恐る恐るレンゲに盛ったシチューを口の中に放り込んだ。
その瞬間、瞳を輝かせた。
「美味しい!うそ、すっごく美味しいです蓮華お姉様!このお肉も、すっごく柔らかくて……!」
「それは豚ヒレだね。お箸を使っても崩れるくらい柔らかいから、口の中ですぐに溶けるでしょ?」
「はいっ!あの、もっと食べても良いですか!?」
「勿論。でも、まずは着替えておいで。それまでに他のも完成させておくからね」
「はーいっ!」
元気よく返事をして、隣の部屋へと走っていく。
衣裳部屋が別途あるんだけど、侍女達居なくて着替えられるのかな?とふと思ったけれど、そういえばお風呂あがった後も一人で着替えていた事を思い出す。
「よし、これも完成っと。即席にしては中々良い出来なんじゃないかな」
もっと時間があればもっと凝った料理を作れたんだけど、いつもより遅かったし仕方ない。
「着替えました蓮華お姉様っ!」
もう待ちきれない様子のリリアちゃんに苦笑する。
そういえば、勝手に朝食作っちゃったけど、本来の朝食もあるだろうし、どうしようかな。
「ねぇリリアちゃん、いつもは朝食どうしてるの?」
「いつもですか?えっと、トールが迎えに来るので、それからパパとママと一緒に食べます」
「一緒にかぁ……うーん、それじゃ軽くにしておこうね?本当の朝食が入らなくなっちゃうし」
「蓮華お姉様の料理が朝食じゃダメなんですか?」
きょとんとした表情で聞いてくるリリアちゃん。
でもね、きっとこの王城の料理人さんが一生懸命作ってくれてると思うんだよね。
それも私よりも早く起きて。
それに、本場の料理人が作る料理よりも美味しく作れてるなんて己惚れるつもりはないしなぁ。
「まぁこれはいつでも食べられるからね。アイテムポーチの中だと時間が経たないから、出来上がった状態のまま保管できるんだ。リリアちゃんが望むなら、料理を作ってくれてる方達に事情を話して、お昼は作らなくて良いって伝えておけば食材を無駄にしなくて済むし、そうする?」
「あ……はいっ!そうします!」
リリアちゃんは私に言われて察したのだろう。朝食を私の作った料理で済ませてしまえば、本来の朝食を残す事になる。
それはリリアちゃんの為を想って作ってくれた料理人の想いと食材を無駄にしてしまう。
それにすぐに思い至ったリリアちゃんは本当に聡い良い子だ。
まぁそもそも、時間が出来たからって料理する私が悪いんですけども。
良いんだよ、アイテムポーチに入れておけば無駄にならないから。
作れる時に作っておけば、後が楽なんだよ。作り置きって正義だと思う。
「それじゃ、これくらいならそんなにお腹膨れないだろうからね。どうぞ」
「ありがとうございます蓮華お姉様!はむっ……ん~!美味しいっ!」
とろけるような笑みを零すリリアちゃんに、こちらも嬉しくなる。
そんな事をしていたらノックの音が聞こえたので、返事をする。
徹君と侍女達だった。リリアちゃんと私が真っ黒なシチューを食べているのを見て、侍女達は慌てていたけれど。
「ああ、黒シチューですか。懐かしいですね……」
「少し食べる?」
「良いんですか?」
「たくさんあるからね。朝食が入らなくならない程度になら」
「ありがとうございます」
そう言って徹君も黒シチューを口に含む。
「美味い……黒シチュー、母さんの得意料理だったんですよ……懐かしいな……」
なんて涙を零した徹君に、リリアちゃんと侍女達まで慌てて大変だった。
徹君、愛されてるね。
でもそっか、転生じゃなく転移だと、家族と突然の別れになるもんね。
いや転生も事故死なら同じかもしれないけど……。
余程転生、転移前の人生が嫌だった人以外、元の世界を想うのは普通だと思う。
人生をやり直したいとか、過去に戻りたいとか……そう考える人は、転生や転移を喜ぶだろう。
だけど、現状に満足していて、家族や友人を大切にしている人はどうだろうか。
元の世界に帰りたい、そう考えるんじゃないだろうか。
「徹君、元の世界に帰りたい……?」
「蓮華様……」
なので、私は聞いてしまった。
勿論、戻せるというわけじゃない。だけど、もし転移してきた人で、元の世界に帰りたいという人が居るのなら……その力になってあげたいと思った。
「……いえ。私は、この世界で生きていきたいと思っています。我が姫を生涯、守ると誓っておりますから」
