17話.ヴィクトリアンメイド
「「採用」」
「えっ……」
翌日、カレンとアニスにニアさんを紹介したら、面接に進む事もなく一発OKが出てしまった。
昨日はカレンとアニスにスマホで連絡したら、明日なら都合をつけられるとの返事を貰った。
それをニアさんに伝えたらいつでも大丈夫ですと言ってくれたので、そう返事をしておいた。
魔法で体力を回復させたとはいえ、今まで体調が悪かったんだから、胃に重い食事はきついだろうと思って、台所を借りて薬膳料理を振るわせてもらった。
食材はアイテムポーチの中に沢山保存してるからね。
「美味しい、凄く美味しいです……!」と涙を浮かべながら喜んでくれて、こちらとしても嬉しかった。
薬膳料理って基本そんなに美味しいと思わない(個人の感想だよ)んだけど、それでも美味しいと思ってもらえたなら良かった。
アルマ君も残さず食べてくれた。一応、明日の朝食分も作り置きしておいた。
ニアさんが恐縮しっぱなしだったけど、乗り掛かった舟だから気にしないで欲しい。
それからその日はそれで別れて、私も家に帰った。
ソファーに寝転びながら、その日の事をアーネストと話し合う。
アーネストは学園に行っていたらしい。学園長と話があったそうで、そのついでに生徒会メンバーの様子を見に行ってたと。
まぁアーネストはアーネストで今の生活を満喫しているようなので、こちらはこちらで満喫させてもらおう。
「あ、そうだ蓮華。照矢達と作った遊園地あるじゃん?あっこのすぐ横に海のようなプール作って、皆で遊ばねぇ?もうすぐ火の歴だし、ひと月の間暑くなるしさ」
「海のようなプールねぇ……そこは海じゃダメなのか?」
「森林に囲まれた水がある場所って、湖って感じになるじゃん」
まぁ、確かに。とりあえず深く考えずにオーケーしておいたので、近々プールで遊ぶことになりそうだ。
遊園地も照矢君達と遊んで以降、大精霊達の遊び場と化してしまっているのだけど。
話が逸れてしまった。
それから再度ニアさんに会いに行くと、ニアさんはメイド服を着ていた。
家にはもう何も無いのだそうだけれど、この仕事着だけは大切に保管していたのだそうだ。
自分が亡くなったら、生活費の足しになるよう、売るように伝えたメモを挟んでいたらしい。
「受かるかは分かりませんが、蓮華様が折角紹介してくださるのですから……全力で面接に挑ませて頂きます」
まるで今から死地に向かう戦士のような表情で、そんな事を言うニアさん。
そ、そんなに重く受け取らないで良いんだけどな……。仮に受からなくても、まだ他にも紹介したい仕事はあるし。
アルマ君はお家で留守番をしてもらい、ニアさんと二人で家を出る。
「行ってらっしゃい母ちゃん!お姉さん、母ちゃんを宜しくお願いしますっ!」
そんな可愛い事を可愛い表情で言ってくるアルマ君がとても可愛い。
これはニアさんが大切に育てているのも納得だよ。
「ええ、行ってきますアルマ。お留守番しっかりね。何もない家だけど、もし誰かが押し入って来たら、大声を出しながら外へ逃げるのよ」
「うん!」
そんな物騒な話をする親子に苦笑する。確かにこの家は、スラム街とまでは言わないけれど、ボロボロの家が多い場所にある。
時折こちらをチラチラと覗く人達が居るけど、視線を移すとすぐに身を隠してしまう。
まぁ気にはなるけど、気にしても仕方がない。
こういう人達の生活が少しでも良くなるように力を尽くすのが国の役目だ。
そうして歩く事少し。メイド服のニアさんが多少目立っていたけど、狐のお面をつけた私が横に居るので、そうでもないかもしれない。
「あの蓮華様、どちらへ向かっているのでしょう……?」
「ふふ、会ってからのお楽しみだよ」
「は、はぁ」
困惑しているけど、サプライズって大事だと思うの。
というより、ニアさんの驚いた顔が見たいと思っただけなんだけども。
というのも、ニアさんはたった一晩で見違えるほどに綺麗になった。
痩せこけていた体も少し肉が付き、肌も艶が出ている。
ツクモソウの効果ってかなり凄かったみたいだ。
そんな人がメイド服を着る事により、とても美しくなっていたのだ。
よく漫画とかで見た丈の短いスカートではなく、足が完全に隠れるくらいに長いロングスカートだ。
清楚な感じがしてとても良いね。
そしてカレンとアニスの豪邸前に着いたので、ラインで連絡する。
すぐに既読になって、「すぐ行きます」と返事が来た。
それから1分も経たずに扉が開き、二人が現れた。
「えっと、こちらがニアさん。スマホで伝えた人だよ」
「ニアでございます。この度は……」
「「採用」」
「えっ……」
と、いう状態で。
「まだ面接もしてないよね?」
「いえ、この方の事は知っております蓮華お姉様。同じ名前の違う方だといけないので、会うまでは言えませんでした」
「です。ニアさんは、バーンズ家のヴィクトリアンメイド、だったです」
ヴィクトリアンメイド?ってなんだろう?
