218話.友達を助けに(ノルン)
「どうしてまだ行っちゃ駄目なのリンスレット!?」
蓮華達がサンスリー王国へと侵入開始するという話を聞いてから、居ても立っても居られない。
リヴァルさんの話は聞いている。私だって力になりたい。その為に時の世界で修行してきたんだから。
「落ち着けノルン。リンスレットだってお前の気持ちは百も承知だ」
「だったら……!」
タカヒロの言葉になおも食い下がろうとするが、リンスレットがソファーで足を組むのを見てビクッと体が強張る。
「ノルン、もし事が魔界で起こっていたのなら、私も止めん。だが、場所が地上である以上……魔界のルールは適応されないんだ。そして地上では、今回の事を魔界の……私の命令と捉える貴族も出るだろう」
「なっ!?そんなわけないじゃないっ!」
どういう思考をしたら、リンスレットがそんな事を指示するってなるわけ!?
「だから落ち着けノルン。全員がそういう見方をするってわけじゃない。一部のアホが居るのはどの世界でも変わらないって事だ」
タカヒロが溜息をつきながらそう言うので、頭に血が上っていたのが少しだけ収まる。それでも、我慢ができず言ってしまう。
「そんな奴はぶちのめせば良いじゃない!」
「そうだな、魔界ならばそれが通る。力が強い者が上に立ち、絶対的な権力を持つが故にな。だが、地上は違う」
「っ!!」
「地上では力ではなく、血筋や資産、財力が権力に結びついている。故に無能が上に立つ世代もある。そして見栄やプライドを重視し、暴力ではなく口で喧嘩をするのが地上だ」
「おいリンスレット……」
リンスレットの言葉に、タカヒロは苦笑しているけれど、否定もしない所を見るに合っているんだろうと思う。
「そういった者達が作ったルールや作法は、私達魔族には合わない所が多々ある。だが、それでも……いや、この話は良い。重要なのは、地上には地上のルールがあるという所だ」
「そのルールが、私がサンスリー王国に行けない理由になるわけ?」
「そうだ。詳細は省くが、蓮華達がサンスリー王国の国王を救い出すまで、待て」
そう言って、リンスレットは下を向き目を瞑った。誰かと魔力通信を行っているんだろう。
私が所在なさげにしていると、タカヒロと目が合った。
「そうだノルン、先程の地上の貴族達の作法について話をしようか。滅茶苦茶めんどくさい気持ちになる事請け合いだが……知っておいた方が良いだろうからな」
「あんまり気乗りしないわね……」
「はは。これは例え話だが……ある王族の開いたパーティに招かれたとしよう。そこで公の場で王太子と令嬢、まぁ大抵は公爵位か。その二人の婚約破棄の話が王太子側から出たとするだろ?」
それ、私が最近読んでた小説の話よね?タカヒロの部屋に置きっぱなしだったわねそういえば。
「まぁ、普通は婚約破棄じゃなく、婚約解消するな。理由は分かるか?」
「そりゃね。婚約破棄は片方の一方的なものでしょ。よっぽどの理由がないと、公爵家が敵に回るじゃない」
「そうだな。ここで作法の話になるが、この話の王太子の婚約破棄理由はとりあえず置いておく。で新たな婚約者が出てきたとして」
ええ、私が読んだ話は一番下の貴族階級である男爵位だったわね。何故か小説の王太子の恋愛対象って男爵令嬢なのよね。
やっぱりシンデレラストーリーが市民は好きなのかしら。いえ私も好きだから読んでたんだけど。
「そいつが元から公爵位だったなら、作法の問題はない。けれど、それが男爵位だったりしたら最悪だ」
「最悪なの?」
「ああ。だってな、高位貴族であれば、小さな頃から歩き方や食べ方は良い見本に囲まれながら成長する。両親であったり、家庭教師であったり、侍女であったりな。また、王太子と公爵令嬢の婚約と成れば、王妃となる為の勉強だってずっとしてきているはずだ。それが一切ない状態から、始まるんだぞ?」
「それは……辛いわね」
「いや、それだけなら全然だ。辛いのは、いくら頑張っても認められない事だ」
「え?」
「二人の仲を認めないって事じゃない。努力をして公爵令嬢のように完璧な所作を身につけて、社交においても間違いなく対応できるようになったとしても、下位貴族の者がと、そしられる事はなくならないだろう」