「トール……!」
「「「トール様……」」」
そう笑顔で言う徹君は、本当にそう思っているのが分かった。
なら、私から言う事は何もないね。
「そっか。それじゃ、何か困った事があったら、遠慮なく言ってね。友達として、力を貸すからね」
「蓮華様……はい、ありがとうございます」
丁寧に礼をする徹君に、私も笑みを零す。
でも、終始こんな雰囲気だと背中がムズムズする。なので、この雰囲気を変える為の言葉を紡ぐ。
「さて、友達ならそろそろ呼び捨てないとね?あ、私も徹って呼ばないとね」
「何故そこに戻るのですかっ!?蓮華様を呼び捨てなんて私が殺されてしまいますっ!」
「えー、それじゃ皆の居ない、こういう場だけで良いからー」
「そんなっ!?どうして呼び捨てに拘るのですか!?」
「だって皆、様って呼ぶんだよー。私は普通に呼び捨てて欲しいのにー」
「最高位の貴族という自覚を持っていただきたいのですが!?」
「中身平民だもんー」
「ま、マーガリン様から何も仰られなかったのですか!?」
「私の好きにして良いって言われてるよー?」
「~!?」
「あはっ!あはははっ!トール面白い!」
百面相をしている徹を見ているのが我慢できなくなったのか、リリアちゃんが笑い出してしまった。
周りの侍女達も、普段見る事の無い徹の姿を見て驚きと共に、苦笑してしまっている。
「くっ……蓮華様、俺は意地でも様をつけて呼ばせて頂きます!」
「俺に戻ってるよ?」
「~!?」
「あははっ!」
それから朝食の時間になっても中々来ない私達に、何かあったのかと心配をした王様と王妃様が一緒に部屋に来て、更にてんやわんやとなったのだった。
朝食の後、騎士達と訓練をすると言うので、私もついていく事になった。
色々な騎士団を見てきたけれど、私は騎士団という組織についてあまり詳しくない。
「名前のある騎士団が、その国の象徴となる騎士団なんだっけ?」
「ええ、そうです。通常は国を守る方角で騎士団の名前が決定されます」
「ああ、北方騎士団とか、南方騎士団って具合に?」
「その通りです。そこから更に分岐した騎士団を、第一師団、第二師団と数字が降られていきます」
成程。確かに騎士の数も冒険者と同じくらい多いもんね。
「なので通常の名乗りをするならば、例えば東方騎士団第一師所属といった具合になりますね」
「徹は?」
「私は少し特殊なのですが……表向きはサンライト・テンプルナイツ副団長となっております。我が姫の近衛騎士でもありますので、肩書はあまり意味はありませんが……」
リリアちゃんは王国の第一王女でありながら、サンライト・テンプルナイツの騎士団長なんだよね。
見た目は全然団長って気はしない、とっても可愛らしい少女なんだけども。
そんな事を話しながら、修練場へと辿り着いた。
リリアちゃんと徹の姿を目にした途端、訓練を中止し、こちらへと整列した。
「「「「「おはようございます姫様!トール様!」」」」」
そして、皆が一斉に頭を下げる。
予想以上に軍隊してた。
「良い挨拶ね!百点満点よ!お前達!今日は蓮華お姉様がお前達の姿を見てくださるわ!情けない所を見せたら許さないからね!」
「「「「「サー!イエッサー!」」」」」
「良い返事よ!訓練に戻りなさいっ!」
「「「「「サー!イエッサー!」」」」」
リリアちゃんの号令の元、皆特訓へと戻る。
凄いな、想像以上にきちっとしてた。
リリアちゃんも先程までの姿とは違い、きちんと騎士団長としての振る舞いになっている。
なんというか、今はキリッとしていて、大変カッコイイ。
そんな横顔を見てトゥンクしてたら、リリアちゃんがこっちへ来て抱きついてきた。
「リリアちゃん?」
「蓮華お姉様~」
いきなり戻った。さっきのは幻だったんだろうか。
徹を見ると苦笑して顔を横に振った。
「とりあえず、様子を見る事にするかな。リリアちゃんと徹もそれで良い?」
「はいっ!」
「畏まりました」
リリアちゃんと徹はそう言って、皆に視線を向ける。
それだけで、皆の緊張が伝わってくるようだった。
畏敬の念とでも言うのだろうか。二人の事を尊敬し、また恐れもあるんだろう。
組みあって戦っている人達も動きが硬く感じる。
それからしばらく様子を見ていて、気付いた点を二人に話していく。
