187話.後五日
「リヴァルさん、遅いなぁ。もしかして何かあったんじゃ……!」
「大丈夫よレンちゃん。リヴァルちゃんに何か出来る存在なんて、そう居ないと思うよー」
それは、うん。私も分かってるんだけど。
「よし、完璧!」
「ありがと!次は私がしてあげるね!」
「あ、私はすかなくて良いよ!そのままでお願い!」
「ラジャー!」
アリス姉さんが、小さいアリス姉さんの髪をすいてあげて、見た目が少し変わって見分けがつきやすくなった。
髪の毛が細くて柔らかいアリス姉さんの髪は、すかなくてもいい意味で馴染んでるんだけどね。
内巻きに入れた髪型は、小さいアリス姉さんにとても良く似合っていて、可愛いと思う。
勿論だけど、今のままのロングヘアーのアリス姉さんもとても可愛いけれど。
そんな二人を微笑ましく見ていたら、下の扉が開く音がした。
リヴァルさんかな?そう思って私は下の階に行くと、そこには意外な人が居た。
「ミレニア?」
「勝手に上がらせてもらったぞ蓮華や」
「あ、うん。ミレニアなら問題ないと思うよ。母さんかな?」
「うむ、いや……ふむ」
どうしたんだろう?ミレニアがマジマジと私を見てくる。
「蓮華や、お主……別の世界で修練を積んだな?」
「!!」
「分かるとも。お主の力、もはや別物になっておる。……うむ、強いな。ここまでになったのであれば、これからの話はお主が混ざっても問題あるまい。アーネストもお主と遜色ないと見るべきかや?」
その言葉に頷くと、ミレニアは嬉しそうに微笑んでくれた。美人がこんな笑い方するとドキッとするよね。リヴァルさんもミレニアも、自覚なさそうだからタチが悪い。
「そうかそうか。ほんに面白いのじゃ。……しかし、ロキも妾が来たのじゃから顔くらい見せに来ぬか、まったく」
あー、うん。むしろ、ミレニアだったから降りてこなかったんだと思うけれど。他の見知らぬ奴だったら、多分一歩足を踏み入れた途端に問答無用で兄さんに消されてる気がする。
そもそもユグドラシル領は母さんの結界に守られているから、入る事を認められた者以外が入ろうとするなら、それ相応の強さがなければ入れないとは聞いているけどね。
「まぁそれはよい、いつもの事じゃでな。マーガリンは部屋かえ?」
「うん。今は少し休んでるところだよ」
「なに?あやつが休む?」
「ここで話すのもあれだから、どうせなら母さんの部屋で話さない?」
そう言ったら、あのミレニアが凄い嫌そうな顔をした。
「いや、あの部屋は呪具やらなにやらが乱雑に置かれておるでな、妾はリビングで待つ故、マーガリンを連れてきてくれぬか。無理そうなら、心底嫌じゃが行くでな……」
と、本当に嫌そうに言うので、母さんにそれを伝えに行った。
「うふふ、私死にそうで動けないから困ったわー。真祖の吸血鬼様はそんな私に歩けって言うのかしらーって伝えてくれる?レンちゃん♪」
「……」
母さん……。とりあえず、一言一句間違えないようにそのままミレニアに伝えた。
「……嘘じゃよな、蓮華」
「ウン」
「あんの魔女がぁぁぁっ!」
ミレニアは走ってリビングから出て行った。向かうは母さんの部屋なのは言うまでもない。
私はのんびりと母さんの部屋へと向かう。
「ピンピンしとるではないかこの魔女がぁっ!」
「部屋の中で魔法を使わないでよミレニア!引火したらどうするのよ!?」
「そもそもお主の対応のせいじゃろうがぁ!」
……うん、予想通りの展開というか、言い合いどころか魔法のぶつけ合いしてた。
「えっと、ミレニア、何しに来たの?」
「「……」」
母さんとミレニアが固まった。この二人は、仲が良いのは良いんだけど、そのまま放っておくと話が進まないのがあれだよね。アリス姉さんズは笑って見てて、止める気すらないし。まったくもう、常識人が私だけだから困っちゃうよ。
「ふぅ、すまぬな蓮華。こやつは相変わらず妾の気を逆なでするのが上手くてな」
「ぶー。病人に対して酷いんじゃない?」