頭にクエッションマークを浮かべる私に、苦笑しながら説明してくれた。
「ふふ、侍女……この場合メイドですが、メイドにも役割によって呼び名があるのですわ。まずハウスキーパー、メイド長とも言いますわね。メイドの仕事に必要な鍵の管理や屋敷の管理など、ありとあらゆる事の全ての責任を負うメイドですわ」
「です。次にレディースメイド、こちらは女性の一切の身の回りの世話をするメイドです。他には女主人の宝飾品の管理なども行います、です」
「その他にも色々とありますが、一般的な侍女はハウスメイドと呼ばれますわ。特にこれといった専門担当を持たず、その名の通り、家中の仕事をある程度こなす最も一般的な種類のメイドですわね」
成程……私のイメージにあるのは、そのハウスメイドだろうね。
あれ?でもそれならヴィクトリアンメイドは?
「そしてヴィクトリアンメイドとは、戦うメイドなのですわ」
「た、戦う、メイド?」
「です。バーンズ家当主を護衛する為、常に傍に控えていたのを、見かけました、です」
「蓮華お姉様なら、シリウス卿の家で見かけた事があるのではありませんか?確かあの家はヴィクトリアンメイドが多かったはずですわ」
あ、ああ!あの凄い腕の人達。あぁ……あの人達、そういう……変な事で内情を知ってしまった。
「そして、そんな戦うメイドの中でも特に強者に贈られる称号が、アナザーワン。魔装具に認められ、どんな魔法をも無効化する装備を身に纏う最強のメイド。そのアナザーワンの一人が、ニアさんなのですわ」
な、なんだってー!?驚かすつもりが、こちらが驚かされてしまった。
ニアさんを見ると、照れながらも否定はしなかった。
「というわけで、採用です。むしろ、よく来てくださいましたわ」
「貴女には、家政婦、つまりメイド長を任せ、ます。まだ、下の者はおりませんが、おいおい増やし、ます」
「畏まりました、これから宜しくお願い致しますカレン様、アニス様」
そう言ってカーテシーをするニアさんは、とても美しい姿だった。
にしても、ニアさんがそんな凄い人だとは思わなかった。
人は見かけによらないね。
「玄関で長話もなんですわね。どうぞ中へ」
カレンに言われて、私達は中へと進む。広い庭園が続いていて、よくこの距離をあんなに早く出てくれたね。
「そういえばニアさん、魔装具はどちらに?いつもはメイド服の上から纏っておりましたわよね?」
「私の事はニアと。魔装具ですが、生活費の足しに売ってしまいました」
「「なっ!?」」
二人は心底驚いたようで、固まってしまった。
「金貨300枚になりましたので、大分生活の足しには……」
「それぼられてますわっ!大分ぼられてますわよ!?」
「あの魔装具なら、金貨1000枚でもくだらない、ですっ!」
「そ、そうなのですか?何分、価値には疎くて……バーンズ家の家老の方から紹介された人だったので、良くしてくれたのだろうと……」
ニアさんは人が良いから、疑わなかったんだろうな。
それより、バーンズ家か……何かきな臭いな。
「ヴィクトリアンメイドの魔装具は、他の者が扱う事は出来ないのですわ。だから、コレクション目的に手に入れただけのはず。なんとしても取り戻しますわよ。アニス」
「はい、少しお待ちくださいカレンお姉様」
カレンがアニスを見つめて頷くと、アニスは奥へと消えた。
そうして少しその場で待っていると、大きな白い袋を抱えたアニスが戻ってきた。
ゴトンと大きな音を立てて、地面に置かれた大きな袋。
これ、もしかして……
「ニア、ここに金貨100万枚ありますわ。これで貴女の魔装具を買い戻してきなさい」
「ひゃ、ひゃくまっ!?い、頂けません。そんな金額、私にはお返しする事が……」