「……」
「その理由は上位貴族からすれば、下位貴族と思っていた者に頭を下げなければならなくなった事に起因する事であったり、同じ下位貴族の者からは嫉妬心からだったりな。頑張って身につけた所作だって、頑張ったなと褒められる事は一切ない。上位貴族からすれば身につけていて当たり前と思うし、下位貴族は上品ぶって自分達を見下していると思うだろう」
「なによ、それ……」
「少しでもミスをしたら、それ見た事かとな。足を引っ張りたくて仕方のない者達に囲まれ、いつも陰口を叩かれるぞ。表面上は親しくしてくれる者達も、なにかあっても味方にはなってくれないだろう」
タカヒロの話を聞いて、暗い気持ちになる。男爵令嬢が王子様と結ばれてハッピーエンドの裏側には、そんな背景があるなんて考えもしなかった。
「そして、子供が生まれても……味方は少ない。公爵令嬢から王太子を奪った男爵令嬢の子として見られるからな。後ろ盾の弱い子になる。これが、地上の王族貴族達が血筋を主にする理由だ。まぁこれは小説の話を例にしたが、現実もそんなに変わらないと思え」
「くっそ面倒ね地上って」
それが話を聞いて思った気持ちだ。私、魔界で生まれて良かった。
「それだけじゃない。例えば召し物一つを取っても……例えば青い宝石を褒めたとするだろ?そこからその出所の国と仲が良いのかとか、青い色が良いのなら、その青い色と合わない赤い色を出所とした宝石を産出する国は良くないのかといった邪推を始める。言い方を青空のように素敵と言えば、その産出国が雨がよく降る場所であれば良いが、日照りが続いて作物が枯れていたらどう思うという話だ」
「だー!なんてうざいの!?そんな事思いながら発言なんてしないでしょ!?」
「するんだよ、貴族達はな。単純な力を持たない人間達の多くは、作法に重きをおいて、舌戦をするんだ。な、暴力を振るう方が圧倒的に簡単だろ?」
「そうね……貴族ってめんどくさいのね……」
「そうだ。貴族ってのはめんどくさいんだ。その対応を、リンスレットはしてくれているんだ、今もな」
「!!」
「だから、落ち着いて待っていろ。リンスレットが必ずうまくやってくれる」
そう諭されて、私は恥ずかしさから下を向いてしまう。
私は、子供だ。
「よし、蓮華達が国王夫妻を助けた事で話は進んだぞ。ノルン、ゼロを連れて地上のサンスリー王国へと救援に行け。これは命令だ」
「!!」
待っていたリンスレットからの言葉。
「勿論よ!」
私は今すぐにでも駆けだそうと部屋の扉に手を掛ける。
「ノルン、これを持っていけ」
リンスレットに何かを投げられたのを反射的に受け取った。
「わっと。え、何この袋?」
「蓮華達の元へついたら、その袋の中の物をアスモへ投げろ」
「アスモデウスに?わ、分かった」
意味は分からないけれど、リンスレットのする事に意味の無い事なんてないだろう。
袋をアイテムポケットへと入れて、今度こそ部屋を出る。
待っていなさい蓮華、アーネスト!私が今助けに行くからね!
「良いのかリンスレット、アスモデウスは望まないと思うが」
「ククッ……まぁ怒るだろうが、油断をしたアスモが悪いと言い含めるさ」
くつくつと笑うリンスレットに、苦笑するタカヒロ。ソファーに腰かけていたリンスレットは、足を組み直しタカヒロへと視線を向けた。
「どうする?お前も行くかタカヒロ」
「いや、俺は魔界のアホを消してくる」
「そうか。お前が私のものになってくれて嬉しいぞ」
「部下な、部下!」
「良いじゃないか、違わないだろ」
「意味合いが全く変わるわ!」
この口論も幾度となく繰り返している、もはや通過儀礼のようなものだった。
傍にアスモデウスが居ない事を除いて。
「……やっぱあいつが居ないとしっくりこないな。ま、大丈夫だろうけどな」
「当たり前だ。アスモは私の右腕だぞ?」
「はは、そうだったな。それじゃ、俺も出るとする。また後でなリンスレット」
「ああ。お前の行動の責は私が取る。好きにやれ」
「へいへい」
手をひらひらと振って、タカヒロも部屋を出る。
残されたリンスレットは、再度目を瞑った。
魔力通信による会話。
その連絡先は、古き友だった。