19話.一児の母
「それで、買い戻すよりも多くお金を手に入れてきた、と……」
「はい。これもカレン様とアニス様がお金を多く預けてくれたお陰です」
そう言って預かっていたお金を取り出し、カレンとアニスへと渡そうとしたニアさんに、カレンは待ったをかけた。
「ニア、今回預けたお金を結果的に使わず、増やした手腕お見事ですわ。今回増やした分の1000万ゴールドは、貴女の取り分となさい」
「えっ!?」
「聞けば、お子さんが居るのでしょう?これから学校に通わせたり、色々と出費があるはずです。その足しになさい」
「カレン、様……」
ニアさんは、受け取った小袋を胸にぎゅっと抱きしめる。
その瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。
「それと蓮華お姉様と話をしたのですが……ニア、貴女さえよければ、お子さんとこの館に住み込みで働きませんこと?」
「えっ……よ、宜しいのですか!?」
「こちらから提案しているのですから、勿論ですわよ。どうせ部屋は無数に余っておりますの。元々離れにある館は全て使用人達に開放するつもりだったのですわ。一番手のニアは、好きな所を選ぶと宜しいですわよ」
そう言ってウインクをするカレン。ニアさんは大きく目を開いてから、頭を90度下げてお礼を言った。
最敬礼の形だ。ニアさんは、心からカレンとアニスに忠誠を誓ったのかもしれない。
「それじゃ、アルマ君は私が連れてくるね」
「あっ……そんな、蓮華様の手を煩わせるような事は……!」
「良いから良いから。荷物もついでに持ってきてあげるね。『ワープ』」
ニアさんの家の場所は覚えているので、玄関近くへと『ワープ』で一瞬だ。
玄関より少し離れた位置に着いて、歩いて向かおうとしたら……家の前でアルマ君が数人の男女に囲まれていた。
もしや……!と思って近づいたら、思っていたのと違う展開だった。
「おいアルマ!これお母さんに食わしてやれ!」
「こっちも良いモン採れたからやるよ!母ちゃんに食わしてやりな!」
「う、うん!皆ありがとうっ!」
どうやら、ニアさんの為に家で採れた野菜等を持ってきてくれたみたいだった。
ゆっくりと近づいていくと、アルマ君が私に気付いて手を上げる。
「あ、お姉さん!」
「「「「!?」」」」
「やぁアルマ君、お母さんは無事就職が決まったよ」
「ホントに!?やったぁ!!」
飛び上がるくらい嬉しそうに、アルマ君は笑顔になる。
周りの人達も、なんとなく事情を察したようで笑顔になった。
「皆さん、ニアさんを気に掛けてくれてたんですね」
「あっ……いや、その。狐のお面をつけた変な奴がニアさんの家に出入りしてたから、悪い奴が来たのかと警戒しちまって……」
「それで時々、様子を伺ってたんです。アルマから聞いて、違うって分かって……すみません」
そう言って、皆頭を下げた。
うーん、良い人達だ。最初に感じていた視線は、そういう事だったのか。
なら、こちらも正体を明かさないと礼儀に欠けるよね。
私は狐のお面を外す。
「「「「「なっ!?」」」」」
「どうしたの?皆」
アルマ君だけは、きょとんとしていた。
「れ、れれれれ蓮華様っ……!?」
「ほ、本物っ!?」
「嘘っ……」
皆のこの反応は中々慣れないな……。
「自己紹介が遅れたね。蓮華=フォン=ユグドラシルだよ。立場がハッキリしてる方が、安心できるよね」
そう言ったら、皆が土下座した。
慌ててそんな事はしなくて良いと伝えたら、皆ゆっくりと立ち上がってくれた。
「アルマ君、ニアさんが就職した関係で、住み込みで働く事になったんだ。だから、お引越しだよ。荷物をまとめてくれる?」
「ホント!?分かった!少し待っててねお姉さんっ!」
そう言って、アルマ君は家の中へと駆けて行く。
待っている間、周りの人達からニアさんとアルマ君の事について聞いた。
なんでも、ニアさんはバーンズ伯爵家をクビになってから、他の仕事に就こうとしたが……体が衰え始め、立つ事すらやっとの状態になっていったそうだ。
見かねて定期的に野菜を届けたり援助をしていたそうだが、ついには食事も喉を通らなくなり……もう先は長くないだろうと、周りの人達も覚悟を決めていたそうだ。
助けてあげたかったが、自分達にはどうしようもなかったと、悔しそうに伝えるこの人達に、嘘は無いと思う。
「そもそも、バーンズ伯爵家がおかしいんだ!ニアさんが突然体調が悪くなったからクビなんてありえない!」
「そうだぜ!あの人は職務に忠実で、俺達みたいな平民にだって分け隔てなく接してくれる優しい人だってのによ!なんで助けてくれねぇんだよ!」
皆、色々と不満があるみたいだけど……この物言いだと、ニアさんって元は貴族だったりするのかな?
