27話.一般人が弱いとは限らない
「そろそろお昼前だし、私はこれで帰るよ」
「おう、付き合ってくれてさんきゅーなレイ」
「本当にありがとうレイさん。これだけ手伝ってもらって無報酬なのも心苦しいし、また今度食事でも奢らせてほしい」
下心あっての誘いじゃなくて、本当にそう思っているのが伝わってくる。
「気にしなくて良いよ。アーネストから分け前貰うから」
「おまっ!?まぁ良いけどよ」
「一応言っておくけど、三分のニをアーネストに渡さなくて良いからね。普通に二人で分けた分のアーネストの分から貰うから。それじゃーね」
二人が苦笑しながら手を振っているのを見届けて、私は『ポータル』をすぐには使わずにこの場を去って、見えなくなってからフォースへと飛んだ。
「レイさんか、凄い人だった。もしかして彼女も転生者なのか?」
「あー、まぁそんな所だな」
「そっか。またゆっくりと話をしたいな」
その言葉に、アーネストはニヤッと意地の悪い笑みを浮かべる。
「お、惚れたか?」
「はは。違うって。顔を隠してたけど……火傷の痕とかあるのかな。女性だとそういうの特に気にするだろうし、気に掛けてあげるんだぞアーネスト。彼女、お前には心を許してるみたいだったからさ」
火傷の傷痕なんてものはないのだが、そこまで分かるのかとアーネストは苦笑しながら頭をかいた。
「それより、報酬の事なんだが……」
「ああ、俺の分は気にすんな。孤児院に全部送りたいんだろ?」
「うん。この世界に転生して、孤児院に連れてこられて……皆の笑顔と優しさに救われた。この世界は平和な方だけど、それでも魔物の被害がないわけじゃない。最近は特に、色々と起こっていたし……」
「そうだな。最初に言ったけど、俺はこれでも金持ちなんだぞ?支援くらいなら……」
「駄目だ。お前は特別公爵家の人間だろ?一つの孤児院を優遇すれば、他の孤児院から嫉妬の目で見られる事になるし、貴族連中がこぞって関りをもとうとしてくるに決まってる。それくらい影響力が強いって事、認識した方が良い」
真剣な目をしてアーネストを窘めるチトセに、アーネストは苦笑しながら頷いた。
「悪い」
「いや。アーネストの気持ちは本当に嬉しいんだ。でも、今は日本で生きてた頃と立場が違う。それは忘れないようにした方が良い。……ありがとうアーネスト。俺はお前と友達になれて嬉しいよ。特別公爵家だからってわけじゃないぞ?」
「はは、分かってるさ。それじゃ、これまでの分の依頼を清算に行こうぜ。んで、孤児院に送金して残りの金で昼飯食って、また午後からも依頼だな!」
「ああ!」
二人は笑いあい、冒険者ギルドへと足を運ぶ。
アーネストは、偶然出会った彼との交友を楽しんでいるのだった。
王都フォースへと『ポータル』で転移し、昨日の喫茶店へと着いた。
グリンを探すと、すぐに見つかったのだが……あれはまた絡まれてる?
