43.真祖との出会い
ノームの家を出ると、もう夕暮れ、少し暗くなる前といった感じだった。
「いけませんわね……」
カレンが言う。
何かあるのだろうか。
「蓮華お姉様、今この王都では、人が急に消えてしまう事件があるのです」
なっ!?
「私達王国軍も騎士の見回りを強化しているのですが、解決どころか、手掛かりすらない状態で……お恥ずかしいですわ」
人が急に消えるって、そんな事があるのだろうか?
「それって、目の前で消えたの?」
「いいえ、そうではないのですが……気付けば、居なくなっているそうです。遺体も無いので、死んだとも言えないのですが……」
「それが数件なら、ただどこかへ行ったのだとも言えますが、数十件も重なれば、何らかの事件であると判断せざるをえない状態です」
成程……。
それで最初のカレンのセリフを鑑みるなら。
「その消えるのは、夜が多い、という事?」
コクリと頷く二人。
「正確には、翌朝に見なくなる、との事です」
「はい。それ故に、最近では夜は誰も外に出ないようにしております」
平和だと思っていたこの世界に、そんな事件が起こっているなんて、予想もしていなかった。
私で、力になれる事はあるんだろうか。
そう考えていたその時、不意に声が聞こえた。
「ほぅ、素晴らしい魔力を宿した存在が、まさか地上にまだ居ようとは」
清流のような澄んだ声で、まるで脳に直接語られているような感覚がする。
いつの間にか、辺りには人気が無く、先程までノームの家の傍だったはずなのに、別世界に居るような気がする。
いや、辺り一面が赤い……?
なんだ、これ。
「カレン、アニ……!?」
横を見ると、カレンとアニスが倒れていた。
「カレン!アニス!?」
駆け寄り二人に触れる。良かった、息はある。
「なに、少し眠ってもらっただけ。妾の用があるのは、お主達ではないのでな」
どういう、事だ?
「ふむ、どういうわけか、お主には効かぬようだな」
「二人は、無事なんだな?」
問いかけに、微笑む。
「そう言うたつもりだったのだがな。お主にも用はない、そのおなご達を連れて、この結界より去るが良い」
結界?この赤い世界は、結界の中なのか。
もしかして、カレンとアニスが言っていた事件と何か関係があるんじゃ。
「ふむ、去らぬのか?まだ少し時間はあるが、物好きな事よな」
「……最近、この王都で人が消える事件が多発してると聞いた。お前の仕業か?」
確信は持てないし、例え犯人でもそうだとは言わないよな。
だけど聞いてしまうのは、人の性だと思う。
「ふむ、結果的には、妾の仕業とも言えるな。何せ、もうああなっては助けられぬでな、消してやったのだ」
頭に血が上る。消してやった、つまりは……!
「ほぅ。妾と殺り合うつもりか?」
瞬間、とてつもない魔力が辺りを覆う。
「っ!?」
こんなにとてつもない魔力、今まで感じた事が無かった。
「お主、時々おる転生者や召喚された者か?神々より特性を貰って力を得ただけの存在では、真祖足る妾には勝てぬぞ?」
転生者や召喚者の事を知っているのか。
でも、特性を貰ってとはなんの事だ?
「フ……まぁ試せば分かろう。スキルなど、所詮神々からの貰い物。自身の力と錯覚した哀れな者は、それ以上の存在を前に、あっけなく死に至る」
魔力が凝縮される。
間違いない、あれが当たれば……私は生きられない。
正しく、桁違いの力。
「冥途の土産よ。冥界で妾の手に掛かれた事を誇るが良い。妾の名はミレニア。ミレニア=トリスティア=リーニュムジューダス。吸血鬼の真祖と呼ばれておる」
言うが早いか、とてつもない魔力が私を襲う。
これは避けられない。
ごめんアーネスト、私は……。
バシュゥン!!
え?
信じられない、光景だった。
だって、私の前に。
「大丈夫ですか?蓮華。全く、無茶をする」
兄さんが、立っていたから。
「お主……!ロキ!?」
吸血鬼の真祖と言った彼女が驚いているのが分かる。
「ミレニア、蓮華を殺すつもりなら、私が相手になりますが?」
兄さんから、とてつもない魔力が溢れだす。
その魔力は、あの吸血鬼の真祖とそう変わらない。
凄い、兄さん、ここまで凄かったなんて……。
「フン、興が冷めたわ。妾は最初から用はないと言っておるのに、殺気をぶつけてきたのはそっちじゃぞ」
その言葉に。
「それはお前がっ……!」
言おうとしたら、兄さんに制された。
「昔から言っているでしょうミレニア。貴女は言葉足らずすぎる、と」
「む」
なんか、少しむくれてるように見える。
「貴女が来た辺りから見ていたのですがね、あれでは蓮華も勘違いしますよ」
ちょっとまてぃ。
兄さん、今なんて言った!?
