20話.アサシンの事情
ニアさんの紹介で、裏家業を生業としている暗殺者、クロウさんと面会している。
暗殺者と知っているのは、ニアさんから聞いているからであって、彼が名乗ったわけではないよ。
まぁ自分が暗殺者ですなんて自己紹介で言う人は阿呆だと思うけど。
「ニアから聞いているなら、知っていると思うが……俺は暗殺者、アサシンだ」
真面目な顔でそう言うクロウさん。まぁ前提が違うからね?と手のひらを心の中で返す。
「ええ、その点も貴方を欲しいと思った理由の一つですわ」
「……。俺は、金さえ積まれればなんでも依頼は受ける。例えば、アンタ達に害のある依頼だったとしても、金させ積まれれば依頼の内容次第では受ける」
「クス、それは依頼の内容次第では受けないのでしょう?」
クロウさんを見透かしたような視線を向けるカレンに、クロウさんは舌打ちをする。
「チッ……ガキのくせに大した観察眼だ。……ああ、そうだ。アンタ達は強い。仮にアンタ達を殺せって依頼なら、どれだけ金を積まれても断る」
「ええ、その程度の線引きが出来ない者など必要ありませんから。それで、一つお聞きしたいのですけれど……貴方はどうしてそこまでお金に拘るのかしら?」
「……」
カレンはどこまでも真っすぐな瞳で、クロウさんを見ている。
むしろ、後ろで控えているニアさんが、クロウさんを見るだけで殺しそうな視線で射抜いている。
紹介したのを後悔しているのか、カレンとアニスを見て済まなそうな顔をしてから、またクロウさんを睨んでいた。
多分、クロウさんのカレンとアニスに対する態度が、ニアさんにとって許せないのだろう。
「……ハッ。決まってんだろ。金は裏切らねぇからだ。人はすぐに裏切るだろ、それこそ金で家族すら売り飛ばしやがる。世の中金なんだよ」
その言葉を聞いて、カレンは目を瞑る。
アニスは表情を変えずにクロウさんを見つめていた。
「それで、金を貯めて何をしたいのかしら?」
「何?」
目を瞑ったまま、カレンは問いかける。
「依頼を受けて、金を貯めて、何をしたいのかと聞いているのです」
「んなことぁ、決まってんだろ。良い暮らしがしてぇだけだ。金はあって困らねぇだろ」
その言葉に、カレンは目を開け穏やかな表情でクロウさんを見つめる。
クロウさんはその視線を受けて、目を逸らした。
「ニアから聞きましたが、貴方は暮らしていくだけならば、十分すぎる報酬を得ているはずと。それなのに、貴方の服装は普通。人は裕福になれば、身につける物も変わっていきますわ。だと言うのに、貴方は……」
「チッ……!どうせ知ってんだろっ!俺には妹がいるっ!その妹の、手術代の為だよっ!」
吐き捨てるように、クロウさんは言った。
クロウさんには妹がいて、重病らしい。医者には匙を投げられ、どんな薬も症状を緩和する事しかできない。
その薬も一粒がとても高く、普通に働くだけではお金が足りない。
だからこそ、彼は高額な危ない依頼だろうと受けてきたのだと。
でも、自分が死んだら妹を守れる人が居なくなる。だから捕まる、死ぬといった可能性が極端に高い依頼だけは受けないのだと。
「蓮華お姉様……」
カレンは私を見た。とても悲しそうな表情をしていた。
それは、自分で解決できない事に対する不甲斐なさと、私に頼ってしまう事への申し訳なさを合わせたような。
でも、そんな事は気にしなくて良い。
全ての人を救うなんて事は出来ない。だけど、自分が関りを持った助けたいと思える人なら……この力を使う事に抵抗なんてない。
私はカレンに頷く。
すると、ぱぁっと花の咲いたような笑顔で、頭を下げた。
そしてすぐにクロウさんへと向き直る。
「では、その妹さんを救う事が出来たなら……貴方は私達の、ソカリス家専属の暗部として雇われてくれますか?」
「は……?」
目が点になるって、こういう事を言うんだろうな。
クロウさんはカレンが何を言っているのか理解するのに、少し時間が掛かったようだ。
そして、恐る恐る口を開く。
「そ、そりゃぁ……妹さえ助けてくれるなら、俺はもうあんな畜生共の依頼を受けなくて良いけどよ……でも、どんな医者にも治す事は無理だって、言われたんだぜ……」
「それは安心なさい。貴方の妹を救うのは、女神様なのですから」
「ハァ!?」
そう言って笑うカレンに、クロウさんは殺気のこもった目で睨み、怒気を孕んだ声で言った。
「そうやって貴族共は俺達平民をからかうんだよっ!俺の気持ちを弄んで、さぞ楽しいんだろうなっ!」
「他の貴族でしたら、そうかもしれませんわね。蓮華お姉様、そのお面、取って頂いて構いませんか?」
「うん、良いよ」
そう言って、つけていた狐のお面を外す。
「なっ……なぁっ!?」
開いた口が塞がらないのか、クロウさんは驚いた表情で私を見る。
「はじめまして、蓮華=フォン=ユグドラシルだよ。妹さんの所へ、案内してくれる?」
「……っ……っ……」
コクコクと、ロボットのように頭を上下するクロウさんに、皆少し笑ってしまっていた。