204話.圧倒
アスモに案内されて着いた場所は、国王夫妻が居た部屋とそう離れていない場所だった。
「入るわよセーレ」
「む?アスモデウスか?ちょっと待ってくれ。……よし、良いぞ」
アスモは普段と変わらない態度で中に入る。私とアーネストも遅れずに部屋の中へと入った。
認識阻害の魔法をかけ、更にアスモが自身の魔力で辺りを覆ってくれている為、私とアーネストに気付く事は出来ないだろう。
にしても、裏切るって言い方はおかしいかもしれないけれど、これから奇襲で倒す相手と普通に話せるのが凄い。
私なら緊張するだろうし、大根役者よろしく、カタコトになる気がする。
そういう意味では、アスモは名女優と言えるのではないだろうか。
「何をして……って、相変わらず金貨を数えていたのね」
「ああ。オレは金が大好きなんだ。金さえあれば何も要らない」
「セーレはお金って意味じゃなく、ただ金が好きなのよね?」
「そうだ。……そんな話をする為に来たわけではないだろう?どうした、ソロモンから自由を与えられているアスモデウスが、わざわざオレに何の用だ?世間話をしに来たわけでもあるまい」
セーレが訝し気にアスモを見るけれど、これから裏切られるとは微塵も思ってなさそうだ。
「ええ、聞きたい事があってね。サンスリー王国の愚民共を悪魔達に乗っ取らせているでしょう?」
「そうだな。ソロモンからの命令だ。これだけ大量の金貨を受け取っては、仕方ないだろ」
この男は、金貨を受け取る為に、サンスリー王国に住む人達を悪魔に乗っ取らせたのか……!
私が手に力を入れるのを感じたのか、アスモが少し慌てて言葉を発した。
「そ、そうね。それで確認なんだけど、貴方がもし倒れてしまった場合、その後憑依を続けさせるにはどうしたら良いのかしら?」
「あ?……ああ、そうか。アスモデウスは最悪の場合も想定して動く、か。流石はあのソロモンが認めているだけはある。しかし心配は無用だ。この場所にはオレが認めた者以外、決して入る事は出来ないからな。固有結界を張っているんだ」
え?私達普通に入ってますけど。それでもアスモは私達に視線を向ける事は無かった。少しでもおかしな態度をとらないようにしているアスモは、流石だと思う。
「バエルからも聞いたけれど、この城は最悪の場合手放すでしょう?それでも?」
「ああ、その場合は城だけでなくこの地全体だからな、流石に逃げるさ。アスモデウスなら知っているだろうが、下級悪魔達は使い捨ての生贄に過ぎないんだし、気にしなくて良いだろ」
なんだって?サンスリー王国に住む人達だけじゃなく、悪魔達も?一体、どういう……
「つまり、貴方が死んだら憑依は解けてしまうわけね?」
「まぁ、そうだな。オレが死ぬ事などあり得ぬが」
「そう。聞きたい事は聞けたわ。もう良いですよ会長、蓮華さん」
「よしきたっ!」
「おうよっ!」
「なっ!?」
私とアーネストは、さっき倒した悪魔達と同じようにセーレを斬り捨てる。
「ぐはぁっ……!ば、馬鹿な……気配は一切感じなかった、ここはオレの固有結界内だぞ……?それに、アスモデウス……どういう、つもりだ……?」
「どうもこうも、私は今捕虜なんですよ。従わないと殺されちゃいますし」
そう言って、アスモは手首に身につけているリストバンドを見せる。
それは、ここに来る前にアスモから渡されて、アーネストがつけた隷属の腕輪。
勿論本物じゃない。だけど、精巧に創られたそれは、アーネストとアスモに魔力的な繋がりが見えるようになっている。
つけるのに私とアーネストでひと悶着あったんだけどね……うん、アーネストが嫌がる意味で。
「なる、ほど……アスモデウス程の悪魔ですら、使役する者が敵に居たとは……すまない、ソロモン……アスモデウス、これはオレからの餞別だ、受け取れ……!」
セーレが最後の魔力をアスモへと放つ。すると、隷属の腕輪が粉々に砕けた。
それを見たセーレは、ニヤッと笑う。
「これで、お前は自由だ。ソロモンを、たの……」
私達に核を斬られて、即死しなかっただけでも大したものだったのに、最後の魔力を振り絞ってアスモを自由にした為、そのままセーレは消滅してしまった。
「なんつーか……立場さえ違えば、こいつは良い奴だったのかもしれねぇな……」
悲しそうにそう言うアーネストに、アスモが毅然として言った。
「何を言ってるんですか会長。セーレは自分の金欲しさに人間達をゴミ同然に扱う悪魔ですよ?それに同情してどうするんですか」
「い、いや、そうだけどよ。最後にお前の為に力を使ったからさ……」
「まぁ、仲間意識があったのは認めます。でも、昨日の友は今日の敵なんて悪魔界では普通ですよ」
なにその嫌な普通。昨日の敵は今日の友って素敵な言葉が逆になったら、こんなに嫌な言葉になるんだ。
「それより、これからが大事ですよ。憑依させていた大元が死んだんです。国民に憑依していた悪魔達が、国中に溢れ出ます。速く知らせた方が良いですよ?」
あ、愚民じゃなくてちゃんと国民って言ってくれるんだ。
ってそうじゃない。そうだ、フォースとツゥエルヴにこの事を伝えて、サンスリー王国を真に救ってもらわないと!
「アリスには俺が連絡を入れとく!フォースとツゥエルヴを頼む!」
「分かった!」
急いでメッセージを送る。ここからは時間との勝負だ。
「会長、蓮華さん。私はこれからソロモンの場所へ先に行きます。次に私と出会った時は、敵として対応してください」
「「!!」」
「セーレが助けようとしてくれたおかげで、私の話に信憑性が出ます。まぁ、ソロモンが最初から私を疑うとも思えませんが、保険ですね。ソロモンはこの城の地下に居ます。二人なら私の魔力を追えるでしょう?先に行って、待っていますね。それでは」
アスモは伝える事を伝えたら、すぐに消えた。
本当に、アスモには力になってもらってばかりだ。
「アーネスト、この戦いが終わったら、少しはアスモに良くしてやれよな」
「えぇぇ……」
心底嫌そうなアーネストに、私は溜息をついてしまった。