232話.ゴエティアとの決着
白い大地に、私と初音の足跡が刻まれる。
一歩、一歩、確実に距離を縮める。足に力を入れれば、雪を踏んだ時のように、ジャリという音がする。
「クス……蓮華、本当はもう少し楽しみたいのですけれど……どうやら時間切れのようですわ」
「え……?」
残り数歩で、肉薄するという所で……初音が残念そうに言った。
「ぐっ……ちっ……流石に、私でも飲み込みきれませんでしたわね……」
「初音、もしかしてお前……!」
最初から、おかしいこと続きだったけれど。
『ええ。私としても……アレは許せませんの。だから、協力致しますわ。終われば、ここは去りましょう。約束致しますわよ蓮華』
初音は私に協力すると言った。そしてそれが、今も続いている上での、初音の行動だとするのなら。
「フフッ……少しだけ予定が狂いましたわね。まさか、ここまで……強力、だとは。蓮華、私の体内で大幅に削りましたけれど……これ以上は、私も理性を保てそうにないですわ。だから、放出致しますわよ?」
「!!」
やはり、そういう事か。初音は最初から、裏切ってなんかいなかった。
ずっと、魔剣ゴエティアの力を削いでくれていた。
「なぁ初音、一つ疑問なんだけど……どうして戦う必要があった?」
「クス……そんな事、決まっていますわ」
初音は初めて出逢った頃のように、妖艶に……美しく微笑んで
「ただの退屈凌ぎですわ」
あの頃と変わらず、そう言った。
「それでは出しますわよ。そろそろゼクンドゥスも闇から解放されたでしょう。蓮華、後は任せますわよ?」
「全く、ずっと体から出てる魔力は、本当の意味で抑えきれてない部分だったんだな?」
初音は意味深に笑い、手を翳す。瞬間、竜巻のように黒い何かが放出された。
「グォォォォッ!おのれぇぇぇっ!この我を、よくもコケにしてくれたなっ!」
全身が真っ黒の人の形をした何かが、そう叫んだ。
「魔剣ゴエティアだな?」
「!!……貴様の事は覚えているぞ!忌々しい神々めがっ……ここで会ったが最後、貴様を取り込んでくれる!」
「そうはさせねぇぜ?」
「そうそう、お前はここで消えちゃうからねー!」
「フ……このゼクンドゥス、受けた借りは返す主義でな。ここは一時共闘と行こうではないか蓮華!」
アーネストにアリス姉さん、おまけにゼクンドゥスまでもが、私の前に立った。
「クス……ゼクンドゥス、貴方はこちらに来なさいな」
「む……?何故だ初音」
「また取り込まれたくはないでしょう?」
「この俺が、あのような不覚をまたとるとでも?」
「ええ、今の貴方は抵抗力が0に等しいのですわ。アリスティアの秘術の弊害と思いなさいな」
「!!」
「……すまぬ蓮華。借りは返す主義なのだが、今回は下がらせてもらう。お前達の邪魔になるのは、本意ではないのでな」
そう言って、ゼクンドゥスは初音の隣へと移動する。
まぁ、うん。元々二人とも敵なわけで、邪魔をしないだけ儲けものと思おう。
「初音……貴様に受けた屈辱、万倍にして返してやるぞ!」
「あらあら……お山の大将が何を言っても、何とも感じませんわね」
「何ぃっ!」
「まぁ、その三人を倒す事が出来たなら……相手をして差し上げても良くってよ?」
「良いだろう、そこで見ておくが良い!こいつらを倒したら、貴様は我が時間をかけて舐り殺してくれるっ!」
なんだろうこの気持ち。
どっちが悪の大将か分からないんですけど。
まぁ、やる事は変わらない。
「アーネスト、アリス姉さん。初音はあのゴエティアの力を大分削ってくれてる。後は、私達の番だ」
「!!……成程、そういう事かよ。ったく、素直じゃねぇ奴」
「あの初音が本当にー?むー、信じられないけど、先にやる事やっちゃわないとね!」
右隣にアーネスト、左隣にアリス姉さんが居てくれる。
それだけで、心がこんなにも強くなる。
負けない。負けるわけがない。
「行くぞ、ゴエティアッ!」
私達は三人、一斉にゴエティアへと飛び出す。
「フン、この我が貴様らなんぞにグァァァァァッ!?」
「「「え」」」
恐ろしく簡単に、体を引き裂けてしまった。
まるでバターに熱した刃を入れているかのような軽い感触で斬れてしまい、戸惑う。
アーネストとアリス姉さんまで、信じられないと言う顔をしている。
「クスクスクス……私の毒に包まれて、元通り戦えると思っておりますの?」
物凄く悪役顔で笑う初音に、私達は軽く引く。
味方だととても心強いんだけども……。
「ば、馬鹿なっ……この我の防御力が、ゼロどころかマイナス、だと!?」
もしかして、ゴエティアは自身のステータスが見えるのだろうか。
でなければ、数値の概念は出ないはず。
「しかも、常時体力減少魔力衰退、だと!?貴様、どんな肉体をしているのだ!?」
ゴエティアが驚きつつもどこか恐れているような表情で、初音へと視線を向ける。
初音はクスクスと笑いながら、もう興味を失ったかのように言った。