「お主のどこら辺が病人じゃ!世の病人に謝るとよいぞ!」
母さんは、ミレニアに対しては子供のような対応をする所があるからなぁ。今も、口を尖らせてそう言う母さんに、ミレニアも本気で怒っているわけじゃない。
それから、私がどうして強くなったのか等説明した。
「ふむ、成程のぅ……」
何かを思案するように、あごに手を置いて俯くミレニア。
「それで、ミレニアはどうして来たの?用が無かったら何十年も平気で会いに来ない貴女が会いに来たんだもの、何かあったんでしょう?」
母さんの言葉に苦笑しながら、ミレニアが要件を告げる。
「妾の住んでいる王都フォースでの、戦支度が始まった。どうやら、隣のサンスリー王国が、悪魔達に乗っ取られたようなのじゃ」
「「!!」」
「魔界海から襲い来る魔物達に備え、防衛拠点とする国が確かサンスリー王国であっただろう?だと言うのに、そこが奪われてしまっては困るのじゃろう。奪還する為に、というわけじゃな」
ミレニアから伝えられる事に驚きを隠せない。王都エイランドだけでなく、他の国も襲っていたなんて。
「カレンとアニスを以前少し鍛えてやったのじゃが……蓮華を見るに、あれでは全く足らぬな。それでじゃ、妾も弟子を強くしてやろうと思うのじゃが、構わぬか?今日は、地上の管理者であるマーガリンに、相談に来たのじゃ」
「そうね、あの子達なら私も知ってるし問題ないわ。力を得たからって、悪さする子達じゃないだろうし。お願いできる?」
「うむ、任せよ。では、魔物達が地上に到達するまでどれくらいの猶予があるか分からぬが……」
ミレニアが言いきる前に、言葉が重なる。その声の主は……
「魔物達が地上のサンスリー王国に上陸するまで、後五日という所だな。少し間引いても良かったんだが……ま、それはこの時代の者が頑張らないとな」
「リヴァルさん!」
「ただいま。実際今見てきて大体の速度から逆算してみた。かなりのスピードで近づいている。だから、あまり時間の猶予はないぞミレニア」
「ふむ、お主がそう言うのなら大体合っていそうじゃな。なら、それに合わせて鍛え上げてやるとするか」
「時の世界を真似るのか?」
「似たようなものじゃな。不老の魔道具とやら、借りるぞマーガリン」
「ええ、どうぞ。精神が安定する効果も付与してるから、結構無茶をしても大丈夫よ」
「お主と一緒にするでない。妾はそこまで鬼ではないわ」
え、あの魔道具そんな効果あったんだ。そっか、だから変に寂しくなったり、ネガティヴになる事が無かったのか。
まぁ、アーネスト達が居たからってのもあるだろうけど。
「では妾はこれで行く。そうじゃ、少し余分に持って行っても良いか?」
「良いけど、ミレニアがそこまで入れ込む人が居たの?」
「フ……」
ミレニアが、私を見て微笑んだので、少しびっくりした。
「まぁ妾が、というわけではないのじゃがな。期待しておくが良いぞ蓮華や。そしてリヴァル、お主の未来には、決してならぬ、させぬ。安心せよ」
「ミレニア……ああ」
リヴァルさんはその言葉に微笑み、ミレニアと頷き合う。
「ではな」
そう短く一言残し、ミレニアは出て行った。
頼もしい味方が居てくれる。それだけで、こんなに心が安心する。
「さて、魔界のマナを十分に集めてきたぞ。すぐにでも取り掛かれるが、大丈夫かな母さん」
「ええ、大丈夫よ。アリスも良い?」
「「はーい!」」
髪が短くなった小さなアリス姉さんと、アリス姉さんが同時に返事をする。
うぅ、可愛い。
「っ」
あ、それを見たリヴァルさんが、口元を手で覆って横を向いた。
そんな所は私と変わってなくて笑ってしまう。
「それじゃ、アリス姉さん製造計画開始だね」
「「蓮華さんのネーミングセンスゥ……」」
あれ、アリス姉さんズが肩を落とした。母さんは苦笑してるし、リヴァルさんまで視線を逸らすなんて。
気を取り直して、アリス姉さんが魔界でも活動できるように、アストラルボディの制作に取り掛かるのだった。