「でも神様は見捨てちゃいなかった」
「ああ。蓮華様が、来てくれた」
「蓮華様、ニアさんとアルマの事、宜しくお願いします」
ニアさんは頼れる人はいないと、あの時言っていたけれど。
そんな事は無かったんだね。ニアさんの人徳は、周りの人達に伝わっている。
「うん、任された。と言っても、雇い主は私じゃなくて、カレンとアニスだけどね?」
「「「「「!?」」」」」
皆が一斉に信じられないといった表情になる。
「か、カレン様とアニス様って……」
「い、インペリアルナイトマスターの、あの……」
「きゅぅ……」
「おいっ!?なんでお前が倒れるんだよ!?」
皆の反応が面白くて、つい笑ってしまう。
「「「「「女神様……」」」」」
そんな私を見て、そんな事を言う。勘弁してほしい。
「お姉さん!終わったよ!」
タイミングよくアルマ君が出てきたので、アルマ君の横へと行く。
「それじゃアルマ君、行くよ」
「はいっ!それじゃ皆、引っ越しだけど……また遊びに行くからね!」
「おお!ニアさんに迷惑かけるんじゃないぞアルマ!」
「ニアさんと、周りの方達に迷惑を掛けないようにね!」
「またなアルマ!」
「うんっ!」
良い人達だね。私は『ワープ』を使って、カレンとアニスの豪邸の前に着く。
「す、すごい。景色が一瞬で変わっちゃった……」
アルマ君はきょとんとして、周りをきょろきょろと見渡している。
その姿に苦笑しながら、中へと入って行く。
「アルマ……!」
「母ちゃん!」
ニアさんを見つけると、アルマ君はニアさんの元へと走って行き、抱きついた。
ニアさんもアルマ君を抱きしめる。
「お疲れ様ですわ蓮華お姉様」
「『ワープ』使っただけだから、楽ちんだよ。それより、バーンズ伯爵家なんだけど……やっぱりきな臭いね」
「そうですか……情報収集に長けた者も雇わねばなりませんね」
それを聞いていたニアさんが、話に割って入ってきた。
「あの、宜しいですか?」
「構いませんわ」
「ありがとうございます。その、私がヴィクトリアンメイドを務めていた時の伝手で、信頼できる者がおります。以前の私ではお金がなく、話を聞いて貰えなかったと思うのですが……カレン様とアニス様ならば……」
「ふむ……その者はお金を第一に考える者という事ですわね?」
「はい。情にほだされる事は決してなく、全てお金で動く者です。共に仕事を何度かした事があり、仕事という点において、信用できる者かと……」
「成程。では、面会の機会をくださるかしら?」
「畏まりました。すぐに手紙を出しますので、少々お待ちください」
「ああいえ、それは後回しで構いませんわ。まずは部屋を選んで、今日くらいはゆっくりなさい」
「あ……はい。ありがとうございます、カレン様」
そう真っ赤になりながら照れるニアさんは、一児の母とは思えないくらい、綺麗で可愛かった。