194話.想いを繋ぐ(シロウ)
「――どうか、我が国の為に、その力を貸してほしい!」
拍手喝采の後、兵達の雄叫びのような頼もしい声が上がる。
壇上から降りた俺達は、ローガン殿の元へと歩く。
執事のガイルは俺のすぐ横から半歩下がって控えていて、メイド長のリューゼも同じだ。
リューゼは以前冒険者で、今のランク調整の入る前ではあるが、Aランクの実力を認められていた。
冒険者から騎士になったという者も多い。騎士は原則としてその国に仕えるが、冒険者は国を縛られる事は無い為、最初から騎士の道を歩んできた者でなければ、他国で知り合いがいるなんて事は多々ある事だった。
その為、俺の演説に力があったというより、リューゼの事を知っていて、力になりたいと思ってくれた者が多いのだろうと思っている。
それを言った所でリューゼが否定するのは火を見るより明らかなので、言わないが。
「殿下、あれは……!」
リューゼが耳打ちしてきたので、視線を向ける。
一目見て、分かった。
数多くの兵達で賑わっている中、そこだけが空気が違う。
圧倒的な強者足らしめんとするオーラを放っていた。
戦う力をほぼ持っていない俺ですら、感じるのだ。戦いの訓練をしている者であれば、あの異様さはすぐに分かるだろう。
そんな彼女と彼が、こちらに気付いた。
蛇に睨まれた蛙とは、こういう事を言うのだろう。体が、動かない。これは恐怖なのだろうか。
「もう蓮華さん、アーくん。もっと抑えないと、普通の人だと委縮しちゃうってば」
「え、ええ。これでもかなり抑えてるのに……ほら、ローガンさんだって普通に……」
「騎士として訓練してきた人と、一般人を一緒にしちゃダメでしょー!」
「はぃ……」
瞬間、体を襲っていた『何か』が和らいだのが分かった。体が、動く。
「今のは、一体……」
「殿下、恐らく無意識による覇気でございます。神聖力、と呼ぶ場合もありますが、神に値する方々は、それを纏っておられます。他の生物が神を神と崇めるのは、その圧倒的な力と存在感に信仰せずにはいられない為なのです」
ガイルの説明に納得する。成程、これはもう人間の手でどうこうできる存在ではないな。
俺達は傍に近づき、頭を垂れる。
「サンスリー王国第一王子、シロウ=サンスリーと申します。こちらが順に、ガイル、リューゼ、私の臣下達です」
「ガイルと申します」
「リューゼと申します」
決して失礼のないように、恭しく挨拶をする。この方達の機嫌を損ねれば、いつ殺されてもおかしくはないのだから。
そう、思っていたのだが。
「シロウさんにガイルさん、リューゼさんだね。私は蓮華。蓮華=フォン=ユグドラシルだよ。気軽に蓮華って呼び捨ててね」
「俺はアーネスト。ま、蓮華の兄って事になってっけど、こいつは俺の事兄だなんて思っちゃいねぇから、敬語とかないのは察してくれ」
どこまでもフレンドリーな対応に、呆気にとられてしまう。特別公爵家、全ての国家で国王と同等かそれ以上の権力を持つ、最高の地位を頂く天上人マーガリン=フォン=ユグドラシル様。
そのご令息とご令嬢ともなれば、何不自由なく育てられ、傲慢で不遜な態度をとるようになっても不思議ではない。
誰も自分に逆らわないし、窘めない。そんな環境がどんな子に育つかは想像に難くない。
だと言うのに、この方達にはそれを全く感じない。
「あっと、遅れたけど私はアリスティア。アリスティア=フォン=ユグドラシルだよ!蓮華さんのお姉ちゃんで、アーくんの妹だよ!よろしくね!」
なんて、可愛らしくも美しい少女が、天真爛漫な自己紹介をしてくれる。
「あー、そういやアリスって妹なんだっけか」
「酷いよアーくん!?」
「いや、わり。なんつーか、どっちかって言うと、アリスって姉な気がするんだよなぁ……」
「分かる」
「お前は元から姉じゃねぇかよ」
「てへ」
和やかなやり取りに、呆気にとられてしまう。しかし、伝えなければならない事がある。
