10話.身近な人が凄かった件
「なぁ蓮華、アーネスト。お前達は何故あの訓練場でずっと案山子相手に攻撃しているんだ?」
「「っ!!」」
飲み込もうとしていた野菜が途中で詰まったので、水で流す。
アーネストも同様に飲み物を飲んでいた。
まぁ知り合いなら聞いてくると思っていたけどね。
他の人達は、なまじ私達の事を知っているだけに、遠慮しているというか、話しかけてはこなかったからね。
遠巻きに見ている人達は多かったけど、それもずっと見ているような事はしなかったし。
「ちなみに、すでに動画で話題になっていたぞ。ずっと案山子を攻撃している二人って題名でな」
「「ぶっ!」」
まさかあんな姿を動画で撮る人が居るとは。というか無許可で配信とか絶許なんですけど?
「ちなみに、ユグドラシル社で契約を締結している美月トウカが独占動画として撮っていたぞ。『ずっと同じ作業ですけど、お二人の姿をずっと見れるなんて至福ですぅ……!』と言っていたな」
トウカちゃんさぁ!いやすっごいリアルに想像できたけどね!
というか近くで見てたなら話しかけてよ!いや手は離せなかったけれども!
「まぁ隠すつもりもねぇし、後から挽回も出来るこったしな。話して良いよな蓮華?」
「勿論」
にこやかに頷いて、アーネストがアテナへと説明する。
母さんと兄さんはいつも通りニコニコとその姿を見ているし、アリス姉さんは静かに話を聞いていた。
クロノスさんがさりげなく入れてくれたコーヒーがとても美味しい。
そして、アーネストの説明が終わった所で、アテナが悔しそうな顔になった。
「くっ……そんな事があったとは。道理で職業レベルが中々上がらないと思ったが……!」
「今なんぼまで上がったんだ?」
アーネストはエビフライを半分ほど口の中に放り込んで、アテナへと質問した。
「ベースが18、職業が3だ」
「「ぶっ!?」」
「アーちゃん!レンちゃん!」
「ご、ごめん母さん!いやでも、ベースのレベル上げが早すぎるだろっ!」
一体どれだけモンスターを狩っていたのか。
いくら序盤はベースレベルが上がりやすいといっても、18は尋常じゃない。ずっと狩り続けていても15に到達すれば凄いレベルなのに。
「すぐ傍の森でレア個体に会ってな。ソロ撃破で称号と結構な経験値が貰えたんだ」
「「あぁ!」」
居たなぁ、そんなモンスター。
あのモンスター、攻撃力がとんでもないので、一撃でも貰えばこっちが即死するレベルだ。
適正レベルは確か20だったと思う。
「PS高すぎだろアテナ……」
「PSってなーに?」
今まで黙って聞いていたアリス姉さんが、アーネストの言葉に首を傾げる。
「ああ、プレイヤースキルって言って、言っちゃえばステータスとかに頼らない、自分の腕の力って事だね」
「成程ぉ……私、最初の街で皆と戦いまくってたから、レベルは全然上がってないんだけど、職業レベル?っていうのは、もう6くらいまで上がったよ!」
「「!?」」
ここにとんでもプレイをしてる人が居た。
ずっと見かけないなと思っていたら、アリス姉さんはPVPをしていたようだ。
PVPとは、プレイヤーVSプレイヤー、要はユーザー同士の対戦だ。
専用のフィールドがその場に出来上がり、1対1の戦いが出来る。
これは街の中専用で、街の外では出来ない。
対戦ルールは色々と設定できるけど、それは置いておこう。
大事なのは、これもベース経験値は入らないけれど、職業経験値だけは入る仕様だ。
案山子を攻撃するよりは速度は落ちるものの、楽しみながらという点では最高の経験値の稼ぎ方だと思う。
「アリス姉さんはちなみに、職業何にしたの?」
「えっと、最初は格闘家にしてたんだけど、途中で踊り子に転職っていうの?して、その後に戦士にして、その後シーフっていうのにして、商人とか魔物使いとか、色々とやってたら、なんか増えてたからそれにしたの。レンジャーだったかな?」
「「ぶはっ!?」」
レンジャーは確か、シーフ、魔物使い、商人の職業レベル5で成れる上級職の一つだ。
職業レベルは確かに5までなら、案山子やPVPでなら割と早く上げれるとはいえ……何の情報もなく、ただ楽しみながら上級職になってしまっているアリス姉さんに驚きを隠せない。
ちなみに、職業レベルの補正は転職しても引き継ぐ。
例えば戦士レベル10まで上げた時の、STR+18、VIT+9はそのままステータスに補正されて次の職業になる。
なので、色々な職業を経験しているアリス姉さんは、かなりステータスが高いだろう事が予想できる。
「レンジャーなら、そのままレベル上げても大丈夫だよアリス姉さん。力はあまり上がらないけど、その代わりにDEXとLUKが上がりやすくて、クリティカル特化になると思う」
「クリティカル?」
「えっと……敵の防御力を半減して、ダメージを2倍にする効果だよ。LUKが低いと、ほとんど出ないよ。どれだけ低くても、0.1%の確率で出るって書いてはあるけどね」
「ほへー」
きょとんとしているアリス姉さんが可愛い。というか、何も話していないのにアリス姉さんが一番効率よく職業をレベルあげていた件について。
「くっ……蓮華とアーネストはともかく、アリスティアまで……!こうしてはおれん!私も職業経験値を稼ぎに行かなくてはっ!」
そう言って、アテナは足早に自分の家へと向かう。クロノスは一礼してから、その後を追った。
「かなりハマってるのねぇ……」
「ふむ……まぁ退屈していないのなら何より」
ずずずっとお茶を飲みながら、のんびりとそれを見送る母さんと兄さん。
二人はユグドラシルオンラインはしていないようだ。
「ごちそうさま。私も部屋に戻るよ」
「俺も!」
「私もー!」
「皆、ちゃんと寝るんだよー?」
母さんの言葉に、曖昧に答える事しか出来ない私とアーネストだった。
にひひと笑っているアリス姉さんを見て、これは寝ないんじゃないかなと思ったのは秘密だ。