209話.ソロモンの悪魔
こいつがソロモン。どんなにいかつい顔をしたおっさんか爺さんかと予想していたんだけど、随分と若い。
外見は20歳に満たないだろう。けれどその目は冷たく、まるで氷のように感じた。
「世界神ユグドラシルの化身である蓮華、かの大魔女マーガリンの力を受け継ぎしアーネスト。一応聞いておこう、何をしにここへ来た?」
冷たい眼差しは変わる事なく、こちらを見定めるかのように質問をしてきた。
「この国の人達を助けに来た。そして……お前達を倒しに来た」
そう伝えると、初めて表情を崩して笑った。楽しそうな笑顔ではなく、嘲笑の部類だけど。
「ハハッ!ハハハッ!成程成程、善者らしい言葉だ。しかも、僕達を殺すではなく、倒すときた。これが笑わずにいられるだろうか?いやいられないな」
周りの悪魔達もつられて笑っている。勿論、アスモ以外だ。
アーネストはそれを見てネセルの柄に手を添えた。私はそれを見て手で制する。
仕方ないといった感じで、アーネストは手を下したけれど、いつ飛び掛かってもおかしくない。
手短に話を済ませよう。
「それで、そっちの目的は?なんでこんな事をした?」
「それを教える必要を感じないな」
「……まぁ良いけどね。どの道、ここでお前達は終わりだからね」
こちらも表情を変え、悪魔達を睨む。すると、ソロモンの横に立っていた悪魔が数名、前に出た。
「ソロモン様、この程度の者にソロモン様が手を下す必要はありません。我にお任せを」
「我々だ」
「……良いだろう」
ソロモンはつまらない物を見るようにそう言った。
悪魔達は承諾を得て、こちらへと向き直る。
「その程度の力で、よくここまで辿り着けたものだ。後悔しても遅いぞ、すぐには殺さずにいたぶってやろう」
ああ、そういえば忘れていた。
私とアーネストは、今も力を抑えている。アリス姉さんから何度も注意を受けていたから、敵を前にしてもそうしていた。
それが、こいつらを増長させたみたいだね。
「なぁ蓮華、こいつらアホだよな?」
「言ってやるなアーネスト。それが真実でもさ」
「「「なんだと!?」」」
悪魔達が揃って激昂する。勿論アスモ以外。アスモだけは少しづつ、その場から後ろへ下がっている気がする。
「ピーチクパーチク囀るんじゃねぇよ。蓮華、お前は手を出すな。こいつら一瞬で俺が消してやるよ」
先程からの嘲笑が余程腹に据えかねているのか、アーネストがそう言う。
私は溜息をついてから答える。
「はぁ、ここに来てからほとんどお前に譲ってないか私」
「そうだっけ?まぁ良いじゃねぇか、いっつも楽したがってんじゃん」
「そうだけどさ。まったく、帰ったらフルーツケーキ奢れよアーネスト」
「へへ、そうこなくっちゃな!」
アーネストは嬉々としてネセルを抜き放ち、オーラを解放した。
「「「「!?」」」」
先程までこちらを侮って嘲笑していた悪魔達の表情が変わる。
驚きと、信じられないという気持ちが伝わってきたけど、もう遅い。
アーネストに目を付けられた時点で、お前達は終わりだ。
「そんじゃ、行くぜ?この程度の者くらい、お前らなら楽勝なんだよな?お手並み拝見させてくれよ」
「「「「っ!!」」」」
アーネストが言葉を発した瞬間、前に出た悪魔達は体が二つへと分断された。
「「え……?」」
一瞬過ぎて、体が斬られた事すら気付いていないようだ。
遅れて血飛沫が地面を濡らし、二体の悪魔は地に伏せる。
悪魔特有の再生や復活は、ネセルの封魔呪殺の力で発動しない。
「ほぅ……」
悪魔達が驚愕する中、ソロモンだけは表情を変えなかったが、感嘆するような声が聞こえた。
「バエル、ヴィネ。お前達が行け」
「「ハハッ!」」
バエルとヴィネと呼ばれた悪魔達がアーネストと対峙する。
他の悪魔達が後ろに下がった所を見るに、こいつらは別格という事なんだろうか。でもそれなら、アスモを出しそうな気がするけれど……。
アーネストはそれを見て、見下すように視線を向けた。
