28話.ソカリス邸の警護
少し早めにグリンと再会したとはいえ、約束の時間までそこまで余裕がないのは事実。
「それじゃ、私達はこれで行くね」
「あ、嬢ちゃん……!もし冒険者ギルドで何か困った事があれば、『ボタニカルマスターズ』の牡丹の名を出してくれて良いから。マグルスのお詫びに、何か力にならせて欲しい」
牡丹さんは真面目な人なんだろう。マグルス君も多分、グリンの事を気に入ってる牡丹さんの為に必死だったんだろうと思う。
まぁ剣を抜いたので、その点は許さないけど。
手を振って牡丹さん達と別れ、グリンと一緒にカレン達の住むソカリス邸へと向かった。
「グリーンドラゴンのグリン、だ。よろしく」
カレンとアニスに招かれて入った一室には、ニアとアルマ君、クロウとミレルも一緒だった。
クロウは壁に背を預けながら、私が見ているのに気付くと軽く会釈をしたので、こちらも手を軽く振っておいた。
ニアは椅子に座ったアルマ君の後ろに立っていたが、カレンとアニスが座るとその横へと移動し、ミレルもその斜め後ろへと控えた。
そして、カレン達の自己紹介が終わった後、グリンの自己紹介となったわけだ。
「貴女が疾風のグリンですのね。噂は聞いておりますわよ。なんでも、受けた依頼を凄まじい速さで終わらせて戻ってくるとか」
「ゴロゴロ、してたかった、だけ……」
「ぶふっ……」
私は吹き出してしまった。皆がこっちを見てくるので、仮面してて良かったと思った。
タマモの変化した仮面は違和感が何も無くて、ついつけている事を忘れてしまう。
そっと仮面を横にずらして、顔を見えるようにしておいた。
このメンツで顔を隠す必要ないからね。
「あー、それでスマホですでに採用って言われてたけど、本人含めての再確認の意味で、館の……屋敷の?警護って仕事で大丈夫?」
「ええ、問題ありませんわ。実力も問題がない事は調査でも分かっておりましたが、会って確信致しましたわ」
どうやらカレン達の方でも調べていたらしい。
あ、クロウかな?と思って見たら、親指をグッと立てていたので、早速仕事をしているのだろう。
信用しているからと言って、全てを委ねるのは違うからね。立派に当主してると思う。
「そういえば、グリンはどこで蓮華お姉様と知り合いましたの?ああ、言い難ければ話さなくても大丈夫ですけれど」
「それは……ええと……」
興味本位での質問なんだろう。ニアとクロウもそれは気になるようで、視線がグリンに集中する。
グリンは戸惑っているようだったので、私から助け船を出す事にした。
「グリンとは、アルマ君の依頼の最中に手伝ってもらった事がきっかけで知り合ったんだよ」
「まぁ……!では、私の恩人だったんですね……!」
ニアさんが瞳を大きく開け、パンと両手を合わせて感激しているようだった。
アルマ君もどうやら理解したらしく、「お姉さんを手伝ってくれた人……!」と笑顔で見つめていた。
「あ、いや、えっと……私は蓮華様に言われたから、手伝っただけで、で……」
「うん。グリンは依頼内容なんて何も聞かずに、手伝ってくれたんだ」
「まぁまぁ……!なんてご立派な方なんでしょう……!」
ニアの瞳の輝きが増した気がする。良いフォローしたよねっ!ってグリンの方を見ると、何故かげんなりとしていた。あれぇ?