「貴方に答える気はありませんわ。蓮華やアーネストのように、もう少し魅力的になってから出直しなさいな」
「なっ!?」
私とアーネストは顔を見合わせる。
プルプルと震えながら、こちらを睨んでくるゴエティアにどう反応を返せば良いのか。
「なんか、やりづれぇな蓮華」
「分かる」
なんて小声で言い合う。でも、初音が作ってくれたチャンスを、逃すわけにはいかない。
私は体内の魔力を最大に放出する。
「「「「「!!」」」」」
私は初音にスロースターターと言ったが、あれは嘘じゃない。
別に力がしり上がりに上がっていくとか、そういうわけじゃない。
準備体操をしておけば、動きで使う筋肉を温め、関節可動域を確保できる。
これは普段使っていない筋肉は柔軟性が低い為、怪我をしやすくなるからだ。
これと似たようなもので、魔力だって最初から多く使えば魔力回路が傷ついてしまうんだ。
だから、大きな魔力を急に使うのではなく、先にいくらか使っておいて魔力回路を強くする必要がある。
私は魔力の量が神界最強と呼ばれているユグドラシルと同じだ。
でも、使うのはユグドラシルではなく私。だから、制御する力に雲泥の差がある。
つまり……初音と戦う事で、今の私は最高の力を扱う事ができるようになった。
「クス……素晴らしいですわ。その力、流石はユグドラシル……いえ、蓮華だからこその力」
初音の言葉が意外に思えた。
何故、言い換えたのか分からない。この力は、ユグドラシルの力で合っているのに。
「ったく、せっかく一緒に戦おうと思ったのによ。しゃーねぇ、やれ蓮華!とどめ、さしちまえ!」
「あははっ!いっけぇ蓮華さん!」
アーネストの仕方ないと苦笑した後の爽やかな笑顔を見て、アリス姉さんの明るい笑顔の声援を受けて、私はゴエティアへと視線を向ける。
「ぅ……くぅっ!き、貴様のその力、何故貴様にそれ程の力がっ……!」
ゴエティアは最初の威勢はどこへやら、かなり怯んでしまっている。
でも、それも仕方のない事かもしれない。
ただでさえ初音の力で大幅に弱体化している所に、神界最強のユグドラシルの魔力を肌で感じたのだから。
おまけに私の後ろには初音が控えているという事実。
勝ち目はないと、理解しているだろう。
「完全に、消すよゴエティア。今のお前はやっていない事だけど……お前は、絶対にやっちゃいけない事をやったんだ」
「な、何?」
今のお前は知らないだろう。私を助ける為に母さんと兄さんがその身を差し出した。
私を助ける為に、アーネストが、ノルンが、操られた。
私の為に、アリス姉さんが死んだ。
そんな未来を、生きた私が居る。
「許すものか。絶対にね。……消え去れ、ゴエティア!」
「死なぬっ……我は、我は魔剣ゴエティア!王なる……」
籠手の状態のソウルからも魔力を引き出し、両手を前に。
龍の口にように、右手を上に、左手を下に添える。
「『エレメンタルブレイカー』!!」
私の魔力回路を凄まじい魔力の波が通り過ぎる。
雪崩のように魔力が心臓から肩、腕、手へと流れる。
そして行き場を失った魔力が、手より放出される。
ダムが決壊したかのように、凄まじい勢いで流れ出す。
「ぐぁぁぁぁっ!!そん、な……ばか、なぁぁぁぁっ……!うおおおおおぁぁあああっ……!!」
全属性の魔力を凝縮させた、魔力砲。私にしか扱えない、ユグドラシルの秘術の一つ。
『エターナル』で力を増幅させた二段構えだ。
先程まで存在していた闇の塊が、『エレメンタルブレイカー』によって完全に消滅した。
これで、終わり……かな。
パチパチパチパチ
後ろで、初音が笑顔で手を叩いていた。
「クス、素晴らしいですわ蓮華。本当ならここで第二戦と参りたいのですけれど……」
「「……」」
その言葉と同時に、アーネストとアリス姉さんが私の前へと出る。
初音はニコリと笑って、それを制す。
「約束ですもの。ここは引きますわ。ゼクンドゥス、約束の物、頂きに参りますわよ」
「あ、ああ。分かった。ではな蓮華、また会おう。そしてアーネスト、アリスティアよ。救ってくれた事には礼を言う。一度だけ何かの形で借りは返す」
そう言って、初音とゼクンドゥスが消える。
「え、あれって『ポータル』じゃないよね?どうやって!?」
「世界が違うのに、全く初音は……ここでとどめさせなかったの、本当に惜しい事したかもね。あれでかなり体力減ってたし」
なんてアリス姉さんが真顔で言うので、苦笑するしかない。
「はぁぁ……結局、美味しい所は全部蓮華と初音に持ってかれちまったなぁ」
溜息をつきながら座り込むアーネストに笑う。
「あはは。まぁ、お前にはこの後があるじゃん?」
「後ぉ……?……ああ、そうだったな!」
リヴァルさんとの約束を思い出したのか、アーネストが元気になった。
私は、行けないからね。そこでアーネストには活躍してもらおう。
とりあえず、母さん達に報告しないとね。
私達はゆっくりと、この世界の出口へと向かうのだった。