227話.突入
「ふふーん、一度言ってみたかったのよねぇ、このセリフ!」
凄く満足げにそう言う母さんに、言葉も無い。
「クスクス、貴女は大分変わりましたわね」
今まで妖艶な表情をしていた初音が、ほんの少し……ほんの少しだけど、楽しそうにそう言った。
「初音……貴女がまさか協力するなんて、天変地異の前触れかしら?」
「クス。ただ、惜しいと感じたまでですわ。それは、貴女なら言わずとも分かりますわよね」
母さんと初音が、にらみ合う。見えないけど、視線でバチバチと雷が出ているかのような威圧感を感じる。
ハブとマングースみたいなあれだ。龍と虎の方がカッコイイかな?いやまぁそんな事はどうでも良いんだけれども。
「と、とりあえず!えっと、まずは役割分担をしようよ!」
「そ、そうだな!」
私の場をまとめる発言に、アーネストが食い気味に乗ってくれた。
「なら、この世界に侵食しているギリギリ外側までを切り離すのは俺がやろう」
そうオシリスが言ってくれる。だけど、それはかなり難しい行為だと思う。
魔物を倒すのとは違うんだ。
「良いの?」
「構わん。だが、これで借りは無しだ」
そう言うオシリスに、私は頷く。
何に対しての貸しかも分からない貸しで、オシリスが力を貸してくれるなら安いものだ。
「異空間の創造は任せてね。そこで戦う事になるだろうから、私は維持で中には行けないのが残念だけど」
「切り取った場所を戻すのは私が行いましょう。ただ、魔剣ゴエティアが消滅する前に戻しては、再度魔剣ゴエティアが次元を超えて転移してくる可能性がありますからね。行うのは魔剣ゴエティアが消滅した後になります」
母さんと兄さんの言葉に、私達は頷く。
「それじゃ、魔剣ゴエティアと戦うのは……」
「当然俺は戦うからな蓮華!」
「ふふ、私も協力すると言った手前、行きますわ蓮華」
「今回は私も行くよ蓮華さん。初音が裏切らないとも限らないからね!」
「アリスティアは疑り深いですわね」
「当然でしょ!」
「あ、あはは……」
アリス姉さんと初音のこれは、もうしょうがないかもしれない。
とはいえ、アリス姉さんは元より、あの初音が今は共闘してくれるというのは、とても心強い。
正直、初音が負ける姿が想像できないからね。
オシリスが侵食された大地を切り離し、母さんが異空間を創造してその中へと大地を魔剣ゴエティアごと放り込む。
その後に私とアーネスト、アリス姉さんに初音が中に入り、魔剣ゴエティアを壊す。
最後に兄さんが失われた大地の時間を戻して、元通りという算段だ。
「それじゃ、作戦開始だね。オシリス、頼むね」
「了解した。少し離れていろ」
言われた通り、私達はオシリスから後方へと下がる。
オシリスは細く、長い剣……刀のようにも見えるけれど、それよりも随分と長い。
元の世界で、破邪の御太刀と呼ばれる全長465.5cmもあった太刀によく似ている。
まぁあれは人が振るった太刀ではなかったけれど。
その長剣をまるで生きているかのように振るう。
「さて、行くか」
小さく聞こえた声と共に、オシリスから尋常じゃない魔力が発生する。
「これはっ……!」
「すげぇ、な!なんつー魔力だ!」
「へぇ……流石、三強神と呼ばれていただけの事はありますわね」
「そうなんだよ!オシリス達はすっごく強いんだよ!」
「何故アリスティアが誇らしげなんですの……?」
初音の疑問にアリス姉さんは答えなかったけれど、私には分かる。
なんというか、友達が誇らしいと、自分も嬉しいよね。
「斬るぞ、用意は良いかマーガリン」
「はいはーい。いつでも良いよオシリス」
「了解した。……斬ッ!!」
オシリスが長剣を振るう。まるで、テレビ画面を真っ二つに割ったみたいに、世界が割れる。
「す、すげぇ……」
「本当に……どうやったらあんな風に斬れるんだろう……」
私とアーネストは驚きっぱなしだ。
「ほいほいのほいっと」
母さんが変な掛け声と共に、空に凄まじく大きな空間を創り出す。
中が黒くてよく見えないけれど、あの先が別世界なんだろう。
「それじゃ、吸い込むよー!皆はまだそのまま待機だからね。今一緒に行っちゃうと、取り込む対象にされちゃうからね」