何故だろう、アーネストが凄く不機嫌に見えるんだよね。
いつもはこんなに短気じゃなかったはずだ。
「はぁ、大将が敵の力も見極められねぇのか?それとも、そいつらも見捨てんのか?」
「……」
ソロモンは答えない。相変わらず、冷たい目でこちらを見ている。
「黙れ。貴様などソロモンが手を下すまでも無いという事だ」
「ああ。私達の手で死ねる事を光栄に思え!」
二人の悪魔達が跳躍する。
アーネストはネセルを構え……
「後の先を取る技ってのがあってよ。俺が考えたわけじゃねぇけど……冥途の土産に見せてやるぜ。お代はお前らの命だっ!『ネスルアーセ・アンサラー・フラガラッハ』!」
長剣であった二刀のネセルが、凄まじい勢いで二人の悪魔へと突き刺さる。
「がはっ……!?ば、かな……」
「我らの障壁、を……いとも、容易く……」
悪魔達は攻撃を繰り出す事なく、空中から地面へと落ちた。
「まだ息があったか。でも、もう動けねぇだろ」
悪魔達に突き刺さったはずのネセルは、すでにアーネストの両手に戻っている。
ネセルは意思を持つ剣であり、自分でも動ける。それを応用した技で、本来投げたら自分で取りに行かないとダメだし、その間武器が無くなってしまう問題をクリアしている。
「ソロモン、こいつは、化け物、だ。に、逃げ……」
そう言い終える前に、ソロモンが二人の悪魔を剣で突き刺した。
「「がっ……!?」」
「「「!!」」」
これにはアーネストも驚いた表情でソロモンを睨む。
「御託は良いんだ、死ぬならさっさと死んで僕の役に立ってくれ。多分、もう少しで届くから」
「そういう、事か。私、は、ソロモンの役に、立てるのだな?」
「ああ」
「分か、った。共に、先を見れぬ、のは、残念だが……」
「安心しろ、僕を誰だと思っている」
「そう、だった、な……」
そう言って、安堵した表情で二人の悪魔達は消えて行った。
「てめぇ、仲間を使い捨ての道具のように扱うのかよ!」
「貴様の価値観で語るな。先程貴様が殺した悪魔達も、この二人の悪魔達も、僕の役に立ってくれている。そう、今この瞬間も、多くの悪魔達が僕の役に立っている」
こいつは何を言っているんだろうか。全く理解できない。
「お前達の仲間のアリスティアの存在だけが気掛かりだった。だが、あのアリスティアも第三の法陣には気付けなかったようだな」
「どういう意味だ」
そう問うと、初めてソロモンは恍惚の笑みを向けてきた。
「アリスティアは、僕の策を見破った。一つは、この城の悪魔達を強化する魔法陣。そしてもう一つは、この国全体を爆破する魔法陣。アリスティアはそれらを完全に処理したが……僕の目的を見誤った。だから、それで終わりと思った」
「「!?」」
アリス姉さんが、そんな事をしていたなんて。
相変わらず、目に見えない所で色々としてくれていたんだと驚くが、見誤ったっていう事は……。
「僕の目的は最初からただ一つ。僕を強くする事。でないと、神々には勝てない。そう、貴様達がここに来た時なら、僕の力はまだ足りなかった。貴様が力を解放した時に分かったさ」
「つまり……お前は、悪魔達を生贄にしていたって事か」
「そうだ。人間達が死んだところで、大した力は得られない。だが、潜在魔力を多く含む悪魔達は別だ。お前達が楽に殺せるように、最初から魔力を抑える呪いを掛けておいたからな、弱い人間達でも楽勝だっただろう。それが、僕の力を上げるお膳立てになっているとも知らずにな」
なんて、奴だ。こいつは命をなんとも思っていない。
ただ自分の為に、おもちゃのように……!
「そういう事か。だから、こいつらもとどめを刺したって事かよ。反吐が出るぜ……!」
「ああ。アーネスト、もう容赦しない。今も力を増幅させてるなら、急がないとな。私も行くからな」
「おう。行くぞ蓮華!」
アーネストと共に構えをとる。
ソロモンは薄ら笑いをしながら、両手を広げた。
「ハハハッ!来い、神々!僕達悪魔が、下剋上をしてやる!」