22話.使用人達のこれから
それから、ミレルさんが目覚めるまでにクロウさんと契約を締結した。
クロウさんはソカリス家の表向きは情報収集を専門とした部隊……と言っても、まだクロウさんしかいないが……の隊長となった。
裏ではその力を生かした暗部として活躍してもらう事になったみたいだ。
少ししてミレルさんが起きてきたので、会話に混ざる。
そしてニアさん同様、ミレルさんと一緒にソカリス家で暮らさないかという言葉に、二人は悩まずに即決した。
「良かったねクロウさん、ミレルさん」
「あ、あー……いや、とんでも、いや、うん、ありがとうございます、蓮華様。それと……その、雇い主であるカレン様とアニス様を呼び捨てにしているのに、使用人である俺なんかをさんづけで呼ぶのは体裁が悪いというか、その、出来れば俺も呼び捨てて欲しいっつぅか……」
なんて、しどろもどろになりながら言ってくるので笑ってしまった。
私は日本での習慣のせいか、年上の人や同年代の人は、さんづけで呼んでしまう。
年下の人にも社会ではさんをつけて呼んでたし、身近な人なら君やちゃんをつけて呼んでいた。
でも、この世界では貴族なんて存在が居るので、より複雑だ。
郷に入っては郷に従うって言葉もあったし、この世界のルールに合わせないとダメだろう。
「あはは、分かったよ。クロウ、これで良いかな?」
「は、はいっ……」
物凄い真っ赤になって横を向いてしまった。
「あらあら、良い歳したおじさんが顔を真っ赤にして……」
「うるせぇぞニア!?それに俺はまだ二十四だっ!おっさんじゃねぇ!」
クロウは二十四歳だったのか。ミレルさんが十七歳だから、七つ違いなんだね。
「ふふ。それよりも、蓮華様。私の事も呼び捨ててくださいね。さんって呼ばれると、なんだか壁を感じて寂しいです」
「あっ!私も!私もですっ!ミレルって是非呼び捨ててくださいっ!その……蓮華様がご迷惑じゃなければ、なんですけど……」
ニアさんとミレルさんもそんな事を言うので、笑って頷いておいた。
「「!!」」
それだけの事で、二人は手を合わせて飛び跳ねながら喜んでくれた。うん、可愛い。
「ニアは完全に見た目詐欺だよな。十代って言っても信じられるぞ」
「女性に年齢の事を話すなんて、本当にデリカシーがないんですからクロウは」
「ホントです兄さん。兄さんはもう少し女性の心理を勉強した方が良いです!」
「ぐっ……」
ニアさ……ゴホン、ニアとミレルにそう言われて、口ごもるクロウに笑ってしまった。
それを見た三人も、また笑う。
「あはは。それでカレン、アニス。ニアとクロウは使用人の中でも、上級使用人って立ち位置になるんだよね?」
「はい、その通りですわ」
「なら……」
「あのっ!」
話を続けようとしたら、ミレルが手を上げて声を掛けてきたので、そちらを見る。
「その、私……私も、カレン様とアニス様の為に、働きたいですっ!」
その言葉に、クロウは感動しているようで、うっ……と横を向きながら手を口に添えていた。
そんな娘の成長に涙するお母さんみたいな……いや実際変わらないのかもしれないけれど。
「それは構いませんが……そうですね、ならニア。ミレルに侍女の基本を指導してあげなさいな。元侍女長筆頭の貴女なら、簡単でしょう?」
「はい、お任せくださいカレン様」
そう言って優雅にカーテシーをするニアの動作は、とても美しく気品があった。
「わぁ……貴族のお嬢様みたいっ!」
なんて言うミレルにクロウがツッコミを入れる。
「お前もニア程とは言わないが、出来るようにならないとだぞ。使用人の質が、そのまま雇い主であるカレン様やアニス様の評に繋がるんだからな」
「が、頑張るっ……!」
そんなミレルを、優しい表情で見守るクロウ。やっぱり良い兄妹だなって心から思う。
「あ、ならミレルも含めての方が良いかな」
「「「「「?」」」」」
皆が疑問符を浮かべているので、苦笑しながら続ける。
「さっき言おうとした事なんだけどね。ニアとクロウが上級使用人って事は、下の人達をまとめる立場になるんでしょ?」
「そうですわね」
「ならさ、やっぱり強さは必要だよね?」
「はい。ニアは元ヴィクトリアンメイド筆頭ですし、クロウは元アサシンの中でも上位の実力者だと聞き及んでおりますわ」
「でもそれって、例えばある程度の実力者が千人くらい居ても勝てる?」
「「「「「……」」」」」
皆が押し黙ってしまう。いや、滅茶苦茶な事を言ってるのは分かってる。
だけど、そんな数が相手でも圧倒できる力を持って欲しいと思うんだ。
私がいつでも守れるわけじゃない。なら、皆を強くすれば良い。
「だからね。ニアとクロウ、それにミレルの特訓をしようと思うんだけど、どうかな?」
ニアとクロウは、喉をゴクリと鳴らしてこちらを見る。
「その、宜しいのですか?蓮華様の手を、そこまで煩わせるなんて……」
そうカレンが言うけど、それこそ気にしないで欲しい。
「大丈夫だよ、乗り掛かった舟だからね。それに、筆頭の二人を鍛えれば、後は二人がこれから入る使用人達を鍛える立場になるからね。私が全員を見るってわけじゃないから」
そう言ったら、ニアとクロウが立ち上がり、頭を下げた。
「「宜しくお願い致しますっ……!」」
それを見たミレルもあわあわと立ち上がって、同じように頭を下げた。
「あはは。こっちから言ってるんだから、そんなに気にしないで。それとミレルは魔力回路が普通の人より強化されてるから、元々の素質と合わせて凄い魔法使いに成れると思うよ?そっち方面で特訓していくのが良いと思うんだけど、何か希望はある?」
そう、ミレルの魔力回路がボロボロだった原因は、ミレルの魔力がとてつもなく大きいからだ。その魔力の負荷に耐え切れず、回路が焼き付いてしまったのだ。
焼き付いた回路に、使えない魔力がこもり、悪循環となって体を蝕んでいた。
「あのあの……私も蓮華様みたいに、華麗に剣で戦いたいなって……!」
「うん?私は剣より魔法の方が得意だけど……」
「魔法が覚えたいですっ!」
この手のひら返し、嫌いじゃない。
横でクロウは笑うのを我慢して震えているし、ニアはもう笑っていた。
「それじゃ、屋敷に戻ったら早速……って言いたいところだけど、カレン達と話さないといけない事も多いだろうし、今日はこの辺りで私は失礼するね」
特に用事が他にあるわけじゃない。だけど、これから一緒に働く人達と、カレンとアニスとの交流の時間も大事だろう。
「蓮華お姉様、ありがとうございました」
「また、いつでも、来てください、です。ずっと、ずっとお待ちしております、です!」
そう言って頭を下げる二人に、私は苦笑しながら言う。
「頭なんて下げなくて良いよ、友達じゃないか」
「「蓮華お姉様……!」」
この二人は本当に、変わったね。勿論良い方向に。あ、私への態度がって意味じゃなくだよ。いやそれもかもしれないけど。
「それじゃニア、クロウ、ミレル。カレンとアニスの事、宜しくね。アルマ君にも宜しく伝えておいて」
「はいっ!蓮華様っ!」
「ああ、蓮華様の期待には応えて見せるさ」
「はい!蓮華様、また後で会えるの、とっても楽しみにしていますからっ!」
皆に笑顔で手を振ってから、私は外へと出る。
まだ日は高いし、少し街を散策しようかな。