「あら、勘違いしないで欲しいですわ。これは私が買いますの。ただニアには貸してあげるだけですわ。まぁ、どうしてもというなら?これからのお給金が貯まったら、打診してきなさい。貴女になら考えなくもないですわ」
「カレン様……」
そう言って頬を赤く染め、照れながらそっぽを向くカレン。
ああ、可愛いなぁって思ったの私だけじゃないらしく、アニスもまた優しい表情でカレンを見ていた。
にしても、金貨100万枚か。金貨1枚1万ゴールドだから、100億ゴールドかな?間違ってたらあれだけど、とてつもない金額だ。
そんな大金がポンっと出るとか、インペリアルナイトって超高給取りなんだね……。
「さぁニア、貴女の最初の仕事ですわ。貴女の魔装具を取り戻して来なさいな」
「はいっ!カレン様!」
そう言って深々と頭を下げるニアさん。
私も付いていこうかな?と思ったけれど、ニアさんに「これが私の初仕事ですから」とやんわり断られてしまった。
そう言われたら何も言えない。私の用件はこれで終わりなんだけど、そもそもメイド長になるくらい優秀なニアさんが、何故クビになったんだろう?
いや体調が悪くなって働けなくなったから、なら仕方ない気はするけど。
でもそれなら、彼女の体調を治そうとはしなかったんだろうか。
ツクモソウが高級薬草とはいえ、貴族なら買えない金額じゃないだろう。
「蓮華お姉様、少し良いですか?」
ニアさんが金貨袋をアイテムポーチに入れ、この場から去った後。
カレンが声を掛けてきた。
「どうしたの?」
「ニアさんの事ですが……彼女は、先程お伝えした通り、バーンズ家の筆頭家政婦でした」
「その、使用人の階級っていうのかな、そういうのに疎くて……教えてもらっても良い?」
そう言ったら、嫌な顔もせずにカレンは教えてくれた。
「分かりました。まず貴族には上級使用人がおりまして、執事、家政婦、従者、侍女、料理長までの事を指しますわ。執事は男性使用人を取り仕切り、家政婦は女性使用人を取り仕切っております」
成程……。今までなんとなくしか知らなかったので、そう説明されると分かりやすい。
「そして下級使用人は、御者(馬回り)、料理人、庭師、従僕、女中となります。他に小間使いがありますが、使用人ではありませんわ。小間使いは小間使いでお手伝いのような立場ですわね」
ほへぇ。貴族ってたくさんの人を雇わないといけないんだなぁ……そりゃお金多く必要なわけだよ。
それだけの人達を養わないといけないんだから。
「ニアさんは、そこの一番上の立場の使用人だったって事だよね?」
「はい。そのような方が、クビになるなど本来ならあり得ませんわ。それこそ、余程の事をした場合であれば分かりますが……ニアがそんな事をしたとは、とてもではありませんが思えません」
「うん、それには同意見」
ニアさんは真っ当な感性を持っていると思う。その余程の事、がどんな事かは分からないけれど……ニアさんがそんな事をするとは思えない。
「パーティで集まった時、いつからかバーンズ家当主の護衛がニアから変わっておりました。その者は、いつもはニアの後ろに居た者でした。時折、凄まじい形相でニアを睨んでいたのを見かけましたわ」
「超怪しくない?」
「超怪しいですわね」
「超怪しいです」
三人で見つめ合い、少し笑う。
「カレン、アニス。ちょっと調べてもらっても良い?」
「はい、そうするつもりでした。とはいえ、ニアが望まなければ何もするつもりはありませんが」
「うん、それで良いと思う。ただ、彼女が復帰して、何かに巻き込まれるような事があったら……その時は許さない」
私の言葉に、二人も頷く。
さて、ニアさんはちゃんと魔装具取り戻せるかな?