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16話.母と息子

「母ちゃん!薬を持ってきたよ!」

「ゲホッ……ゴホッ……アル、マ……」

「母ちゃんっ!?」


 家の扉を開け、元気よく帰ったアルマ君に、嘔吐するのを手で押さえながらも、女性はアルマ君へ微笑みかける。

 その手からは、赤い血が零れ落ちている。

 いけない、彼女の体は限界だっ……!


「間に合って、良かった……最後に、アルマの顔を、見れて……」

「母ちゃん!何言ってるんだよ!薬、持ってきたんだよ!これで、治るんだよ!」

「ゴホッゴホッ……ごめん、ね、アルマ……まだ幼い貴方を……残して、天に召される事……ゴホッ……ゆるし、てね……」

「母ちゃんっ!?」


 私は一も二も無く、彼女の隣へと近寄り、回復魔法を掛ける。


「え……?」

「お姉さんっ!」

「さ、アルマ君。私がアルマ君のお母さんの体力を回復させてるから、その間にその薬を」

「あ……うん!母ちゃん、これ飲んで!ツクモソウで作ったジュースだよ!」

「ツクモ、ソウ!?そ、そんな高い薬草を、どうやって……」

「良いから、飲んでくれよ母ちゃん!」

「わ、分かったわ……ンクッ……ゴクッ……にがぁい……」

「母ちゃんっ……顔色が……」

「……うそ……ずっとあった、体のだるさも、痛みも……消えて……」

「母ちゃん!」

「ああ、アルマッ……!」


 青を通り越して、白くなっていた彼女の顔色が、赤みのある肌色へと変わる。

 ぎりぎり、間に合ったみたいだ。後ほんの少しでも遅ければ、彼女は手遅れだったかもしれない。


「あの……!蓮華様、本当に、本当にありがとうございます……!」

「あれ?母ちゃん、お姉さんの事知ってるの?」

「ええ、知ってるわ。大人で知らない人は、きっと居ないくらい、有名な方よ」

「そうなんだ……?あ、そっか!Sランクの冒険者だもんね!流石だなぁお姉さん!」

「ええと、それも凄いけどねアルマ。そうじゃなくて……。!!……うん、そうね」


 彼女に向けて、人差し指を自分の口の前に持って行き、しーっとジェスチャーをしたら、彼女は頷いてくれた。


「蓮華様、この度は本当に、本当にありがとうございます」


 彼女は目に涙を浮かべながら、頭を下げた。


「私はこれから、先に旅立った夫の元へ行くのだと思っておりました。幼いこの子を残して行く事だけが、心残りでしたが……頼れる方もおりませんし、諦めておりました。ですがきっと、まだこちらに来るべきじゃないと、夫が言ってくれたのだと思います。このご恩は、一生をかけて返させてください。我が家には、金目の物はありません……ですから、これからまた働いて、不足分も必ずお返しいたします」

「えっと……」

「母ちゃん!?不足分って、どういう事!?」


 驚いたアルマ君が、彼女へと抱きつきながら顔を上げた。


「アルマ、よく聞きなさい。ツクモソウは、最低でも金貨百枚は必要な、高級薬草なの。うちにそんなお金あるわけがないし、アルマが一生懸命貯めたお金も、多分金貨一枚もないでしょう?」

「き、きんかひゃくっ!?た、確かに受付のお姉さんも売った方が数百倍になるって……で、でも!僕のお小遣いをかき集めて、一万ゴールドにはなったんだ!それで依頼して……!」

「ええ、私の事を想ってしてくれた行動は本当に嬉しい。ありがとう、アルマ。でもね、普通なら……そんな依頼は誰も受けてはくれないわ」

「ど、どうして?」

「アルマ、冒険者の皆さんは、時に命がけで依頼を受けてくださるの。それは決して慈善事業じゃないの。私の命を助ける為に、見ず知らずの人の命を軽んじていいわけがないの」

「あ……」


 アルマ君は、見るからにシュンと項垂れてしまった。

 良いお母さんだと思う。そして、その言葉を理解したアルマ君も。

 だから、助け舟を出す事にした。


「そうだね、今回は運が良かった。それこそ、彼女の夫さんの導きだったのかもしれないね。アルマ君、君の気持ちは尊いものだよ。大切にしてほしい。お母さんも、その気持ちに対してはお礼を言っていたでしょ?」

「う、うん」


 アルマ君は私の方を真剣な表情で見てきた。

 言葉を選びながら、続けて伝える。


「でもね、皆が皆良い人ってわけじゃないし、中には利用してくる人だっている。例えば、お母さんは難しいからと、アルマ君を利用するとかね。高利でお金を貸すとかする人も出てきたかもしれない」

「っ……!」

「お母さんを助ける為に、アルマ君はなりふり構わずに損な取引だって受けたんじゃないかな?」

「うん……きっと、母ちゃんが助かるならって……」

「その気持ちはとても尊いものだよ。だから……これからは、自分の力でも守れるように、強くなろう」

「強く……?」

「そう。お母さんと自分を守れるように。強さには色んな強さがあるけどね。冒険者のような単純な力だけじゃなく、ね」


 アルマ君の頭へと手を置き、ポンポンと叩く。

 くすぐったそうにするけれど、その手を払う事は無かった。


「それでえっと、アルマ君のお母さん」

「あ、申し遅れました。私の名はニアと申します」


 そう言って深々とお辞儀をする。彼女からは芯の強さと、貴族然とした風格を感じる。


「ありがとうございます。それでニアさん、さっきの……」

「はい。この体調でしたので……恥ずかしながら仕事はクビになりまして……国からの生活保護でなんとか食べておりました。ですがこれからは、また仕事を探して、足りなかった金額をお返ししていきたいと……」

「それなんだけどね。私は一万ゴールドで依頼を受けて、そのお金も受け取った。だから、それ以上は要らない」

「で、ですが……!ツクモソウの調合も、お金が掛かったはずで……!」

「それなら問題ないよ。私錬金術も出来るから、ささっと作ったからね」

「……」


 ニアさんは開いた口が塞がらない感じで、ポカーンとしてしまっている。


「それでね、今無職、なんだよね?」

「え?あ、はい。その通りです」

「多分なんだけど……ニアさんって、以前は貴族の館で働いていたって事、ない?」

「は、はい。以前はバーンズ伯爵家の元で、侍女を務めておりました」


 よし、想像通りだ。なら後は人格的な問題だけど、これは大丈夫だと踏んでいる。だって、ね。


「ねぇアルマ君、お母さんは好き?」

「勿論!大好きだよ!母ちゃんは時々怒るけど、それは僕が悪い事をした時だけだもん!」


 うん、これだけ子供に好かれてるお母さんが、悪い人なわけがない。

 アルマ君だって純粋な子だ。そして、なによりも大切なお母さんの為に、必死だった。

 この子なら、きっと大丈夫。


「そっか。ニアさん、折り入って相談があるんだけど」

「相談、ですか?元より、蓮華様の仰ることに否はありませんが……」


 ちょっと戸惑った感じでニアさんが言うが、安心してほしい。


「最近新しく出来た貴族家があってね?そこの侍女になってみる気、ない?」

「え?」


 カレンとアニスの家には、まだ誰も使用人を雇っていないと聞いた。

 なので、余計なお世話なのは覚悟の上で、彼女を雇ってみないか聞いてみようと思ったのだ。

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