「妾は嘘は言っておらんぞロキよ」
はぁ、と溜息をつく兄さん。
「良いですかミレニア。確かに言っている事は正しいかもしれません。ですが、その前に理由を話さないから、誤解されるのですよ」
「むむぅ」
なんか、先生に怒られてる生徒って感じがしてきたんだけど、どういう事だろうか。
「蓮華、ミレニアは確かに人であった者を殺しています。ですがそれは、もはや助からない為です」
「人であった者?どういう、事なんですか兄さん」
わけが分からない。
「良いですか蓮華、人は、吸血鬼に血を吸われると、その眷属となります。その眷属が血を吸わずに何日か過ごすと、理性を失い人を襲います。生きる為に血を吸うという生存本能が故に、ね」
「!?」
「普通は、血を吸った者をそのまま放置などしませんが、中にはクズも居る、という事です」
「それじゃ……もしかして、貴女は……」
「そういう事じゃ。妾に直接関係は無いが、放ってもおけぬでな。秩序を乱す吸血鬼は始末せねばならん。でなければ、種族共栄なぞ夢物語になってしまうであろう」
そう、だったんだ。
この方は、吸血鬼という種族を守る為に、事件を起こした首謀者を探し、処分するつもりっていう事か。
そして、その被害にあった者が、次の被害を出さないように、事前に……。
それなのに、私は……。
「あの……ごめんなさい。私は、そうとも知らずに、貴女の邪魔をしようとした。何も、理解しようともせず。本当に、ごめんなさい」
頭を下げる。
謝って済む問題じゃないけれど。
それでも、謝らなければ、私が私を許せない。
「ククッ……成程な。ロキが気に掛けるだけあって、面白い子じゃな。妾に殺されかけたというのに、妾に謝るとはな」
なんか、凄く良い笑顔を向けてくる。
逆に怖いんですけど。
「よい、許そう。妾も説明不足だった非はある。妾こそ謝ろう、蓮華。すまなかったな」
なんて、謝ってくれた。
話が通じない人じゃない。
「いえ、それこそ気にしないでください。それよりも、その犯人捜し、私にも手伝わせてくれませんか?」
その言葉に、驚いた顔をする吸血鬼の……いや、ミレニアさん。
「お主、妾が怖くはないのか?妾はお主を容易く殺せる存在なんだぞ?」
と言ってくるが。
「子供だって、刃物を持ったら何も持ってない大人を殺せたりしますけど、怖いですか?」
と言った。
「ぷっ……くっ!あはははははっ!」
なんて大爆笑された。
なんでだ。
「はははっ!ロキ、このおなごは本当に面白いな!例えはあれだが、妾を理性ある生き物と認識してくれおったわ」
兄さんも笑う。
「ええ、蓮華はとても良い子ですからね。だからこそ……私は護ってあげたくなるのですよ」
なんて言ってくる。
くっ、イケメンめ、さっきの守ってくれた時といい、カッコイイんだよ兄さん!
「フ……分かった、手を貸してもらおう蓮華。妾の事はミレニアと呼ぶがよい。お主にはそう呼ぶ事を許そう」
「うん、よろしくミレニア」
手を差し出す。
「吸って良いのか?」
なんて聞いてくるので。
「握手に決まってるだろ!?」
叫んでしまった。
兄さんが笑ってる。
「はは、冗談だ蓮華。お主は面白いな、妾に普通につっこんでくる存在など、滅多におらぬぞ」
えぇぇ……そんな事言われても。
「む、どうやら来たようだな」
その言葉が終わるかどうかというタイミングで、よろよろと視点の定まっていない人、か?
