21話.最愛の妹
クロウさんに案内された場所は、王都フォースの郊外だった。王都フォースは、少し外へ向かうと砂漠が広がっている為、どの歴でも比較的暑いのが特徴だ。
「ミレル、帰ったぞ」
「あ、兄さん。お帰りなさい。今日は早かったね?それに、お客様を連れてくるなんて初めてじゃ……え……?」
「うぉぉっ!?」
台所で料理を作っていたのだろうミレルさんは、こちらを一瞥して固まり、包丁を落とす。
それをすんでの所でキャッチするクロウさん。お見事と拍手をする所だった。
「ふぅ……おいミレル、危ないだろうが!」
「ご、ごめんなさい兄さん。でも、兄さんがとんでもない人達を連れてくるから……。すみません、本当にすみません。兄さんは、私の為に……ついに悪事に手を染めたんですね?蓮華様、それにカレン様にアニス様……どうか、私の命で、兄さんの罪を軽くしてあげては下さいませんか?兄さんは見た目はいかつい顔ですけど、本当は優しい、良い人なんです。老い先短い私の命ですが……お願いします、お願いします……!」
病弱とは思えないくらい、ハッキリとものを言う彼女に面喰ってしまう。
それに老い先短いって……それは違うと思うんだけど。彼女は今年で十七歳、私と同い年だと来る途中で聞いたから。
というか、勢いが凄い。思い込みが凄い。こちらが何かを言う前にまくし立ててくる。
「ったく、落ち着けミレル!」
パシンと、クロウさんがおでこを引っぱたく。
「あいたっ!うぅ、兄さん酷い……私は兄さんの為に、刑を軽くしてもらおうと必死に頑張ってるのに……」
「早合点してんじゃねぇ!俺は捕まって最後の挨拶に来たわけじゃねぇよ!」
「そうなの?だって、兄さんが蓮華様やカレン様、アニス様と知り合いなわけないじゃない?兄さんなんかが話しかけるのも烏滸がましいよ?」
「お前、実の兄になんて言い草だよ……」
そんな二人のやり取りを見ていて、ついに我慢出来なくなったのは私だけじゃないようで。
カレンとアニス、そしてニアさんまでも、笑っていた。
「あー……色々あってな。お前の病気を、治してくれるってよ」
「え……?」
クロウさんが髪をかきながら、横を向いて答える。
なので、私は一歩前に出て、話しかける。
「初めまして、ミレルさん。私は蓮華=フォン=ユグドラシル。お兄さんとは、カレンとアニスの元で就職するって事で、知り合ったんだよ」
「そ、そうだったんですねっ!蓮華様、ずっとずっと、ファンでしたっ!あのあの、サインくださいっ!」
「えっ……」
「あ、あー……すまねぇ、蓮華様。妹はアンタの大ファンでさ。自分と同じ歳なのに、なんであんなに凄いんだってずっとはしゃいでてな。実物を見て、我慢できなくなっちまったみてぇだ」
そうなのか。まぁ、ファンと言われて悪い気はしないし、今までもサインは何度かした事あるので、言われるままにサインをする。
「はわわわわ……この服、一生洗いません……!」
「なんで服にサインして貰うんだよお前は」
呆れ顔のクロウさんに苦笑する。
握手した時もそうだったけど、何故皆洗わないとか言うのか。
「えっと、とりあえずミレルさんの身体を調べさせてもらうね?」
「はいっ!」
そう言って勢いよく服に手を掛けて脱ごうとするので、慌てて止める。
「ちょっ、ちょっと!?なんで脱ごうとしてるの!?」
「あ!ごめんなさい!兄さん、出て行って!」
「っと、すまねぇ」
そう言ってクロウさんも出て行こうとするので、それも止める。
「いやそうじゃないよ!?クロウさんも出て行かなくて良いから!服も脱がなくて良いから!」
そう言ったら、なんで?って感じで二人が見てくる。
「私は触れればその人の波長っていうのかな、それを感じ取れるから。それで悪い所を見つけられるんだ。だから、服は脱がなくて良いし、クロウさんも居て良いよ。大事な妹さんなんでしょ?近くで見ていないと不安でしょ」
ミレルさんは凄いっ!って感じで目を輝かせる。クロウさんはと言えば。
「ああ、蓮華様ならなんとも思わねぇよ。妹に変な事するなんて考えすら浮かばなかった。なんでだろうな、他の奴ならこんな事考えた事なかったから、俺自身分からねぇや。でもそうだな……感覚でしかねぇんだけど……アンタなら信じられるって思った。だから、頼む……妹を、助けてくれ」
真剣な表情で、クロウさんは頭を下げる。ミレルさんも言っていたけど、本当に妹の事が大切で、優しい人なのがよく分かる。
その気持ちには行動で応えよう。
コクンと頷いた後、私はミレルさんの元へと近づき、頭に手を置く。
くすぐったそうにするミレルさんだったけど、抵抗するようなことは無かった。
神経を集中させ、私の魔力でミレルさんを包む。
すると、常人であればある魔力の管が、凄まじくボロボロになっているのが分かった。
これは、生きているだけでも辛かったはずだ。
何をするにしても、痛みが生じて……苦しかったはずだ。
「ミレルさん……辛かったね……痛かったね。苦しかったでしょ?こんなに酷い回路、初めて見たよ。大丈夫、安心して?私なら、治してあげられる」
「蓮華様……」
抑えきれなかったんだろう、大粒の涙が、ミレルさんの瞳から零れ落ちる。
「はい……はいっ……。痛かった……辛かった……!でもそれ以上に、ずっと兄さんに迷惑をかけてるのが、苦しくて……!いっそ死んでしまえば、兄さんも解放されるのにって思って……!」
