188話.強くなる為の意思(カレン)
フォース王国主催の王城でのパーティーで、その姿を何度か見かけた事はあったし、挨拶程度なら交わした。
私は自国の国王陛下の守護に当たる為、あまりその場を移動する事が無かったのもあるけれど、その為印象は薄かった。
有体に言えば、どこにでもいそうな男。その体は女と間違えそうな程細身で必要最低限の筋肉すらあるように見えず、魔力すら微量という、おおよそ戦いに向いていないのは明らかだった。
恐らく親に甘やかされて育ったぼんぼんだろう。そんな評価をつけていた。しかし……
「ガイル、リューゼ。俺は、俺は情けない王子だろう?この国の危機に、俺は何も出来やしない。こうやって逃げる事も、満足にできやしない。ここでお前達を見捨てたら、きっと俺はもう立ち上がれない。だから……俺は二人を取り戻す……!大切な家族である二人を操ってる奴を、俺が倒してやる!」
「「殿下……!」」
私は目を見開いた。戦えるはずもない鍛えられていない体、殺意を向けられるなど今まで無かったであろう恐怖。
それら一切を振り切り、吠えて見せた。
自分の不甲斐なさを嘆き、それでも立ち向かおうとする勇気に。私は心で称賛を送る。
逃げ出すようなら見捨てるつもりだった。民の上に立つ者がろくでなしならば、死んだ方が民の為になる。
しかし、予想を良い意味で裏切ってくれた。だから、助ける事にした。この者を死なせるのは惜しい、そう感じたから。
その名を、シロウ=サンスリー。サンスリー王国の第一王子。確か弟が居て王位継承権も持っていたはずだが、弟は兄を推しており、次の王はほぼ決まっていると聞いている。
プリンス・オブ・ウェールズ……サンスリー王国の王太子足るこの方の演説が終わり、兵達の士気が否応なく高まっている。
「悪魔め……俺達が救って見せるぞ!」
「ああ!他国とはいえ、俺の友人も住んでるんだ、絶対助ける!」
等々、兵達もやる気に満ちている。その言葉を疑う者は居なかった。
壇上から降りてきた三人が、私の方へと向かってくる。
「お疲れ様ですわ。堂々とした、良いお姿でした」
「ありがとうカレン卿。流石に他国で皆に話すのは緊張するね」
今も続々と他国から救援の兵達が入国しており、騎士達はその対応に追われている。
隣国であるファイブ王国からの兵達その数約100万、すでに入国が済んでいる。
他にもシックスガウン王国やセブンス王国からも同じだけの兵が向かってきていると報告を受けている。
ただ、エイランド王国から緊急の連絡があり、兵を向かわせるのが遅くなるとあった。自国が攻められ、その対応に追われているという。
「さ、次はこちらです。まだまだ同じ事を話して頂きますから、そのうち慣れるでしょう」
「は、はは……」
苦笑するシロウ殿下を一目見てから、私は先導しようと歩みを進め始めると、私の騎士団直属の兵が慌てて報告にきた。
「か、カレン様!公爵家当主、ミレニア様が至急カレン様にお会いしたいと……」
報告を全て聞く前に、私は言葉を告げる。
「シロウ殿下、私は急用ができましたので、これで失礼する事をお許しくださいませ。後は私の騎士団の副隊長であるローガンに頼みます。貴方、ローガンに私の後を頼むと伝えてきてくれるかしら」
「分かりました、カレン卿。貴女がそう言う程なのだから、余程の事なのでしょう。私達の事はお気になさらず」
「ハハッ!畏まりましたカレン様!急ぎローガン副隊長に伝えて参りますっ!」
そう言って駆けて行く兵を一目見てから、私はミレニア師匠がいらっしゃる元へと急ぐ。
具体的な場所を聞くのを忘れていたが、ミレニア師匠の気配は手に取るように分かる。あの蓮華お姉様すら凌ぐその力を、感じるなという方が無理だ。
急いでその場所へ向かう途中で、アニスとも合流する。どうやら、アニスも呼び出されたようだ。
「カレンお姉様、ミレニア師匠は一体どうなされたのでしょう?」
走りながら、アニスも疑問に思っているようで質問してきた。
当然、私にも分からない。