「武器の相性ってあるじゃない?」
「ええ、なので同じ相手でも持ち替えて戦わせたりしております」
「うーん、ソロならその考えで良いと思うんだけど。でも、ここは騎士団なんだし。得意武器を見つけて、それで隊を組ませる方が良くない?この場合小隊って言うのかな」
「蓮華お姉様。例えば剣で槍を、槍で斧を、斧で剣を相手にするのは相手よりも数段上の実力が必要ですよね?」
「そうだね、それが武器相性。ソロで戦うなら色んな相手に対応する必要があるけど……騎士団なんだから、苦手な相手に苦手な部隊がそのまま戦う必要はないよね?」
「成程、確かに……。では、各自で得意な武器を装備させましょう」
「あ、それなら大体分かるから、私が選んでいい?」
「え?そ、それは勿論。こちらからお願いしたいくらいですが……」
「よし、それなら任せて。……うん、君は剣のままで良いよ。あ、君は槍だね。君は……おお、鎖鎌に適性あるよ」
「……蓮華お姉様って、本当になんでもできるのねトール」
「え、ええ。私も驚いております。ただ強いだけでなく、人を見抜く力もあるとは……」
私に鑑定なんて力はない。だけど、私の目には神眼が宿っている。
これは鑑定とは違うので相手のステータスが見えるわけじゃない。
だけど、相手が何を得意とするのか、次の動作をどうするのかが分かる、先読みに似た力を持っている。
これを使うと、目の色がエメラルドグリーンからルビーのような赤色に変わってしまうらしく、アーネストに驚かれた。
得意な事が何かを理解するだけなら、大して変化はないみたいだけどね。
なので、神眼を使いながら適性を見抜いていく。
「うん、君は武器の適正はないね」
「ま、マジですか……」
ガクンと項垂れる彼に、私は苦笑しながら伝える。
「だけど、拳の適正が凄い、ずば抜けてる。極めれば素手で武器を壊せるよ」
「ほ、本当ですか!?」
「うん、私が保証する。頑張れ!」
「は、はいっ!ありがとうございます蓮華様!」
そうして、この場に居た全員の適性を診断した。
割と偏らずにバラけた印象だ。
「ありがとうございます蓮華様。これからは各々の得意武器で小隊を組み、訓練させようと思います。皆もやる気十分のようですから」
「うん、頑張って。あ、どうせなら二人も訓練手伝おうか?いつもなら体を動かしてる時間だし、私も動きたいんだよね」
「良いんですか蓮華お姉様!?」
「宜しいのですか!?」
二人が驚いた表情で聞いてくるけど、こちらから言ってるんだからね。
「うん、勿論。二人が嫌じゃなければ……」
「嫌なわけないですっ!憧れの蓮華お姉様と手合わせできる機会がやってくるなんて……生きてて良かった……!」
「胸を借りるつもりで、全力で行かせて頂きます蓮華様……!」
二人のやる気は十分のようだ。
私は微笑んでから、二人と少し距離を取って、皆にも離れるように伝える。
皆も気になるのか、自分達の訓練を止めて、こちらへと注目していた。
「よし、それじゃ特訓開始しようか。私からも攻めるからね?武器もソウルを使うし、ある意味実戦だからそのつもりでね」
「「はいっ!」」
それから数号打ち合って見たけれど、今は二人共すぐ傍で倒れている。
「つ、強すぎる……」
「うちの姫様とトール様が、あんな簡単に……!?」
「すげぇってもんじゃねぇだろ……」
どうやら周りの皆には、簡単に倒せたと映っているようだけど……とんでもない。
リリアちゃんは凄まじいパワーを誇っていた。
油断すれば、私の障壁を軽く突き破ってくる程の威力だ。
徹は雷の力を使う。これは普通の魔法ではなく、スキルだった。
その威力もかなりのもので、これがスキルではなかったら……防げなかったかもしれない。
二人共、以前よりもはるかに力を増している。
ユグドラシルの力を解放していない現状だと、負けたかもしれないくらいだ。
「はぁっ……はぁっ……蓮華、お姉様……しゅごい……」
「ま、まさか我が姫とのコンビネーションでも、一太刀も入れれない、とは……」
「ううん、二人共予想より全然強かったよ。少し休憩したら、もう一回やる?」
「「はいっ!」」
「あはは、了解」
二人共倒れたまま、元気よく返事をするので笑ってしまった。
それから今日一日、皆で特訓に明け暮れたのだった。
いつも読んでくれてありがとうございます。