「ミレル……!俺は迷惑だなんて思っちゃいねぇ!お前が居てくれたから、俺はっ……俺は!腐らずに頑張る事ができたんだっ……!」
「兄さんっ……」
クロウさんも目に涙を浮かべている。うん、安心して。君達兄妹は、私が必ず救って見せる。
「『アマテラス』、私の呼びかけに応えて」
私は大精霊のアマテラスを召喚する。
いつものように陽気に現れたアマテラスが、ミレルさんを見て真面目な顔になる。
「蓮華ちゃん、その子……」
「うん。力を貸してもらうのも、召喚しての方が良いと思ってね」
「わらわの力でそっと包み込むのじゃ。蓮華ちゃんは、ゆっくりと補強をお願いするのじゃ」
「了解」
そうして、私とアマテラスでミレルさんを囲い、魔法で全身を包んでいく。
「あったかい……それに、凄く気持ちがいい……」
「ミレル……」
目を瞑り、幸せそうにそう言うミレルさん。
クロウさんも、そんなミレルさんを見て優しい表情になっている。
「神秘的ですね……カレン様、アニス様」
「ええ、そうですわね」
「です、ね」
ニアさん、そしてカレンとアニスも見守ってくれている。
大丈夫。ボロボロで今にも破けてしまいそうな皮一枚といった所だったけれど……それをゆっくりと補強し、強くしていく。
本当の幹を、回路を傷つけないように。新たに補強された回路と混ざり、一つになっていく。
「う、ぅぅ……あつ、い……凄、い……魔力、が……溢れて……」
ミレルさんの全身を、私とアマテラスの魔力が覆っている。
最初は少ししか送れなかった魔力も、段々と本体の幹である回路が強くなってきた事で、多く送れるようになってきた。
さぁ、最後の仕上げだ。
「ミレルさん、最後はちょっとだけ痛いかもしれないから、これを口に」
「んむ……」
私が持っていたハンカチを噛ませる。
「行くよアマテラス」
「分かったのじゃ!」
そうして、全身の回路に一気に魔力を流し込む。
「んん~っ!?」
よし、これでもう大丈夫。ボロボロだった魔力回路は、今や普通の人よりもかなり頑強になっている。
肉体的な事ではなく、魔力的な事だったので、医者では治せなかったのだろう。
「よし、これでもう大丈夫。アマテラス、ありがとね」
「なんのなんのなのじゃ~!また呼んで欲しいのじゃ蓮華ちゃん!」
「うん、またね」
笑顔で消えて行くアマテラスを見送り、ミレルさんへと視線を向ける。
「気分はどう?」
「しゅ、しゅごい、です……まだ、ぽかぽかしてて……でも、全身の気怠さも無くて……生まれ変わったみたいな、気分れしゅ……」
そうへたり込んだミレルさんに苦笑する。
ベッドへと運び、寝転ばせると、そのまますぅすぅと眠ってしまった。
おぶとんをかけて、その場を離れると……クロウさんが、土下座をしてきた。
「蓮華様……このご恩は一生忘れねぇ。妹を、ミレルを……助けて下さって、ありがとうございますっ!」
そう言って涙を床へと零しているのが見えた。
私はしゃがんで、クロウさんの肩へと手を置く。
「顔を上げて。これは、私がしたいと思ったからしただけだよ。クロウさんの家族を大切にしている心があったから、手を貸したくなったんだ。それは、今までクロウさんが頑張ってきたからこそ、なんだ。胸を張って良い。クロウさんが、ミレルさんを助けたんだよ」
「蓮華、様っ……ぐぅぅ……あぁぁっ……!」
それは、心からの、男の涙だった。今まで本当に苦しかったんだろう。妹を想い、心から笑えた事なんて無かったんだろう。
私には、その辛さの深さを推し量る事はできない。
だけど……それでも。ほんの少しでも、力になる事が出来たのなら……良かったと思う。
それからクロウさんも落ち着き、別室で話を再開する。
「カレン様、アニス様。俺は蓮華様への恩を一生を掛けて返したいと思います。だから、俺の一番の忠義は、蓮華様に捧げるつもりです。その蓮華様がカレン様とアニス様に仕えろと言うのであれば、喜んで仕えます。しかし、その点だけは最初に伝えさせて頂きます」
今までと打って変わって、クロウさんは敬語でそう話す。
カレンとアニスは頷き、微笑んだ。
「ええ、それで構いませんわ。言っていませんでしたが、私達は蓮華お姉様ファーストですの。ですから、私達よりも蓮華お姉様を優先する事になんの問題もありませんわ。むしろ奨励致しますわ。それと、公の場でなければ敬語も必要ありませんわ。苦手でしょうクロウ」
「です!」
それを聞いたクロウさんが、目をぱちくりとさせ……
「ははっ!はははっ!……ふぅ、こんなに心から笑ったのは久しぶりだ。ああ、良いなそういうの。俺は第二に、お二人の為に力を尽くすと誓うよ」
そう笑ったクロウさんの顔に、もう悲壮感は無かった。
良い笑顔で笑うクロウさんは、なんていうかダンディだった。
「これからは正真正銘、仲間ですねクロウ。けれど、最初に取っていた態度は許しませんからね」
「あれはっ……悪かったよ。黒歴史の一つにしといてくれやニア」
「しょうがありませんね。これから仲良くやって行く為に、何度かからかったら許してあげます」
「見た目と違って相変わらず腹黒いなニアは……」
「何か言いましたか?」
「ナニモイッテマセン」
あはは、二人もなんだかんだで仲良く出来そうだね。