226話.皆の力を借りて
「浸食した大地を、切り離す?」
「そうですわ。あの魔剣は、大地に存在する全ての物を飲み込むまで、何をしても効果がありませんの。そういう『特性』を持っていると考えれば良いですわ」
成程……確かに、それなら納得だ。
「確かに蓮華達の魔法効いてなかったけどよ。例えば蓮華の本気とか、お前の力でも通じねぇの?」
アーネストが純粋な疑問という感じで、初音に尋ねる。
初音は相変わらずの妖艶さで、クスリと笑った。
「そうですわね……創造神クラスの神の位ならば、『特性』も無視して攻撃が通じるかもしれませんわね。ただし、その世界ごと壊れてしまいますわね」
「げっ……」
少し引き気味のアーネストに苦笑する。でも、それだと意味がない。
「具体的に、どういう意味で切り離すのか聞いても良い?」
「あの魔剣ゴエティアが、今何をしても通じないのは、『王の元に集う』という『特性』があるからですわ。あれは、周囲に取り込める物が存在する場合、浸食していく力。その間は無敵……ですけれど。言い換えれば、侵食する物が無くなれば、その『特性』は次の段階へと進みますわ。それが、王の『顕現』。つまり、取り込んだ物を力に加えた魔剣ゴエティアが新たに生まれる、という事ですわ」
成程……つまり、この大地と切り離す事で、次の段階へと強制的に進めて、現れた魔剣ゴエティアを倒すという事か。
「でもよ、切り離すってどうすんだ?大地そのものを斬るとか、ちょっと無茶じゃねぇか?」
「うん。それに、例え切り離せたとして……大地と離した程度で、もう取り込める物が無いと認識するかな?」
私とアーネストの疑問に、初音は嫌な顔もせずに答えてくれた。
「当然、その程度では次の段階へは進みませんわ。切り離す、とは、この世界からですわよ?」
「「え?」」
「現状で魔剣ゴエティアが侵食している部分を、丸ごと異空間へと放り込むのですわ。そうする事で他に何も無いと認識すれば、次の段階へと進むと思いますわ」
いや、ちょっと待って欲しい。話が大きくなってきた気がする。
「えっと……色々と突っ込みたい事が出来たんだけど」
「構いませんわ。今のうちに聞いておきなさいな。ただし、時間を掛ければ掛ける程、魔剣ゴエティアは力を蓄えていきますわよ」
そうだった。時間をかけるわけにはいかない。それに、避難している皆の元まで浸食が進めばアウトだ。
「それじゃ手短に。一つ目の切り離す行為。これは、世界から切り離すって事は……」
「ええ。完全にこの世界からは消えますわね」
「「!!」」
そんな……。つまり、今も拡大している闇の侵食の場所も含めて、この世界に大きな穴が出来るって事?
「まぁ、それは大した事ではありませんわ」
「大した事だよ!?」
「大した事だろ!?」
私とアーネストは同時に叫ぶ。けれど、今回答えたのはアリス姉さんだった。
「あー、そういう事かロキめ。……えっとね、蓮華さん、アーくん。それは気にしなくて良いよ。切り取った後、魔剣ゴエティアに浸食される前の大地を、そのまま持ってくるから」
「「え?」」
「そう何日も時間が経ってなければ、時間を巻き戻す事が出来るんだよ。これ、時の大精霊と契約してる蓮華さんも可能だから、やり方はロキのする事を見てると良いよ」
そう笑顔で言うアリス姉さんに、私はアーネストと顔を見合わせる。
「うちの家族はとんでもないなアーネスト」
「それ、お前が言うなって突っ込んで良いか?」
いいわけあるか。そんな私達を見ながら、アリス姉さんは笑ってる。
そんな中、オシリスが戻ってきた。
「あれ?オシリスどこに行ってたの?」
「お前が抱えていた人間達を運んできた」
「あっ!……すっかり忘れてたよ、ありがとオシリス!」
「……お前は相変わらずだな」
そう苦笑するオシリスに、アリス姉さんは無邪気な笑顔を見せる。私達に見せる優しい笑顔とは違う、明るい感じの。
なんていうか……アリス姉さんのオシリスへの絶大な信頼が分かる。そして、オシリスが昔苦労してきたんだろうなぁってなんとなく思う。
「それで、どうするか決まったか?」
オシリスがそう聞いてきたので、私が応える。
「魔剣ゴエティアが侵食している場所を切り取って、亜空間へと放り込む。切り取った場所は、兄さんに戻してもらう……で良いのかなアリス姉さん?」
「うん。多分千里眼で見てるだろうし、ノルンちゃんとゼロくんからも話を聞いてるだろうから、すぐ来るんじゃないかな」
「ってか、軽く流してるけど、肝心の亜空間ってのはどうすんだ?要は別の世界を一時的に創るんだよな?」
アーネストの疑問にハッとする。それもそうだ、何かがある世界じゃダメなんだし、何もない世界を創る必要がある。
「こんなこともあろうかとぉ!」
「「「!!」」」
私とアーネスト、それにアリス姉さんの体が強張る。いや、聞こえるはずの無い声が突然聞こえると身構えるよね。
「そこは私にドーンと任せてねアーちゃん!レンちゃん!」
「「か、母さん……」」
いつの間にか後ろに居た母さんと
「全く、驚かせたいからと幼稚な真似を……」
ヤレヤレといった感じで、兄さんが居た。
「急ぎなさい!荷物は最低限に、この国から一刻も早く脱出するのです!」
「カレン様!海からとは違う魔物が……!」
「騎士隊!民達の進路上の魔物達を先行して斬り捨てなさい!」
「「「 「ハハッ!!」」」」
「カレンさんっ!俺達も魔物討伐の方に加勢しますっ!」
「お願いしますわっ!レオナさん、これをっ!」
「っと!この石なンなン!?」
「それは転移石ですわ!私のこの転移石と対になっております!もし何かあれば、使ってください!」
その言葉を聞いて、ニヤッと笑う玲於奈。照矢達の方を向いて頷き、カレンへと笑顔を向ける。
「了解じゃン!それじゃ、こっちは任されたじゃン!」
そう言って駆けて行く照矢達を、見送る。
頼もしい味方に、頬が緩みそうになるのを抑える。
ノルンからの知らせを受けたカレン達は、蓮華へとLINEを送った後、すぐに行動に移っていた。
城へと目をやれば、紫色と黒色の煙のようなものが、城を侵食していた。
煙のようで、沼のよう。それに触れた物は、まるで融かされていくように一体となり、その範囲が広がっているのが目に見えて分かった。
あれは、自分達ではどうしようもないと瞬時に理解できた。
「蓮華お姉様……また、任せる事しか出来ないのですね。……いえ、違いますわ。蓮華お姉様は、頼まれた。私達に、頼むと言って下さった」
挫けかけた心を、蓮華の言葉で奮い立たせるカレン。
「私は私に出来る事を。蓮華お姉様、必ず民達を全員無事に、守り抜きます。ですからどうか、後方は気にせず……!」
カレンは馬を走らせ、闇に浸食された場所の近くを捜索する。逃げ遅れた者が居ないか、確かめる為に。