「分かりませんわ。ただ、あのミレニア師匠がご自分で私達の元に来るなど、余程の事でしょう。急ぎますわよアニス」
「はいっ!」
兵達で溢れるこの場所でも、私達の進む道は開いていく。そうしてミレニア師匠の居る場所へと辿り着く。
「うむ、久しいな二人とも。息災にしておったか?」
「「はい、師匠!」」
腕を組み、尊大な態度でそう言うミレニア師匠だが、その態度に文句を言う者は一人も居ない。
それは公爵家の当主だからではない。その身から漏れる凄まじい力に、誰もが顔を上げられずに居るのだ。
「まだサンスリー王国に攻め入るまで時間はあるな?」
「流石ですね師匠。もうご存知でいらっしゃったのですね」
「これだけ人間達が集まっておれば、阿呆でも分かるのじゃ。それより、問題は敵の悪魔じゃ。一部の悪魔が、今のお主達では勝てぬ。どれだけ人数を集めても、無駄じゃ。それでは魔界海より来たる魔物の相手どころではあるまい」
「「っ!!」」
私とアニスはシャルロッテ先生とミレニア師匠に鍛えて頂き、見違えるほどに強くなった。
そんな私達でも、勝てないと断言される事に少なからずショックを受ける。しかし、ミレニア師匠が言うのだから間違いはないだろう。それくらいの信頼は、すでにしている。
「強くなりたいかえ?」
そんな私達に、ミレニア師匠は言葉を投げかける。決して強くしてやろうとは言わない。強くなりたいと言う意思を、心を確認してくれる。
「はい、ミレニア師匠。私は、敬愛する蓮華お姉様に並べる存在になりたいのです!頼るだけでなく、頼られるようになりたいのですわ!」
「私も、ですっ!」
だから、想いを込めてミレニア師匠に伝える。ミレニア師匠は目を細めて、寒気すら感じるような表情で私達を見る。
それに気圧されないように、ミレニア師匠を見つめる。
「ククッ……良かろう。あと、この場に集まっている兵達もついでに鍛えてやるとするか。ああ、勿論お主達は別じゃから心配するでないぞ?この国全てに結界を張るでな、それを国王に承認を貰ってきておくれ。マーガリンから許可は降りていると言えばすぐじゃろう」
「わ、分かりました師匠!」
私はすぐにでも国王陛下の元へと走ろうとしたが、アニスに止められる。
「カレンお姉様、それは私が。『氷の廊下』を使えば、すぐに行けますから」
「分かりましたわ。お願いしますわねアニス」
「はいっ!では師匠、急ぎ許可をとってまいります!」
『氷の廊下』とは、アニスが名付けたオリジナル魔法だ。道を凍らせ、滑るように移動ができる。転移魔法とは違い、これは戦闘でも扱える。
空中に氷の道を作り、駆け上がったりできるからだ。
以前、八岐大蛇との戦いで私が頭より振り下ろされた時に、アニスは自分で助けられなかった事を悔やんでいた。
勿論、助けてくれた蓮華お姉様に対して悔しく思ったとかではない。むしろより強く蓮華お姉様が好きになったのは言うまでもない事だから。
それから自身の氷の魔法の研鑽を積み、新たな魔法を増やしていたのだ。
この世界には誰もが使える共通の魔法と、創作魔法と呼ばれるオリジナルの魔法が沢山存在する。
その創作魔法の名付け親は自分が成れるのだ。例え他と似たような効果であっても、その魔法を使うのは自分自身だけなのだから、名前は自由なのだ。
魔法は精霊にマナを捧げる事で発動する。その為、名前などは存外どうでも良いらしい。
「ふむ、カレンや。お主も鍛錬は欠かしておらぬようじゃな。結構結構」
「は、はい」
私を見て微笑むミレニア師匠に、ドギマギしてしまう。敬愛する蓮華お姉様も尊敬しているミレニア師匠。そんなお方に褒められては、胸が高鳴っても仕方ないですわよね?
「先程のお主の啖呵、良かったぞ。蓮華に頼るのではなく、頼られたい、か。ククッ……似たような言葉を、蓮華からも聞いたの。良きかな良きかな」
「っ!」
あの蓮華お姉様が、そんな事を。どこまでも完璧で、でも時々抜けていて、そんな所がとても愛らしくて……ではなくて。
私が、あの蓮華お姉様と同じ気持ちでいられた事を誇らしく思いながら、アニスが戻ってくるまでの間、ミレニア師匠と雑談を交わしていた。