が数人、こちらへ向かって歩いている。
違う、この感じは人じゃない。
「8体か、また吸ったものよな。蓮華よ、こうなった者達を救う事は、もはや出来ぬ。苦しませず一瞬で殺す事が、救いと思え」
そう言って、ミレニアが魔力を纏う。
兄さんも同じだ。
二人とも、冷たい目をしている。
あの目は、もはや相手を敵としてしか認識していない目だ。
でも、本当に救えないのだろうか。
要は、菌に侵されている状態、なんじゃないだろうか。
なら、光魔法の高等魔法のあれなら、もしかしたら……。
「兄さん、ミレニア、お願いがあるんだ。あいつらを一か所にまとめて、拘束してくれないかな。まだ、殺さないで欲しい」
「蓮華、お主……」
「ふむ、何かやってみたいのですね?」
兄さんの言葉に頷く。
「良いでしょう、蓮華。貴女がやりたい事は出来うる限り、叶えましょう」
クスっと笑ってミレニアが言う。
「ロキ、お主変わったな。あの何物にも興味を示さなかったお主が、変われば変わるものだ」
「言っていなさい。それではミレニア、私が拘束しますから、纏めてくれますか?」
「よかろう、殺さぬように、だったな。面白い事を言うおなごよな、本当に!」
と言い終わるやいなや、吸血鬼となった人間達が、まるで重力に引かれたように集まる。
そして、兄さんが魔法を唱えたかと思うと、一瞬で全員が動けなくなる。
なんという早業か……。
この二人、実力が違いすぎる。
「さて、これで良いですか蓮華?」
なんて事も無げに言ってくる兄さん。
「うん、ありがとう兄さん、ミレニア」
そう言って拘束されている者達の元へ近づく。
うつろな瞳で、私を見てくる。
血を吸おうと、もがいているが、兄さんの拘束で動けない。
よし、効くか分からないけど……試してみるか。
フワァァァァ……!
光の魔力が自身を覆うのを感じる。
「ほぅ……この魔力、アレを使うつもりか」
「成程、考えましたね蓮華。確かに、あれなら完全に成っていなければ、効くかもしれませんね」
成功するかは分からない、だけど、やる前から諦めたりはしない。
「『メディカルホーリー』!」
ピカァァァァッ!!
彼らを光が包みこむ。
頼む、効いてくれ!
ドサッ!ドサッ!
と全員倒れこむ。
色白だった肌が、赤みを帯びている気がする。
「驚いた。まさか、ほぼ吸血鬼化しておったものまで、完治させるとは。蓮華、お主一体……」
と心底驚いたようにミレニアさんが見てくる。
「大丈夫、なのかな?」
私には判断できない。
兄さんが近づき、見ている。
「……蓮華、よくやりましたね。大丈夫、彼らは無事人間に戻っていますよ」
その言葉に。
「やった!!」
と言わずにはいれなかった。
良かった、救えた……その事実が嬉しくて。
「じゃが、根本を絶たねば、解決はせぬ。蓮華、悪いが力を貸してもらうぞ?お主の力があれば、これ以上犠牲者を出さずに済むでな」
「もちろん!」
と言ったのだが、カレンとアニスにどう説明しよう。
流石に今回の件に関わってる人間側の最高責任者なわけだし、言わないままにはできないよね。
「えっと、ミレニア。最初に倒れた二人の事は知ってる?」
その質問に。
「知らぬ」
ですよねー。
どうしようかな。
あ、後兄さんはどうするんだろう。
「さて蓮華、私はこれで戻ります。ミレニアが居るなら、安心ですからね」
あ、やっぱり帰るのか。
「お主、その言い方は卑怯じゃぞ」
なんて頬を赤らめながら言ってるミレニア。
あー、もしかしてミレニアは兄さんの事が好きなのか。
なら、少し援護してあげようかな。
「兄さん、一緒に手伝えない?」
「蓮華、私はマーガリン師匠と同じで、ユグドラシル領をあまり離れられないのです」
やっぱ無理か。
「だから、少しの間だけですよ?」
って良いんかーい!
ミレニアも流石に呆れているんじゃ……と思ったら笑ってる、分かりやすいな!
「し、仕方のない奴じゃな。まぁ、お主が居れば心強いでな」
「とりあえず、この女性二人をどうするか、ですね。確かインペリアルナイトの二人でしたね。この事件を調べていたでしょうし、話さないわけにもいかないでしょう」
流石兄さんは詳しい。
どこかの吸血鬼の真祖も見習ってほしい。
「とはいえ、私やミレニアの事を話すのは面倒ですね。そこら辺の事は蓮華に任せますよ?私達は少し離れておきますから、蓮華がちゃんと説明しておいてくださいね?」
ぎゃー!丸投げきたー!
兄さんに丸投げしようとしてた私が言える事じゃないけどね!
「それではミレニア、結界を解いて離れましょうか」
「うむ、そうじゃな。蓮華、頼んだぞ」
そう言って離れる二人。
さて、どうしようかなぁホント。