「それで……私は給金いくらくらい、貰える?冒険者をやってたのは、趣味にお金を使いたかったから。この屋敷の警護である程度貰えるなら、冒険者は辞めても問題ない」
グリンの言葉に、カレンは契約書をすっと机の上に出してきた。
「それでは、グリンはソカリス家に終身契約という形で雇っても構いませんか?」
「終身は、約束できない。私と人間とでは、寿命が違う」
「ああ、それでしたら問題ありませんわ。私とアニスは人間ではありませんもの」
「「「「え?」」」」
私以外の全員が、驚いた表情になった。
うん、私はもう聞いてたからね。ミレニアの眷属化してるの。
「誤解の無いように言いますけれど、元々は人間でしたわよ。ただ、ある方の眷属になったのですわ。そう、吸血鬼の真祖にして最強の吸血鬼。ミレニア=トリスティア=リーニュムジューダス様の眷属として」
「なっ!?あの深紅の花蘇芳の!?」
ああ、そういえばミレニアの異名だったね。ミレニアのフルネームは数千年に亘る悲哀なりしユダの木……という意味があるらしいんだけど、その事について詳しく聞いたことは無い。
いつか教えてくれるだろうか。
「ええ。ですから、寿命を気にする必要はありませんわよ。国王陛下にも告げておりますし、一代限りとか言っておきながら、実質ずっと続くのと変わらないのですわ。陛下は余程私達を逃したくないようですわね」
ふふっと笑うカレンが悪女っぽくてカッコイイ。
「……分かった。お前達に警護が必要なのか、甚だ疑問ではあるが……」
「ああ、ここでは良いけれど、公の場ではちゃんと様をつけるようになさいね。警護はむしろ、ここに居るアルマのように戦う力を持たない使用人達の為ですわ」
「成程。それなら了解だ。後は屋敷の見取り図があれば見せて欲しい。それに、私は移動系の魔法は使えない。すぐに駆け付ける事は出来ないぞ」
それまで話を聞いていたけれど、ここに私は介入する事にした。
「それなんだけどね。カレン、アニス。部屋を一室使わせて欲しいんだ」
「「勿論ですっ!」」
二人に食い気味に言われたので、ちょっとびっくりしたけど、話を続けよう。
「まず使用目的を聞いてから判断しようね?とりあえず、私の為の部屋って意味ではないよ?」
「「ええー……」」
「ええーじゃありません」
「「はい……」」
この二人は……。目に見えてシュンとなる二人に、ほら周りの皆が唖然としてる。
「コホン。ええとね、警護って意味で、屋敷の周りを見渡せる部屋を作ろうと思うんだ」
「櫓のようなものですか?」
ああ、高い所から周りを見張るという意味ではそれが近いかもしれない。
「そうだね。違うのは、屋敷の周りを映す魔道具を各所に設置して、それを一つの部屋で監視出来るようにするんだ」
ビルとかで必ずある、監視室のようなものだね。
「成程……その部屋で邸の周りを監視し、異常があれば警護の者に伝え向かってもらうという事ですわね」
「その通り」
一で十を察するカレンには説明が楽で良い。
なので、普通の警護と違って、グリンがずっと徘徊しないといけないなんて事は無い。
勿論、門番のような兵士を雇っておくのは必要だと思うけど。
その点を尋ねておいた。
「それはご安心ください。本日、募集を開始致しましたから。騎士達が私達の家に仕えたいと泣いて困りましたけれど」
「陛下から、騎士を奪えない、です」
珍しくアニスも困った表情をして言った。
「成程ね。面接とかで忙しくなりそうだね」
「それも独立した以上、仕方ありませんわね。ただ、私達が直接するのは最初だけで、後はニアとクロウに任せるつもりですわ」
「はい、お任せください」
「あいよ。ま、使えない奴はどんだけ来ても落とすからよ」
カレンとアニスに微笑まれて、自信ありげな二人も微笑む。
うん、良い信頼関係が出来ているようだ。
「それじゃ、今日から早速ニアとクロウ、それにミレルの特訓を始めるよ。グリンは……」
「私は契約の確認と、この屋敷を見て周ろうと、思います」
「そっか、確かにそれが大事だね。了解」
「ほっ……」
何故かホッとしているグリンを不思議に思いながら、私はニアとクロウ、ミレルを連れて中庭へと移動する。
アルマ君は監視室の話が気になったようで、グリンと一緒に話を聞きたいと言ったので、カレンはそれを許可した。
ニアがアルマ君に「ご迷惑をかけてはいけませんよ?」と優しく諭すと、アルマ君も「うん!」と元気に返事をしていた可愛い。
一応、どこら辺を使って良いか確認したんだけど……『蓮華お姉様の使ってはいけない場所なんてありませんわ』『です』と二人に言われてしまったので、とりあえず広そうな中庭に当たりを付けた。
「さて、ニアは病み上がりだけど……体調はどう?」
「問題ありません。むしろ、侍女長を務めていた時よりも、好調なくらいです」
「マジかよ。あん時ですらバケモン染みてたってのに……」
「……」
「ナンデモアリマセン」
すでに力関係がニア>クロウなのが見えて笑ってしまう。
「クロウは?」
「俺も問題いです」
「なら、基礎体力作りは省略するかな。あ、でも自主トレーニング出来るように、後で紙に書いて渡すね」
「「ありがとうございます!」」
二人共礼儀正しいなぁ。私には師匠と呼べる人しか居ないけど、弟子を持つとこんな感じなんだろうか。
なんか気恥ずかしいけど、嬉しくもある。まぁ学園で生徒達に色々と教えてきたけど……それとはなんか違うんだよね。
「ミレルはまず適正検査をするから、少し待っててね?」
「はいっ!」
ミレルには魔法を覚えてもらう為に、まず自分がどの属性の魔法に適性があるかを調べないといけないからね。
「それじゃ、特訓を始めようか」
二人がゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。
まぁ、私は鬼じゃないからね、優しく指導するよ。