俺は気を引き締める。
「あの、お話があります」
三人の顔が、こちらへと向く。こちらの意を汲んでくれたのか、先程の穏やかな表情から、真剣なものへと変わる。
「……サンスリー王国を解放する為に、貴方達が城へ行くと聞いております。その際に、どうか……俺を連れて行ってもらえないでしょうか!」
「「「………」」」
三人は少し驚いた顔をしたものの、何も答えない。俺は言葉を続ける。
「城には父上と母上、そして弟が取り残されています。俺は、息子でありながら、兄でありながら……何も、何も出来なかった!何よりも大切な家族を、助けたい……戦闘もできない俺が、邪魔になるというのは理解しています……だけど、だけど!」
「良いぜ」
「……え?」
「だから、良いって言ったんだよ」
「あ……ありがとうございますっ!」
俺は体が直角になる程に頭を下げ、礼を言う。
「蓮華とアリスも良いよな?」
「うん、構わないよ。シロウさんを守りながら行くだけでしょ?」
「二人にとって禁句な言葉が出ちゃったもんなぁ。こうなるのはすぐに分かったけどねー」
禁句?禁句とは、なんだろう?
「頭を上げろって。シロウっつったな。お前の気持ち、理解できる。だから、連れてってやるさ」
「!!」
アーネスト様が、ニカッと笑ってそう言って頂けた。それだけで、俺は万感の思いだったというのに……
「それに、何も出来なかったわけじゃないでしょ?現状を伝える為に、一生懸命自分に出来る事をしたんでしょ?それが実ったから、今、私達はここに居るんだよ?ほら、シロウさんのした事が国を救う力になってる。ね?」
女神のように美しい蓮華様が、天使のような微笑みでそう言ってくださった。俺のした事は、意味があったのだと……そう言って頂けた。
こらえきれず、俺は目に涙を浮かべてしまう。
「ありがとう、ございます……。俺は、父上と母上を、弟を残してのうのうと生きてしまった。必ず助けると思い……それでも、俺にはなんの力も無くて……だから、力を借りる事しか出来なくて……自分が、情けなくて……!」
気付けば俺は、自分の中にある思いの丈を、出会ったばかりの方々にぶつけてしまった。
何故だろう。他の者達に、自分の中の想いをこうして話す事なんて無かった。
だと言うのに、この方々にはすんなりと話せてしまった。自分でも驚いている。
「力を借りれる事が、力なんじゃないかな?」
「え?」
蓮華様が、不思議な事を仰られた。力を借りれる事が、力?どういう意味だろうか。
疑問符を浮かべている俺に、蓮華様が微笑みながら続けた。
「シロウさんが必死に呼びかけたから、それを受け取った皆が力を貸そうと思ったんだよ。それは間違いなく、シロウさんの力だよ。戦いだけが力じゃないよ。想いも、何かを成そうとする行為も、全てその人の力だと思う。想いは繋がっていくから。シロウさんの想いは、私達も受け取った。私達の力は、シロウさんの力だよ。ほら、それでも自分に力は無いなんて思うかな?」
その言葉にハッとする。
間違いない。あの時、カレン卿が言っていた言葉。
『戦いだけが、力でありませんわ。これは、私の尊敬するあるお方から言って頂けたお言葉。力になろうとする行為が、想いが……力になるのですわ。貴方達の想いは、このカレン=ジェミニが引き受けましょう。必ず、サンスリー王国を救って見せます』
恐らく、いや間違いなく……カレン卿が尊敬する方とは、蓮華様の事なのだろう。
想いは、繋がっていく……カレン卿が引き受けて頂けた想いは、蓮華様へと繋がったのだと。
「ありがとう、ございます……!」
気付けば、ガイルとリューゼも頭を下げていた。
俺は百万の味方を得るよりも、この方々が味方だという事を頼もしく、誇らしく思えた。
父上、母上、それにカルナス。ここから、俺に何が出来るかは分からない……けれど、必ず、助けに行くよ。