「グリンさん、考えなおしてはくれませんか?貴女程の方がソロで居るなんて、ギルドの、いや国の損失ですよ!」
「俺達『ボタニカルマスターズ』に入ってくれませんか?当然報酬も色を付けさせてもらいますから!」
男が三人、女が二人。分厚い本を読んでいるグリンを囲って一方的に声をかけているようだ。
これは私が待たせてしまったせいだよね。
昨日の冒険者ギルドでもそうだったけど、色んな人に絡まれてる気がする。
見た目が美女っていうのもあるし、腕前も確かっていうなら、自分のパーティーに欲しいというのは理解できるけどね。
でも、私が先だよ。彼女はあげない。
歩いて近づき、グリンに声を掛ける。
「お待たせグリン」
「!!いえ、本を読んでいましたから、それほど」
「「「「「!?」」」」」
先程まで彼らが話しかけても、取り付く島もない感じで無視していたのに、突然現れた女には返事をしたので、驚いたのだろう。
男三人が凄い表情でこちらを睨んでいる。
「おい、グリンさんとは今俺達が話しているんだ。後にしてくれないか」
「残念だけど、先約済みなんだよね。そちらこそ、また後でにしてくれる?」
そう言い返したら、こめかみにピキピキとしてたマークが出来上がった。
おお、あれ実際に出来るものなんだと感心していたら、男の一人が剣を抜いた。
「調子に乗るなよ?俺はこれでも冒険者ギルドの次期Aランクパーティ『ボタニカルマスターズ』の一人、マグルスだ。一般人がグリンさんに話しかけるなんて身の程を知れ」
そう言うマグルス君に、グリンがあわわわと震えだした。
それを笑っていると判断したらしいこの男は、剣を私の方へと向ける。
周りの人達が悲鳴を上げ、少し離れた所で様子を見守っている形となった。
とりあえず、穏便に済ませるように話しかけてみよう。
「えーと、マグルス君のパーティが凄いのかどうか知らないし、グリンと先約がある事に何の関係があるのか知らないけど、冒険者ギルドは一般の人を守る為に存在しているんであって、こうして力で脅すような人がその名を使って良いの?後でパーティーリーダーに怒られるんじゃない?」
頭のこめかみが更に増えた。この人多芸だなぁ。
「ははっ!ハハハハッ!安心しろ!俺の後ろにいるこの女王様が、我らがリーダーのぼたごぶゅっ!?」
ぼたごぶさん?に、ロッドで顔を殴られて、道端へと飛んだマグルス君。
そうして彼女は頭を下げた。
「隊の者がすみません。『ボタニカルマスターズ』リーダーの牡丹と申します。貴女の言う通り、ギルドメンバーは民の為に協力をすると規約にもあります。また、一般の方に剣を向けるなど言語道断。彼は後でしっかりとシメテおきますので、お許しください」
彼女が頭を下げると、他の人達も一緒に頭を下げた。
良かった。冒険者ギルドのメンバーがマグルス君のような人ばかりなら、流石にギルドに手を出す必要があったかもしれない。
「いえ、こちらも挑発するような物言いになっていたかもしれませんし、こちらこそすみません」
そう言うと、彼女は優しく微笑んでくれた。
「ただ……グリンはもう私が貰っちゃいましたけどね」
「「「「え!?」」」」
四人が驚いた顔をして固まっているけど、私は気にせずに続ける。
「あ、正確には私がってわけじゃなくて、インペリアルナイトマスターのカレン様とアニス様は当然知ってるよね?その方達に雇われる事が決まったんだよ。私はその顔つなぎって事」
「「「「!!」」」」
「これから連れて行く所なんだよね。だから先約があるって言ったんだ」
ようやく束縛から解けた牡丹さんが、苦笑しながら話しかけてきた。
最初の丁寧な言葉遣いではなく、こちらが本来の彼女の口調なのだろう。
「な、成程。全く、嬢ちゃんは凄い伝手があるんだね。カレン様にアニス様といえば、この国では天上人も良い所だよ。そんな方達との約束があるのを、邪魔するわけにはいかないね」
そう言って下がろうとした所で、吹き飛ばされたマグルス君が叫んだ。
「リーダー!騙されちゃいけねぇ!そんな何の力も感じねぇ奴が、あのカレン様とアニス様の知り合いなわけがねぇ!俺が証明してみせますよ!」
言うなりマグルス君は、私へと剣を振るってきたのだが、あっさりと牡丹さんに止められる。
「止めなと言ってるんだ」
「でもリーダー!グリンさんの事、ずっと狙ってたじゃないですかっ!」
「言い方ぁ!そうだけどそうじゃないっ!」
あたふたする牡丹さんに、ちょっと笑ってしまった。
そのお詫びと言うわけじゃないけど……
「良いですよ牡丹さん」
「え?」
「その代わり、マグルス君をボコボコにしても、許してくれます?」
「え……。あ、ああ、それは勿論、マグルスの自業自得だしな……」
「了解。それじゃ、ここじゃ迷惑がかかるから、道に出ようか」
「舐めやがって……一般人がギルドの実力者を舐めたらどうなるか、教えてやるよ!」
そう言ってやる気を溢れさせていたマグルス君は、一分後。
「もうゆるしてくだしゃい……」
両手両足を使えなく(折っただけだよ?)して、上半身をタコ殴りしたらこうなった。
「な、ナニモンなんだい、嬢ちゃん……」
偶然にも、グリンと出会った時の表情に似ていて笑ってしまった。