222話.想いを伝える②(アリスティア)
「オシリス、アリスティアがお前達の事を何も考えなかったとは思わないだろう?」
「それは……」
オシリスが下を向いて唇をぎゅっと結ぶ。私も胸が締め付けられるように苦しい。だって、それは……
「アリスティアは、選んだのです。ユグドラシルを。あらゆるものを天秤に掛け、それでも……ユグドラシルの為に自身の命を賭けたのです」
「っ……」
そう、だね。私は、選んだ。その事に後悔は無い。だけど、残される大切なものの事を、深く考えただろうか。
「ユグドラシルは、世界を選んだ。そこに選ばなかった方への葛藤が無かったとは言いませんよ。どちらも選べたなら、どちらも選んだでしょう。まぁだからこそ、今のユグドラシルは新たな道を見出そうとしていますがね」
「……新たな、道?」
「ええ。ユグドラシルは、そもそも死ぬ気は無かった。それは、世界樹に残留思念体を残していた事からも分かります。事実、今もユグドラシルの化身である蓮華の中に居ますからね」
「蓮華……あれが、ユグドラシルの化身なのか。確かに、ユグドラシルの若い時はあんな風だったような……」
オシリス、ユーちゃんの前でそんな事言ったら、睨まれるよ。今も若いですって。いや神々に年齢とかあれなんだけど。
「アリスティアがこの世界に現界した経緯を説明しましょうオシリス」
そして、ロキはオシリスに語った。私がマーガリンの中で過ごした時間。そして、蓮華さんに救われた事。その全てを。
「……そうか。お前は、本当にアリスティアだったんだな」
先程までの眼差しとは違い、昔の優しい目で、優しい声で、そう言ってくるオシリスに、涙が出そうになる。
「だから、ずっと言ってたじゃないかぁ……!」
出そうになる、じゃなかった。涙が出てしまった。そんな私を、オシリスは静かに抱きしめてくれた。
「すまない。俺は、俺の我儘でアリスティアを殺そうとした」
「もう良いよ。今は、そんな気無いんでしょ?」
「ああ。それに……その蓮華という者には借りが出来た。俺の友人を助けてくれたんだ、礼をしなければな」
微笑みながらそう言うオシリスに笑顔を向ける。
ロキのお陰で、オシリスと和解する事ができた。
その事でお礼を伝えようとしたら……先程の魔力とは違う、どす黒い魔力を感じた。
「これは……魔剣ゴエティアの力ではないな。これほどの魔力を受けて耐えきれるという事は、魔神か」
「そのようですね。千里眼で見ていましたが、どうやらゼクスが『ブラッドロストスキュラー』を使ったようです」
「えっ!?でもあれって凄い大きな魔法陣だよね!?」
「ええ。触媒を通じて、冥界から引っ張っているようですね。器用な真似をする」
え、えぇぇ。『ブラッドロストスキュラー』って、かなり大掛かりな魔法なのに。魔法の中でも、大魔法に分類されるし。
魔法陣の上に存在する魔力を持った生物から、根こそぎ奪う系の。
時間を掛けて死ぬまで奪うその性質から、禁術にも指定されてるのに。
「そこで、頼みがありますオシリス」
「みなまで言う必要は無いロキ。俺は借りがあると言った、それを返せば良いんだろう?」
オシリスの言葉に、ロキはニヤッと笑う。
「話が早くて助かります」
「だが、どうして自分でやらない?お前ならば、俺の手を借りずとも始末をつけられるだろう?」
オシリスの当然と言えば当然の疑問に、ロキは気まずそうに目を逸らす。
理由を知ってる私としては、笑うのを堪えるので必死だ。
「……アーネストと蓮華に怒られるではないですか」
「……は?」
オシリスが普段出さないような声で聞き返したので、私はもう我慢できなかった。
「あはっ!あははははっ!」
「くっ……!仕方がないでしょう!アーネストと蓮華は、自分の力で解決したがるのです!そこで私が手を貸しては、数日口をきいてくれないかもしれないではないですかっ!」
「……」
「あはははっ!」
「アリス、笑っていますが貴女も想像してみなさい!アーネストと蓮華に口を聞いて貰えなくなった所を!」
ロキに言われて、あり得ないけどそんな場面を想像する。
「蓮華さん!アーくん!」
「「……」」
話しかけても、無言で通り過ぎる蓮華さんにアーくん。
ぐふぅ……!これはきつい、きつすぎるぅ!私のハートがガラガラと音を立てて壊れるぅ!
「ど、どうしたアリスティア」
四つん這いに項垂れた私に、心配そうに声を掛けるオシリス。
私は顔を上げて、ロキに言う。
「ごめんなさい」
「分かってもらえれば良いのです」
うん、これは辛い。笑えない。
「よく分からんが、ロキが手を貸す事が出来ないという事は理解した」
「ええ、その理解で構いません。できれば、蝶よ花よと愛でてあげたいのですがね。鳥籠の中で、安穏と過ごして欲しい。けれど、あの子達は鳥籠を蹴破ってしまう。ならば私に出来る事は、鳥籠の扉を開き、羽ばたく姿を見守る事だけです」
ロキの言い分はとてもよく分かる。私も同じ気持ちだから。
「そうか。ロキが、そこまで大切に想う者が出来るとはな。過去のお前を知っている者からは、今のお前はこの目で見なければ信じられんだろうな」
「あはは。ミレニアやリンスレットも同じ事言ってたよ」
「フ……そうだろうな。分かった、だが俺だけでは信じられまい。あの時一度剣を合わせているしな」
「うん、私も行くよ!ロキやマーガリンと違って、私は蓮華さんやアーくんと行動を共にしてるからね!」
「くっ……!」
ロキが凄く悔しそうにするけど、役得なので何も言わない。
「それじゃロキ、後は任せて帰って良いよ!」
「ぐぅぅ……!仕方がありません、最後の詰めは私とマーガリンが貰いますがね」
「え?何の事?」
「いいえ。それでは、また後で」
少し気になる事を言ったけど、それよりも伝えないといけない。時間が経てば、恥ずかしくて言えないから。
「あ、ロキ!」
「なんです」
「えっと、その……。……ありがと」
うう、やっぱり言うんじゃなかった!とも思ったけれど。
「……。いいえ、仲直り出来て良かったですね」
そう微笑んで、ロキはユグドラシル領へと戻っていった。
「あのロキが、な。意外だが……神も、変われば変わるのだな」
オシリスが感心したようにそう言う。
「うん。ロキを変えたのは……ううん。私達を変えたのは、これから助けに行く人達だよオシリス」
「……そうか」
そう優しく微笑むオシリスにドキッとしながらも、私達は蓮華さんとアーくんが居るであろう場所へと飛ぶ。
待ってて蓮華さん、アーくん!
今お姉ちゃんで妹の私が助けに行くからね!……うん、これお姉ちゃんで統一したかったかなぁなんて、変な事を考えてしまった。