私達は頷いて、待つ。
母さんが創った空間に、オシリスが切り取った世界が吸い込まれていく。
その際に黒く、紫色でもある液体のようなものが海のように落ちるが、大地を外から覆う気泡のようなものが防いでいる。
「やっぱり、母さんは凄いなぁ」
ポツリと呟いた私の声を聞いたのか、母さんが凄く機嫌が良さそうに耳がピクピクと動いているのが見えた。
うん、突っ込まないでおこう。
「にしても、大地が切り取られた後って、想像していたよりも怖ぇな」
「うん、下が暗くて、どこまで続いてるのか分からないな。地球だったら、底もあるんだろうけど……」
ここは地球じゃないし、底がどこまであるのか見当つかない。
「ああ、物理的には普通は行けないけど、下は冥界だよー。途中に亜空間があるから、斬っても無効化されちゃうけどね」
アリス姉さんの言葉に、成程と頷き合う。
冥界、か。なんかゾンビやスケルトンが徘徊してそうで、あまり行きたいとは思わないけれど。
「蓮華さん、多分想像しているのとは違うよ?冥界だってアストラルボディの人型はたくさん居るからね?」
「あ、あはは……」
見透かされていて苦笑するしかない。というか、以前初音と会った時、冥界に行くと言っていたような。
「クス……そろそろ良いのではなくて?」
初音の言葉に、母さんが頷く。
「そうだね。それじゃアーちゃん、レンちゃん。気を付けるんだよ。アリス、もしもの時は二人を守ってね」
「もっちろん!今回は外の魔剣が関わってるから、私達も全力で手助けできるからね!」
「「え?」」
「あっ」
「アリス……」
「ごめーん!」
そういえば、いつもなら私達に完全に任せるのに、今回はここまで手伝ってくれてるんだよね。
「えっと、ヘラクレスの話覚えてる?蓮華さん、アーくん」
アリス姉さんの言葉に、私とアーネストは頷く。
「その関係でね、魔剣ゴエティアは外の魔剣なんだ。で、神々は外から来た異分子に対して、どうするかはその世界の神々の判断に任せるってなってるの。だから、放っておいても良かったんだけど……」
「今回の所業は、私達の越えてはいけないゾーンというか、それを越えちゃったわけだねー。処分、私達でしても良いんだけど……嫌でしょ?」
「「当然!」」
アーネストと同時にハモると、母さんはニッコリと笑って言った。
「だよねー。だから、協力する形にしたんだよ。二人は私達に並びたいんだよね?なら、あんな魔剣に負けちゃダメだよ?」
「「はいっ!」」
どこまでも優しい母さんに、私達は元気よく返事する。
そうだ、私は母さん達に追いつきたい。その大きい背中を見て、横に並びたいと願った。
だから特訓を頑張る事が出来た。
「ふふ、良い子だねアーちゃん、レンちゃん。さ、頑張ってね!」
母さんが亜空間の入口を人が通れる程度の大きさへと調整し、私達の前に移動させる。
「よし……行くぞアーネスト!アリス姉さん!初音!」
「おおっ!」
「うん!」
「ええ」
そうして、私達は亜空間の中へと入る。
魔剣ゴエティアを破壊する為に。
「今世のユグドラシルは、えらく変わっているな」
「んー、正確にはユグドラシルじゃないからねぇ」
「ええ。蓮華は蓮華なのですよオシリス」
残された三神は、その場で昔を懐かしむように雑談を始めた。
「フ……あの神界で特に畏怖されていたお前達が、変われば変わるものだ」
「えー……それ毎回言われるんだけど、そんなに変わったかなー?」
「変わっていますよ。私は言うに及ばず、マーガリンもユグドラシルやアリスと一緒に居る時以外は笑顔など見せなかったでしょう」
「う……それは、そうだけど……」
「ククッ……今のお前達ならば、神界の神々も接しやすいだろうがな」
「あー、無理無理。あいつらとは基本的に思想が合わないもの」
「私もマーガリンとは合いませんがねぇ」
「そうねぇ、犬猿の仲だった私達が、よく一緒に暮らせてるよねぇ……」
「まったくですね」
「ククッ……クククッ……お前達がそれを言うのか……!」
オシリスは二人のやり取りを見て、心底おかしそうに笑うのだった。