185話.難航
「「ばたんきゅぅ」」
椅子から床へとへたり込むアリス姉さんズ。
その間に、母さんと一緒にマナの反発具合を調べていく。
「うーん、魔界のマナに含まれてるこれと、これが悪さしてるっぽい?」
「そうねぇ。だけど、それを取り除くと他のマナまで一緒に剥がれちゃうね」
「あ、ならこっちのこれで代用出来ないかな母さん」
「確かに似てるけど、それを組み込むとこっちが反応しちゃって、今度はそれが剥がれちゃうね」
「むぅ……」
アリス姉さんの体は、アストラルボディというマナの集合体だ。その為、自身の中に外からマナを吸収して自身のマナに変換し、エターナルマナへと変化させるといった、他の種族が意識せずに行っている事が、出来ない。
そのせいで、外のマナの影響をダイレクトに受けてしまう。アリス姉さんの体は地上の世界樹、要はユグドラシルのマナを中心に創られていて、そこに不純物が混ざると途端に体が影響を受け、最悪の場合体を構成するマナが変調を起こし、体から離れて肉体を維持できなくなってしまう。
「ほらアリス姉さん、レモン水だ。良く冷やしておいたから美味しいぞ」
「わぁ!ありがとーリヴァルちゃん!」
「ありがと!」
二人のアリス姉さんが、コップを受け取りゴクゴクと一気飲みして、笑顔になる。うん、可愛い。
「二人も少し休んだらどうだ?母さんは病み上がりのようなものだし、蓮華は寝ていないだろう。そもそも、母さんがすぐに出来なかった事が、すぐに解決するわけもないだろう」
リヴァルさんにそう言われ、母さんと頷き合う。
「そうだね。それじゃ、ちょっと仮眠するよ。アーネストは?」
「とっくに夢の中だ」
「あの野郎」
「はは、そう言うな。自分にやれる事がないから、先に寝て体力を回復しようと思ったんだろう。母さんと蓮華がアリス姉さんの事で手が離せなくても、ここには私も兄さんも居るから安心して眠れるだろうしな」
そう言って、私の頭にポンと手を置くリヴァルさんは、本当の私の姉さんのように思えて仕方ない。
「一応母さんの実験結果を全部目を通した。流石の内容だった。これで無理なら、根本から変えるしかないと思う」
「根本……?あ、そういう事ね!」
「え?え?どういう事?」
「蓮華、途中まで組み上げられた物に手を加えるのは難しいものさ。なら、今度は最初から全て混ぜて創れば良い」
「それってつまり、アリス姉さんの体を一から創るって事!?」
「そうだ。幸い、魂の移動は私と母さん、それに本物のアリス姉さんがもう一人居る事で可能だからな」
凄い、流石リヴァルさんだ。私じゃ、そんな事思いもしなかった。
「って事は、魔界のマナを大量に集めてこないとだね」
「それなら私が行こう。母さんと蓮華は、さっき言った通り少し休むように」
「でもリヴァルさん……!」
「大丈夫だ。仮に私が襲われたとして、私が負けると思うか?」
それは……うん、何故だろう。未来の私だと分かっているけれど、リヴァルさんが負ける姿は全然想像出来ない。
「それじゃ、行ってくる。アリス姉さんも今のうちにゆっくりしておくと良い」
そう言って、リヴァルさんは出て行った。
「……母さん、私あんなにかっこよくなれるかな?」
思わずそう言ってしまったけれど、母さんはニッコリと微笑んで言ってくれた。
「うん、なれるよ。だって、レンちゃんだもん」
答えになってるような、なってないような。
それでも、母さんが何の迷いもなく言ってくれたのが嬉しかった。
-リヴァル視点-
さて、魔界までひとっとび行くとするか。
リビングを横切ると、兄さんが降りてきた所だった。
「兄さん、アーネストは良く眠れてましたか?」
「ええ。蓮華に心配を掛けないように、疲労を隠しているようでしたからね。アーネストはマーガリンの原初回廊を埋め込まれたとはいえ、肉体はまだまだ人間の域。魔道具によって老いを止めると同時に、肉体の変調も止められていましたからね。まだ神の肉体へと至れていない。目が覚めたら元気が出るように、魔法をかけておきました」
相変わらず、兄さんは蓮華とアーネストを大切にしている。少しの変化も見逃さないのだから。
「蓮華、いえリヴァルと呼んだ方が良いのでしたね。私のプレゼントした服を、着てくれているのですね。ありがとう」
そう微笑む兄さんに、心臓が高鳴る。昔から変わらない、いや昔に来たのだから当然なのか。その笑顔に、鼓動が速くなるのを感じる。
「礼を言うのは、こちらさ。以前兄さんから貰った服は、ボロボロになってしまったから」
「ああ、この時代に来た時に着ていた服ですね。私の作ったあの服が、あそこまでボロボロになるとは……頑張りましたね、リヴァル」
そう言って、兄さんは自然に私の頭を撫でる。大人になった私にも、昔のように変わらず、自然に。
「……うん。でも、まだだ。まだ兄さん達は敵にいる。私が……必ず、助けてみせる」
「ええ、信じていますよ。リヴァル、いえ……今この時は蓮華と言いましょう。蓮華、私は貴女の為ならこの命、惜しくはありません。頼りなさい、私を。必ず、力になると約束しましょう」
「兄さん……」
涙が溢れる。兄さんの言葉は、全て本心なのを知っている。知っていなくても分かる。
「ありがとう」
そう言って、兄さんの手から離れる。温かさを失ったのを少しだけ寂しく思いながら。
「それじゃ、ちょっと魔界へ行ってくるよ」
「分かりました。ユグドラシル領に攻めてくる馬鹿は居ないでしょうが、ここには私が居る。安心して行ってきなさい」
「うん。それじゃ、行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい」
兄さんに見送られて外へ出る。こんな気持ちは久しぶりだった。
日光が全身を温かく包む。まるで空が、木々が、大地が祝福してくれているかのよう。
……さて、行くとするか。